告白ラッシュ!

「は……?」
 その言葉に、クリスはぽかん、と口を開けた。
 信じられなかったからだ。
 人に長として認められているという自信はそれなりにあったが、それ以外の好意を向けられることなど考えもしていなかった。
 だが、目の前の男はその言葉を繰り返した。
「好きです、クリス様」
 真剣に愛を伝える男の、淡い金の目は熱を帯びクリスを射抜かんばかりに見つめている。
 そのいつも以上に険しい表情からは、冗談の類のような軽々しいものは感じられなかった。
「ボルス……私は」
 返答につまり、クリスは意味のない言葉をつぶやいた。
 ボルスはやっと苦笑する。
「申し訳ありません。……ご迷惑、ですよね。ただ……ただそれでも伝えたかったのです。私の想いを」
 愛しています。
 もう一度だけ繰り返すと、常からは考えられないほど切ない顔になったボルスは、執務室を出て行った。
「……」
 あとには、呆然としたクリスが取り残された。

「どうしたらいいと思う?」
 ボルスがクリスに思いを打ち明けたその一時間後、同じ執務室でクリスはサロメにそう訊ねた。
 どうしたらいいかわからなかったからだ。
 人に好意を持たれることはもちろん嬉しい。だが、恋愛となると話は別だ。こちらかな何かの回答を出さなければならない。
 しかも相手は軍の部下。
 というわけで、軍の内情がわかっており、かつ年長者であるサロメに意見を聞いてみたわけなのだが……サロメは事情を聞いて困り顔になった。
 いつも険しく寄っている眉間の皺が、一層深くなる。
「……それは、アドバイスしかねますな」
「プライベートすぎる話題だったか。すまん」
 素直に謝ったクリスに、サロメはうーんとうなる。
「正直なことを言わせて頂きますと、お願いですからお断りになってください、と思うのですよ」
「ん?」
 クリスは顔をあげた。
 その口調が、いつも理性的で論理的なサロメにしてはひどく感情的だったからだ。
「ですが、それは私のエゴでしかありませんから」
「エゴ? サロメ、それは一体」
「私も、貴方を愛している男の一人だからですよ」
 瞬間、ひたと見据えられたクリスは言葉を失った。
 本気という名の情熱が、クリスの体の自由さえ奪う。
 騎士として長くつきあってきたクリスには、冗談や酔狂でこのようなことを言う人間ではないことを知っていた。
「サロメ……」
「だから、アドバイスはできません」
 申し訳ありません、そう謝ってサロメは執務室を出て行った。
 クリスは再び呆然と取り残された。

「笑い事じゃないんだ!」
 その数時間後、パーシヴァルの私室にやってきたクリスは、笑う男を怒鳴りつけた。パーシヴァルはいまだに笑い続けている。
 一度に二人もの人間に告白され、困り果てたクリスは、「こういうことは恋愛エキスパートに相談するべきだろう」と判断して騎士団1のプレイボーイパーシヴァルに相談を持ちかけていた。クリスは真剣に話したつもりだが、彼の笑いのツボに入ってしまったらしい。
「も、申し訳ありませんクリス様……」
「本当に申し訳ないと思っているのか?」
「申し訳ないと思っておりますよ。心から」
 嘘をつけ。
 クリスは目の端に涙をためているパーシヴァルを軽く睨むと、眉間に皺を寄せた。
 パーシヴァルは、悩むクリスの顔をのぞき込んだ。
「ではこうしたらいかがですかね?」
「何だ?」
「どちらも断ってしまうのですよ」
「……?!」
「そして私の恋人になればよいのです」
 つい、とクリスの手がパーシヴァルに引かれた。パーシヴァルはその甲に軽く口づける。
「ほら、それならどちらにも公平」
「公平なわけあるかっ! だいいちなんでここでお前の名前が……!」
 引っ込めようとした手を強く握られ、クリスは言葉を切った。漆黒に近いチャコールの瞳が鋭く射抜く。
「おわかりに、なりませんか?」
「……っ……パーシヴァル……」
「貴女を愛しています、クリス」
 そのまま、愛おしむように手の先へ唇を寄せられ、クリスは今度こそパーシヴァルから手をふりほどいた。
「そんなことできるかっ!!」
 怒鳴りつけるが早いか、クリスは全速力でパーシヴァルの部屋を後にした。

