お門違い

 その日、クリスの執務室に入ってきたパーシヴァルは凍りついたようにその場に立ち尽くした。
 ありえない光景を目にしたからだ。
 書類仕事を途中で止めてソファに横たわり、眠る騎士団長と、そしてその傍らでのんびりと本を読む金髪の三十男。
「ナッシュ殿……何やってるんです?」
 いつもはうさんくさい男でも、本というオプションがつくと、それなりに理知的に見えるから不思議だ。
「本を読ませてもらっているのさ。最近の兵法の本も、読んでみるとおもしろいね。考え方がまた違ってて」
「そうではなくて!」
 声を荒げようとしたパーシヴァルに、ナッシュはしいっ、と口の前で人差し指を立てた。
「静かに。さっきやっと寝かしつけたとこなんだからさ」
「それは……」
 眠っている最中に、ナッシュが進入してきたのではないのか。
 この女神は、この男の前で眠りについたというのか?
 鎧もつけず、無防備にもすべて預けて。
 しかもこんなに安心しきった顔で。
「前に旅したときに、よく寝ずの番をしてあげてたからね。まあいつものことってやつ?」
 パーシヴァルが問いただしたいこととは微妙に論点の違う言葉をナッシュは並べ立てる。わかっているくせに。
「寝ちゃうとやっぱり女の子だね。かわいいや」
「……」
 パーシヴァルの視線の意味も、その強さも知りながら、ナッシュは笑う。
 そのせいか、その笑いはとびきり人が悪いものとなっていた。
「ああ、お前さんは見たことないか。クリスは絶対お前さんの前では寝そうにないからなー」
「ナッシュ殿」
 すっとパーシヴァルが動いたかと思うと、ナッシュの首元には剣があてられていた。本の背表紙でぎりぎり首を切り落とされるのを回避した男は「けけけ」とでも聞こえそうな下品な笑いを漏らす。
「冗談だよ」
「どこが」
「剣をどけてくれないか? 目が覚めたらそこらじゅう血の海っていうのは、クリスも遠慮したいだろうし」
「血の出ないやりかたも知ってますけど?」
「あんた本当に知ってそうだから嫌だな。遠慮するよ」
 言うと、ナッシュはあいた手でクリスの肩を軽く叩いた。
「おいクリス、そろそろおきろよ! お前の騎士さんが迎えに来たぜ?」
「……はあ? こんな森のなかにパーシヴァルがいるわけ……ん? パーシヴァル?!」
 旅の途中と勘違いしているらしい。ねぼけたことを言いながら目覚めたクリスが見たのは、本を片手ににやにや笑うナッシュと、不機嫌そうな疾風の騎士(剣は隠した)。
「え。パーシヴァル?!」
「おはようございます……クリス様」
 状況を把握したクリスは、顔を真っ赤にしてナッシュをかえりみた。
「ナッシュ! 人が来たら起こせと言っただろう!」
「だから起こしたじゃない」
「遅い!!」
 クリスが怒鳴りつけるが、ナッシュには蛙の面になんとやらだ。へらへら笑いながらクリスの拳をかわすと、窓枠に手をかける。
「じゃ、俺はそろそろ行くね。あ、本おもしろかったよー」
「おもしろかった、じゃないだろうが!」
 追いかけようとしたが、それを軽くかわしてアンカーを発射すると、ナッシュは屋根の上へと逃亡した。地面におりたのならともかく、上に行かれたのでは手が出せない。
 部屋には、複雑な心境の男女が一組取り残された。





 屋根の上から降りながら、ナッシュは口笛を吹いていた。
 先ほどの光景が脳裏によみがえる。
「やっぱり若い奴らはいいねえ。元気よくて」
 くすくす、と自然に笑いが漏れる。
 先ほどのパーシヴァルの怒りようが、小気味よかったからだ。
(やれやれ。あいつの嫉妬はお門違いだっていうのにさ)
 クリスがナッシュの前で寝る理由。それは、ナッシュが究極の安全パイだからだ。
 想う人が別にいるナッシュは、無防備に寝るクリスを目の前にしても動じない。その白い顔に触れず、赤い唇に口付けることもせずに、ただ誠実に守るだけの存在だ。
 そう、それは優しい兄や父親のようなもの。
 だから安心しきって眠るのだ。
(パーシヴァル、あんたにはそれはできないだろう?)
 なにせ彼女に惚れてるんだから。
 クリスにしたってそうだ。
 仲間や家族の前では眠れても、好きな男の前で寝るなんてこと、年頃の女性ができるわけがない。
 だから、パーシヴァルの怒りは完全にお門違いなのだ。
 くくく、とナッシュは笑った。
 二人の気持ちのすれ違いは、わかっているけれどおもいしろいから教えてやらない。
 後でパーシヴァルにどんな報復をされるか、そのことだけすっかり失念して、ナッシュは笑い続けた。


これはパークリ。
誰がなんといってもパークリ。
絶対パークリ


>戻ります〜〜