月光のもとに

 その男は運が悪かった。
 道を歩けば大抵何かにからまれ。
 宝くじは常にはずれ。
 女難、水難、火難、貧乏神、と大抵の不運はお友達というありさまだ。
 その彼がパーティーを組んだならば、
 集中攻撃を受けるのは自明の理。
 男が後方に構えているにも関わらず、敵は前衛を無視して男に襲いかかるというのが、
 基本の状況だった。
 その結果。
 森に生息する巨大な毒蜘蛛に襲われて、襲われて、襲われて、
 でもって刺されて、刺されて、刺されまくり、
 その上毎回ほぼ100%の割合で毒をくらったために
 まだ道の途中だというのに毒消しのない状態で男は倒れることとなった。

「ナッシュ? 大丈夫か?」
 クリスが心配そうに顔をのぞき込むと、ナッシュは力無く『大丈夫じゃなぁい』と返事をした。
 実際、蜘蛛に刺されて毒を思いっきり食らった彼の唇は紫色だ。顔色も青ざめ、明るい金髪もなんだかしなびて見える。
「全く、この程度で倒れるとは情けない! 我々には悪を倒すという重大な使命があるのだぞ!」
「でもでもフレッド様! 弱きを助けるのも正義の道ですよ!」
 フレッドが死人に鞭を打つようなことを言い、リコがフォローにならないフォローをいれた。
「俺は弱いもんかよ……」
「実際弱ってるだろうがお前は。……まあ、おかげで私たちは無傷だが」
 ふう、とクリスはため息をついた。
 この、世界で一番怪しい男、ナッシュにいいように言いくるめられて旅にでてから随分と日にちがたっていた。
 その途中、ダッククランで道案内を雇ったり、正義の騎士様と仲間になったりしながらチシャの村を目指していたのだが、ナッシュの運の悪さが予想外の事態をまねいていた。
 蜘蛛に襲われまくり、刺されまくったせいで、買いだめしていたはずの毒消しがとうとうなくなってしまったのだ。
 結構森の中は危険だということで、あらかじめかなりの量を用意していたはずなのだが、男の不運は絶大だった。
「ナッシュさん、ナッシュさん、みつけたよ!!」
 ぱたぱた、と羽をふるわせながらダック村の凸凹コンビ、レットとワイルダーが戻ってきた。彼らの手にはいくらかの草葉が握られている。
「毒消しの草、そこに生えてたよ。よかったね〜。まだ若葉だけど使えるよ?」
「まあ、ちゃんと煎じたものじゃないから効き目は弱いだろうけど、これ飲んで一晩安静にしてればなんとかなるよ」
「道案内に雇っただけあって、森にはやっぱり詳しいな」
「まっかせといてよクリスさん! ほらほら、ナッシュさん、すぐに飲めるようにするからね」
「ありがたい……じゃあ、さっそくもらおうかな」
 ナッシュは力無く笑うと体を起こした。レットとワイルダーはすぐに薬草をすりつぶして、なんとか飲めるものへと調理(?)する。
「ナッシュさんも大変だねえ。あんなに敵に襲われる人、初めて見たよ」
「不運は俺のお友達ってね。まあ話の種にでもしてやってよ」
 すりつぶした薬草をいれたカップを受け取り、ナッシュはそれを飲み下す。だが、手が震えているせいか、口の端から薬草はこぼれた。しょうがないのでクリスが手伝う。
「ごめんね、クリス。道案内役が倒れちゃって」
「そう思うんなら、さっさと治すんだな」
「まあ明日にはチシャの村に着くし、大丈夫だよ!」
 レットは笑うと、野営道具を出した。
「そうですね。薬を飲めばもう心配ないですよね! ちょっと早いけど夕食にしちゃいましょうか。さっきフレッド様が猪をとってきてくださったんですよ!」
「おお、そりゃ豪勢だなあ」
 はは、と笑ったナッシュを、ワイルダーが止める。
「あ、でもナッシュさんは食べちゃだめだよ! 薬草のききが弱くなっちゃうから、今日はそのまま寝ててね!」
「う、うう……猪……」
 ナッシュはどこまでも不幸だった。