「へー? それでやっと? 女友達の存在を思い出したわけねー?」
 ソファにふんぞりかえって非難するリリィの前で、クリスはただひたすら小さくなっていた。
 パーシヴァルにまで愛を語られ、パニックに陥ったクリスは、三日目にしてやっと女友達の存在を思い出した。それでビュッデヒュッケ城で戦争を手伝いつつ攪乱しているリリィのもとへ、相談を持ちかけたのだが……当然のことながら、リリィは機嫌がすこぶる悪かった。
「恋愛の話だってのに、相談するのはまず同僚なわけー。ふーん。ほんっと友達がいがないわよねー」
「す、すまないリリィ……! でもやっぱり軍のことかと思うとなかなか言えなくて……!」
「そんなの恋愛沙汰って時点でおもいっきりプライベートじゃない。何? あたしがそんっなに信用できないんだ?」
「そうじゃないんだ! ……そうじゃないんだけど……」
 沈むクリスをみやると、リリィはため息一つついて立ち上がりクリスの隣に座った。
「ひどいわよねえ……あたしはこんなにクリスのことが好きなのに」
 つい、と顎のラインをなぞられて、クリスは全力でその場から離れた。
「ま、まさかリリィ! 貴女まで告白するとかそんなことを言い出すんじゃないだろうな!!」
 蒼白になって、半泣きになっているクリスに、リリィはぷっと吹き出した。そのまま腹を抱えて笑いころげる。
「リリィ……!!」
「冗談よ、冗談! あはははははは!! 一個師団でもびびらないあんたが、そんな顔するなんておっかしー!!」
「今のはたちが悪すぎだ!!」
 クリスはその場にへたりこむ。
 ここ数日で、何人に告白されたと思うのだ。
「まーいいじゃない。あたしに相談してくれなかったのは、今ので許してあげるからさ!」
「……そういう、ことなら」
 疲れ切ったため息をもらすクリスのわきに座り直すと、リリィはクリスに笑いかけた。
「でさ、クリス……ボルスとサロメとパーシヴァル、誰か好きな人はいるの?」
「サロメはすばらしい軍師だと思うし、ボルスの剣の腕前は一流だ。パーシヴァルも戦場で背を預ける相手としては……」
「そーじゃなくて!! 恋愛対象として好きかって聞いてるの! あんたそれ部下の査定じゃない」
「う」
 クリスは言葉につまってうなだれた。
「……だよなあ、やっぱり」
「つまり今好きな人はいないのね?」
 こっくり、とクリスは頷く。
「じゃー全員お断り?」
「いや……それは……」
「あ、ちょっと惜しいんだ」
 図星をさされて、クリスの顔が赤く染め上げられた。
 くすくすとリリィが笑う。
「だって、三人とも、騎士団よりすぐりのいい男だぞ? サロメは思慮深くて優しいし、ボルスは情熱家で、パーシヴァルは美形の上に女の扱いに長けている。こんないい男たちに告白されるなんて幸運、そうそうないと思う」
「男の価値がわかってるだけ、あんたにしては進歩ね」
「だから……本当にどうしようかと迷ってて……」
 彼らはいずれもいい男。誰の手をとっても、きっと皆心から愛してくれるだろう。
 だが。
「いっそあみだででも決めようかな」
「そーゆー男の純情を無視した発言は、おにーさんは許しませんよ」
「やはりひどいよなあ………って、ちょっと待て!」
 うなだれていたクリスは、合いの手をいれた人物の声がリリィのものではないことに気がついて、顔をあげた。そこには楽しげに笑う緑の瞳のハルモニア人がいる。
「やっぱり、気持ちの問題だからね」
「だからねじゃない! ナッシュ!! いつの間に部屋に入った!!」
 この部屋にはクリスとリリィの二人きり。リリィのおつきの二人にも、プライベートな話だからと席を外してもらっていたはずなのに何故この男がいる。
「やー、だってねえ。クリスちゃんがここ数日困った顔でいるって聞いてさー。おにーさん心配で心配でいてもたってもいられなくって」
 剣を抜きかけるクリスに、ナッシュはへらへらと笑い続けた。
「……ナッシュ、まさかとは思うがお前まで」
「なわけないでしょー? 俺はカミさん一筋よ? 指輪に永遠の愛を誓ってるんだから。俺は純粋にクリスちゃんの心配してるだけ」
 気負いのない否定に、クリスはほ、と息を漏らした。
「だったらいい」
「それはそうとクリス」
 すい、とナッシュがクリスに近づいた。
「今適当に三人のうちから選ぼうとしてたでしょ」
「う」
 言葉につまるクリスとの距離をナッシュは更につめる。戦闘中以外では見せたことのない素早さでもって、ナッシュは吐息が絡むほどの距離に顔を近づけた。
「ナッシュ……?!」
「これがね、恋人の距離。本当の恋人なら、この距離がなくなって一つになる。君は、適当に選んだ相手とこんなことができるのかい?」
「……!」
 反射的にクリスはナッシュの手をふりほどいていた。やはりいつもの軽い笑いをナッシュは浮かべている。
 いつもはナッシュが近づきすぎるのを止めてくれるリリィも、黙って二人の様子を見ていた。
 確かに恋とはそういうものでもある。
「……〜〜〜」
 クリスはしゃがみ込むと、頭を抱えた。

