ただ君だけに

「無事部隊の引き継ぎも終わり、宿場についたということで……砦に荷物を下ろしたら解散!」
「了解であります!!」
 レオの宣言に、若い兵士達から、歓声があがった。
 そして歓声をあげるだけでなく、彼らは甲冑やら兵糧やら、荷物を抱えて大急ぎで散っていく。
「元気だなあ……」
 彼らの様子を見ながら、パーシヴァルは苦笑した。
 五行の紋章戦争が終結し、グラスランドは平穏に……といいたいところだったが、国境線の緊張状態はまだ続いていた。
 グラスランド、ゼクセン、ハルモニア、と様々な国が手を結んだが、それは共通の敵がいたからこそ、だ。
 結局戦争が終結してしまえば、もとの状態に戻るわけで。もとの状態には、相変わらず火種が多い。
 おかげで、パーシヴァルは、またじりじりと国境線をつめてきたハルモニアへの牽制を行うため、レオ、ロランと共に北の国境線へ出張するはめになっていた。
 水面下での胃の痛くなるような取引のあと、なんとか休戦協定を結ぶのと、ボルス率いる交代要員が来たのがつい昨日。彼らと交代して、パーシヴァル達は一旦首都へ戻ることになった。
 寒さと緊張から解放されたのだから、若い兵達が喜ぶのは無理はないだろう。
 なにしろ、ここには暖かい飯と酒と、それから女がいる。
 国境に近いとはいえ、強固な砦があるせいか、この宿場町には兵士達をあてこんだ花街が形成されているのだ。
「何他人事みたいなことを言ってるんだ? この一番の元気者が」
 レオが手甲を外しながらパーシヴァルのほうへやってきた。
 発言に多分に含みがある。
 パーシヴァルも自分の荷物をまとめながら笑った。
「部隊をまとめるのに今回は特に神経を使いましたからね。彼らみたいに全開で遊ぶ体力はありませんよ」
「そーかそーか」
 更に含みのある言い方をされて、パーシヴァルは眉をよせた。しかし、つきあいが長い分、レオは過去の悪行を知っている。
 何年か前まではボルスとタッグを組んで「暴れていた」のは事実だ。
「だから疲れてるんですってば」
「まあ、クリス様には内緒にしといてやるよ」
「レオ殿、それとクリス様とは関係ないですよ」
 くすくすと笑うと、レオはさっさと自分の荷物を片付けて出て行った。行きつけの夜中でも甘味を出す店に行くのだろう。その後どこに行くかまでは詮索はしないが。
 パーシヴァルも、荷物を片付けると外に出た。遊ぶ遊ばないを抜きにしても、兵舎の食事はまずい。いいかげん、兵糧も食べ飽きていたところなのだ。
 部隊が町についたのが、夕方だったせいか、町はもう夜の顔となっていた。
 この町では、飲み屋と娼館との境目が曖昧だ。
 普通の店を探しているつもりでも、すぐにあちこちから袖を引かれる。
 どうもこの町では、帰還兵が女を買わないのは損なことらしい。
(しかしなあ……)
 艶たっぷりの姫たちの手を何度かふりほどいてから、パーシヴァルはため息をつき、そこでふと足をとめた。
 なんだかすごく見覚えのある色彩を見つけた気がしたからだ。
 振り向いて、色彩の方をよく見る。
 そこには、見事な銀の髪をした女が立っていた。
 人を探しているのだろうか、その紫の瞳はせわしなく辺りに向けられている。
「ーーーーーっ!!」
 声にならない悲鳴をあげて、パーシヴァルはその女へと駆け寄った。手をとられ、女はぱあっと嬉しそうな顔になる。
「パーシヴァル! よかった、見つかった!!」
「見つかった、じゃないでしょう! 何故貴女がここにいるんです!!」
「お、お忍びだ……!」
 大きな声こそ出さなかったものの、ものすごい剣幕で咎められ、クリスは上目遣いにパーシヴァルを見た。
「お忍びって……こんな国境近くに供もつけずに……! ばれたらどうするつもりなんですか」
「だから、普通の女性の格好をしているだろう?」
「それはそれでこの町では危険です」
 見下ろしたクリスの服は、花街の姫達ほど大胆なものではないが、ちゃんとした女性ものだった。確かに、敵方にしてみればこんな国境線で大将がこんな格好をしているとは思わないだろうが、ここは花街。酔漢に絡まれる可能性は非常に高い。
「いやでもこの町だと、女よりも男のほうが引っ張り込まれる可能性は高いような気が…………悪かった、もう言わない」
 言う途中で、パーシヴァルにじろりと睨まれ、クリスは黙った。
「とりあえず、立ち話なんてできませんから」
 掴んだままのクリスの手を引いて、パーシヴァルは近くの宿へと入った。少し高めの宿だが、そのぶん従業員のしつけができていて、誰にも詮索されない。
 部屋に入って、鍵をかけてからようやくパーシヴァルはクリスの手を離した。
「……」
「パーシヴァル……」
「……何故、こんなところに?」
「いや……その……」
 クリスは視線を彷徨わせた。
