貴方にそっくり

「僕らは複製品」
 ある日突然、僕はそんな死刑宣告をうけた。

 太陽の光に、顔を直撃されて、ササライは目を開けた。
 昨日閉め忘れたレースのカーテンの間から、朝日が思い切り部屋の中に差し込んでいる。
「ん……」
 体をおこす。
 窓の外を見ると、朝特有の淡い色の空が見えた。
 夜明けというほど早くもなく、さりとて昼前というほど遅くはない。まあ、おきるにはちょうどいい時間というわけだ。
 ササライはのそりと体をベッドから引き出すと、いつもの軍服に着替え始めた。ベッドサイドにパジャマを放り投げる。あとでディオスが片付けるだろう。
 軍服を着込み、顔を洗う。
 乱暴に、脂や汚れを落とし、顔を上げると、鏡に映った自分の姿が見えた。
 仮面の男と、同じ顔。
「……」
 ぴしり、と音がして鏡にひびがはいった。
(またやったか……)
 紋章術ではない。まして、手で殴りつけたわけでもないのだが、鏡は割れていた。『不快だ』と思ったササライから、無意識に発せられた力が、そのまま鏡に向かっただけのこと。
 もちろん、普段からそんなに簡単に『不快なもの』を破壊していては生活できないのだが、起きぬけの無防備な精神状態と、その不快さ加減が、彼にそれをさせていた。
 この顔は、ヒクサクの複製品。
 体も何もかも、彼をもとにしてつくられた。
 同じ顔をした男に告げられた事実が、鏡を見るたび思い起こされる。
 借り物で作られたうつろな自分を認識すると同時に、制御のしようのない感情が胸に渦巻く。
 ……さすがに、人のいる場所で発露させたりはしないが。
「またディオスの顔が曇るな」
 有能な部下は、ササライのこの行動に口を挟まない。ただ、黙って部屋の鏡を取り替えておいてくれるだけだ。しかし、その後こっそりと眉をひそめているのは知っている。
 ササライは、適当に髪を整えると部屋を出た。
(とりあえず食事をして仕事に……)
 つらつらと考えながら歩いていると、なにかにすごい勢いでぶつかられた。
「うわ」
「きゃあっ」
 なんとか転倒はしなかったものの、相手のひじが思い切りみぞおちにはいって、ササライはうめいた。怒鳴りつけなかったのは、ひとえに、相手が女性だったからだ。
「どこ見て歩いてんのよ! あぶないじゃない!」
 前を見て歩いていなかったのは、むしろ、急角度で角を曲がってきた相手のほうだったりするのだが。
「すいません、レディ、ペンドラゴン」
 ササライは謝った。女性だったので。
「わかればいいのよ。て、ササライじゃない、おはよ」
「おはようございます」
 ササライのことを面と向かって呼び捨てにするのは円の宮殿にいるはずの主と、彼女くらいのものだろう。そのことにはべつに頓着していないササライは挨拶をかえす。
「なによ、景気の悪い顔してるわね。あ、さてはあんた低血圧ね!」
「まあ、そんなとこです」
 みぞおちがまだ痛むせいで顔をしかめていたのだが、どうせ相手は聞いていなさそうだったのでササライはそういうことにしておいた。
「高すぎるよりはいいと思うけどね。ボルスみたいに。ふうん……」
 リリィは、ササライの顔を覗き込んだ。
「何ですか?」
「この間、クリスと一緒に仕事したときに破壊者の連中を見かけたんだけど」
 ぴく、とササライが反応した。
「ルックって奴? 仮面を外したところ見たのよ」
「見たんですか?」
 聞き返す、ササライの顔はやや青ざめていた。しかし、リリィは気づかない。
「なんていうか、あんたにそっくりだったわね」
「私に、ですか?」
 ササライはきょとんとして聞き返した。
 そっくりと言われて、不快になると思っていたはずの自分の心が、存外穏やかだったことに、ササライは驚く。
(何故だ?)
 混乱する頭のなかをリリィの言葉がリフレインしていた。
『あんたにそっくり』
 そっくりの起点、それはササライ。
 ササライが彼に似ているのではなく、彼がササライに似ているということ。
 それが、嬉しかったようだ。不思議なことに。
 彼女にとってオリジナルは自分。それはただ、自分が先に彼女に会ったからそう思われているだけなのだけど。
「同じ顔がそんなに面白いですか?」
「珍しくはないわね。双子くらい見たことあるもの。……ああでも、顔かたちはそっくりだけど、あんたたち似てないわね」
「今そっくりだって言ったじゃないですか」
「顔の話よ。でも、あんたたち表情がぜんぜん違うもの。あれだったら、そこらの普通の双子のほうがよっぽど似てるわ」
「そう……ですか」
「顔って、性格でるのよ? あんたたち、性格まっぷたつでしょう!」
 ササライは、くす、と笑った。
 彼女を、ヒクサクに引き合わせたらどうなるだろうか?
 自分ですらほとんど見たことはない、自分の元となる人間。けれど、きっと顔は同じ。
『へえ、ササライそっくりね』
 平然と、そう言い放つ姿が容易に想像できる。
 その容易さが小気味よかった。
「なに笑ってんのよ。そんなに楽しい?」
「いや、なんというか、貴女っていい女だなと思いまして」
「あらそう。今頃気がついたの」
 リリィは平然とそう言い返す。ササライは、手を差し出した。
「よろしければ、朝食をご一緒いたしませんか? 今日は新作のマフィンが出るそうですが」
「そういう安っぽいさそいかたはしないで頂戴。ついでに、新作のマフィンはクリスと約束してるの!」
 ぺし、と簡単に手を撥ね退けられて、ササライは笑った。
 簡単に乗ってこない、その様子が、またなぜか面白かった。
「では、また今度」
 笑った顔で、彼女と別れて食堂へ。
 それ以来、鏡にひびは入っていない。


とりあえず、きっかけ、ってことで。
ササライ様、きのつよい人が好みです

>帰る〜〜〜