ごとん、と低い音がして、馬車が止まった。その振動で目を覚ましたナナミはゆるゆると顔を上げる。
「シュウさん?」
「調子はどうだ」
シュウの端正な顔が幌の間からひょい、と覗いた。ナナミはうなづきかえす。
「今……どこ?」
「ラダトだ。今日は俺の家で休む」
「そう……」
シュウは馬車の中に入ってくると、寝ていた毛布ごと、ナナミを抱き上げた。そのまま馬車を降りていく。
ロックアックスでナナミが重症を負ってから、一週間。弟をかばい、矢を受けて死んだはずのナナミは、何故か生きて、ここ、ラダトのシュウの家に運ばれてきていた。これは、彼女の希望だった。大好きな弟のために、と彼女自らが望んだこと。そして、シュウはそれを聞き入れた。
「ここで数日休んで体調を整えてから、キャロの町に行くといい。うちの使用人達は口が固いから信用できる」
「はい……」
キャロへ送ろうと言い出したのはシュウだった。なにもわざわざ軍師であるシュウ自身が送らなくてもいいだろうと思ったのだが、彼はこれ以上関係者を増やすことを嫌った。ナナミの世話につけるよう、手配した人間も同盟軍に直接関与している者ではなく、交易商時代の部下だ。
家の中に入ると、もうすでに中は整えられ、明かりが灯されていた。奇麗に片づけられた内装は、とても長い間主が不在だった館とは思えない。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
使用人の一人が近づいてきて、軽く頭を下げた。
「急に呼びつけてすまなかったな」
「いえ。声をかけて下さって、うれしかったですよ」
使用人はわずかに笑う。
「そうか……。食事を頼む。彼女にはなにか消化にいいものを」
「わかりました」
使用人は下がっていった。シュウは客間に入ると、ベッドにナナミを降ろす。
「顔色が悪いな。痛むか?」
シュウは手近にあったイスに座りながら訊いた。脂汗がうっすらと浮かんだ顔でナナミは首を振る。本当は傷口がじくじくと痛みだしていたのだが、心配をかけたくはなかった。しかし、シュウはそんなナナミの反応など無視する。
「傷口が開いたわけではなさそうだが、やはりこの長旅はこたえたようだな」
「大丈夫だって……」
「病状は的確に言え。そんなところで強がったところで、周りが迷惑するだけだ」
「な……」
「痛むのか?」
じろりと睨みつけられ、ナナミは不承不承うなづいた。シュウはため息をつく。
「どれくらい?」
「じくじく……する」
「最初からそう言えばいいんだ。あとで女中に治療させる」
シュウはまた、ため息をついた。ナナミは居心地が悪くなって、もぞもぞと体を動かす。
「シュウさん、怒ってる?」
「強がって大丈夫だと言ったことか? 主君を欺かせたことか? この大事な時期に本拠地を空けさせたことか?」
「もしかして、全部に怒ってる?」
「ああ」
シュウは視線をそらせた。
「利害が一致しているのでもなければ、お前の逃げになど付き合ってはいない」
「!」
「俺は向こうで食事してから本拠地に帰る。ここからは使用人が送ってくれる」
それだけ言い捨てると、シュウは立ち上がった。
「ひどい……」
「ひどいのはどっちだ」
ばたん、と音を立ててシュウは部屋を出ていった。ナナミは唇を噛みしめる。きつく閉じた目からは、不覚にも涙が出そうだった。
シュウに反論することはできない。彼が怒るのも当然だ。
ナナミは、逃げたのだ。
弟と幼なじみの戦う姿を見ることに耐えられなかった。
は逃げることなどできないのに、支えてあげなければいけなかったのに。
ナナミ個人をかばってしまうをあえて突き放す、などということは口実だ。ナナミはもう限界だったのだ。
本当なら、ナナミも目をそらさず、彼らを見ていなければいけなかったのかも知れない。
けれど。
「あたしはそこまで強くない……」
心が壊れてしまいそうだった。
どうしてこうなってしまったのだろう。ナナミ達三人、みんな仲が良かったのに。それなのに殺し合うことになるなんて。
あんなに、お互いが大切だったのに。
の手を放したナナミは間違っていたのかも知れない。はきっと今ごろ苦しんでる。そこまでして、弟を突き放す必要などあったのだろうか。今、支えを一番必要としているはずなのに。
「ごめん……」
でももう手をさしのべることはできない。
そうするにはこの手は力を使い果たしてしまっていて。
「ごめんね」
お姉ちゃん、を守りきれなかった。
守るって、約束したのに。
「ごめんね……」
つぶやきを聞く人はいない。
サルベージ大昔SS。
ベストエンド版のSSですが、えっらい暗いです。
結局逃げちゃったり、ロックアックスで無理についてきたり、
シナリオの終盤のナナミは私的に見ていてつらかったです。
あの城の中で、ナナミは本当に普通の女の子だったんだろうなあ、と思いつつ作った一本
戻ります