 それを逃さないように、パーシヴァルはクリスの体を引き寄せた。
「こんな危険なところに」
「……それは……」
「クリス!」
「サロメに追い出されたんだ!!」
 とうとう怒鳴ったパーシヴァルに、クリスが叫び返した。
「……は?」
 予想外の返答に、パーシヴァルは一瞬思考が停止しかけた。
 彼の記憶が確かならば、サロメという人間は、騎士団長を城から追い出すような人間ではなかったはずだが。
「……和平協定が成立して、お前達が戻ってくると聞いてから、そわそわしてたら『そんなに気になるのだったら迎えに行ってこい』とブラス城から追い出されたんだ」
 言いながら、クリスはパーシヴァルの方を見ようとしない。
 重ねるが、サロメは、そんな浮ついた理由でクリスを職務から解放したりはしない。
「何か、やりましたね?」
 パーシヴァルが聞くと、クリスは蚊のなくような声でやっと白状した。
「稽古の相手をした新兵を二人病院送りにして、ティーセットを三つ割って、ペンを五本ほど折って……それでサロメが見かねたんだ」
 パーシヴァルは急速に膝から力が抜けそうになって、よろ、とよろめいた。
 確かに、そんな状態では騎士団の仕事は回らない。
「そんな……離れていることなんて、今までいくらでもあったでしょうに、どうされてのです?」
 軍務につけば別行動になるのは当たり前、そんなこと(特にパーシヴァルが)承知の上で恋人になったはず。今までだってそうしてきたはずだ。
 なのに、何故今回に限ってこんな風に壊れてしまったのかがよくわからない。
「だって……帰り道にはちょうどこの町があるじゃないか」
 顔を赤く染めて、クリスが言った。
「え、この町って……花街のことですか?」
「私だって騎士団の長だから、戦場帰りの男連中が花街に寄って遊びたいって気持ちはわかるし……実際私が部隊長だったら、ここを宿場に選ぶだろうし……」
「クリス様」
「だから、お前がここで少々遊んでも、別にしょうがないことだって思った……ん、だけど」
「でもやっぱり嫌?」
 抱きしめると、クリスは耳まで真っ赤に染めてこく、と頷いた。
「わがままだ……とは思うが」
 貴方には、私だけでいて。
 クリスの暴挙の理由をやっと理解して、パーシヴァルは苦笑した。
 離れるのはともかくとして、花街で遊ぶのだろうということが、我慢できなかったというわけか。
 恋人として一緒にいる時間はまだ短いけれど、つきあい自体はレオ同様かなり長い。当然、以前花街を通ったときのパーシヴァルの所行は知っているわけで。
 クリスは、自分の行動を恥じているようだが、責任の一端はパーシヴァルにあると言える。
「そんなことなら心配ありませんよ」
 パーシヴァルはふう、とため息をついた。クリスは真っ赤な顔のまま、パーシヴァルの胸を叩く。
「どこがだ! 町のお嬢さんだけでなく花街のおねーさんにもめちゃくちゃもててたくせにー!」
「だって私、貴女以外では役立たずですし」
「は」
 さらりととんでもないことを告白されて、クリスは面白いくらいに硬直した。
「一度最高の女を知ってしまうと駄目ですね。もう、他の女じゃタたないどころか興味すらわかなくって」
「嘘……」
「本当ですよ。だから、こんな花街にいても女なんて抱けないし、貴女に捨てられたら人生終わるんです。安心しましたか?」
「安心って」
 クリスはまじまじとパーシヴァルの瞳を見つめた。今までの経験からすると、この顔は、本当のことを言っている時の顔だ。内容は嘘みたいだが。
「まあ、貴女相手ならしっかりお役立ちですけどね」
 まだ不思議そうな顔をしているクリスにくす、と笑いかけると、パーシヴァルはクリスの額に口づけを落とした。それから、こめかみと、首筋にも。
「あ……や……ちょっと、パーシヴァル!」
「貴女だけ、抱きたかったんです」
 熱っぽい台詞に溶かされそうになりながら、クリスはささやかな抵抗を返す。
「パーシヴァル……お前飯も食ってないだろうが……腹は減ってないのか?」
「こっちの空腹を満たすのが先です。こんな所ですから、夜中のほうが食べ物は調達しやすいですしね」
 嬉しげなパーシヴァルの手に今度こそ溶かされて、クリスはあえぎ声にも似たため息を漏らした。



 後日。
「パーシヴァル!! ナッシュから聞いたんだけど、あんた花街で銀髪の女と宿屋に消えたって本当?! この浮気者ーーーっ!」
 とリリィ嬢に怒鳴り込まれ、誤解を解くのに大層難儀したというのはまた別の話。

ライン

なんとなく思いついたねたです。
ていうか、扱ってる内容かかなりきわどいですが。
パーシヴァルって、もとは遊んでた割に、一途だと思うんですよねえ。

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