 夜半。
 クリスはうめき声で目を覚ました。
 体を起こすと、まだ火の残る薪のむこうで、ナッシュが苦しそうに身を丸めていた。
 見張り役をするはずだったレットは、火のそばで船をこいでいる。
「しょうがないな……」
 クリスは立ち上がると、飲み残しの薬草を持ってナッシュの側にかがんだ。だいぶ苦しそうだ。
 ないよりはましかもしれない。
 しかし、運が悪いのもここまで来ると見事だといえよう。
(よくこんな状態で、今まで一人でやってこれたな……)
 だが、少し考えてから、それが逆だということにクリスは気づいた。
 彼一人なら、ナッシュはこんな怪我などはしないのだ。
 彼は完全に気配を消して歩くことができる。裏道も知っているから、きっとそもそもモンスターなどには出会わないだろう。
 クリス達と一緒に、騒ぎながら歩いているせいでこうなったと言える。
(まあ、ナッシュが全部引き受けたおかげで、こいつ以外は怪我一つないしな)
 少しはありがたいと思っておくべきだろうか。そう思いながらその顔をのぞき込んだ。
「ナッシュ、おいナッシュ、大丈夫か?」
 声をかけると、苦しそうに浅い呼吸を繰り返していたナッシュは顔をあげた。月光に照らされた彼の顔は昼間より更に青ざめて見える。
「ナッシュ……?」
 焦点の合わない緑の瞳がクリスの方を向く。
「……あー……あんた、か」
「ナッシュ」
「シエラ……あんたって人はこういうときにしか現れないんだから」
「しえら……?」
 クリスは眉をひそめた。どうやら固有名詞。それも女性の名前のようだが。
(誰かと見間違えているのか?)
 そういえば、今ナッシュの顔には月光が当たっている。ということはナッシュから見てクリスの顔は逆光になっているはずだ。
「おい、私はシエラじゃないぞ?」
 くす、と笑うとナッシュはクリスの銀髪に手を伸ばした。
「俺があんたの銀髪を見間違うわけ、ないだろ?」
 言って、男はクリスの髪に恭しくキスさえする。
(いや、見間違ってる!! 思いっきり見間違ってるから!!)
 こんなとろけきった顔を、他人に向けるんじゃ、ない!!
 絶叫したいが、他の連中は寝ている。そんなことをしたら起こしてしまうだろう。
 それに。
 宝物でも扱うように髪にキスした男の顔が、あまりに幸せそうで、何故か否定できなかった。
「シエラ」
 弱々しくも、優しく笑うと、ナッシュは知らない女の名前を呼ぶ。嬉しそうに。
「こんなときに……あんたが来てくれるなんてな……ああでも、……あんたに連れて行かれるならそれもいい……」
 本当に、とても幸せに微笑むと、ナッシュの瞳が静かに閉じられた。
「あ、おいナッシュ、ナッシュ、大丈夫か?」
 一瞬、そのまま永眠したかと思ったクリスはナッシュの肩を揺さぶる。
 意識は戻らなかったが、規則正しい寝息が聞こえてきた。どうやら眠ってしまったらしい。
「……お前という奴は」
 ふう、とため息をついてクリスはナッシュを横にさせた。乱れた毛布を直してやる。その顔は何故か笑っていた。
「しかし、お前にそこまで想う女がいたとはな」
 怪しい男だと思う。
 発言の胡散臭さは彼の右に出る者はいないだろう。
 けれど、今クリスに重ねて見ていた女性に対する想いだけは本物だ。
 そうでなければ、あんなほほえみなど浮かべはしない。
「奥さんが本当にいるのかどうか、疑っていたが……警戒は少し緩めてやろうかな」
 人を愛して、こんな顔ができる人が悪い人間ということもないだろう。
 それに、思う人が居るのならば、クリスに無体なこともしない。
 ふ、と笑ったクリスの耳に、またねぼけたナッシュのつぶやきが届いた。
「ユーリ……レナぁ……」
「……」




「おい、クリス! クリス……! クリスちゃんってば」
「うるさい!!」
 翌日、蜘蛛の毒から復活したナッシュは、また別の問題で大変だった。
 クリスの機嫌が、ものすごく悪いのだ。
 そりゃあもう、斜めどころではない。一回転ぐらいしているような勢いだ。
 ナッシュの声など聞かずに(というか聞けば聞くほど余計に)ずんずんと一人先に歩いていく。
「ナッシュさん、ねぼけてクリスさんに何かしたんじゃない?」
 レットが人聞きの悪いことを言う。
「んなことしてないよ! っていうかそんな元気あるわけないだろうが!」
「ナッシュ、ことと次第によっては剣のさびにするぞ?」
「フレッド……だから俺は何もしてないって!! おいクリス〜〜〜、本当にどうしたんだよ!」
 ナッシュが声をかけるとようやくクリスは足を止めた。
 そして、振り向きざまにぎろっ、と思いっきり睨む。
「クリス……?」
「この浮気者……」
「へ」
 その後、ナッシュはチシャの村につくまで誰にも口をきいてもらえなかったとさ。



なんとなくクリスが当て馬ちっく。
というよりクリスに災難が
クリスもシエラも銀髪だなあ、と思ったらできた一本。
ナッシュが不運なのか、それに巻き込まれたクリスが不運なのか。

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