 翌日、ボルス、サロメ、パーシヴァルの三人は、同時に断りの言葉を賜っていた。
「三人ともいい男だと思うが、私は誰に対しても恋愛感情を持っていない。だから応えることはできない」
 努めて無表情で語るクリスの前で、三者三様に彼らは言葉を受け取っていた。
 事前に、他の二人の告白を知らなかったボルスなどはパニック寸前である。
「すまない」
 プライベートな話のはずなのに、頭をさげるクリスにサロメとパーシヴァルが苦笑した。
「よいのですよ……クリス様。それが貴女ご自身で出した結論なら」
 サロメがいたわるように言った。
「サロメ」
「クリス様! 私も、この想いを貴女に押しつけるつもりはありません」
 ボルスが叫ぶようにして伝える。
「……すまん、ボルス」
「ですが、口説いてもよろしいですかね」
 パーシヴァルの飄々とした言葉に、他の全員が固まった。
「私の気持ちが迷惑なわけではないのでしょう?」
 にこやかに、パーシヴァルは言う。
「……確かに嬉しい……と思う」
「ただ、恋愛のことを考えていらっしゃらなかった。ならば、考えて頂けるようにするまでです」
「ぱ、ぱぱぱぱぱパーシヴァルっ! お前何を!!!」
 ボルスの吠え声をパーシヴァルは無視した。
「というわけでクリス様、今晩お食事などいかがです? おいしいディナーを作ってさしあげますよ」
「いーかげんにしろパーシヴァル!!」
「ボルス、うるさい」
 恐慌状態のボルスと、呆然とするサロメと、いまだにこやかに笑っているパーシヴァルに囲まれて、クリスは途方にくれた。

隣の部屋ででばがめリリィ「ねえ……」
同じくでばがめナッシュ「何だい?」
リリィ「今、勝負有りって気がしたんだけど」
ナッシュ「かもねえ……」

サロメ→クリスでボルス→クリスでパーシヴァル→クリス
クリスおおもてです。

でも勝者はパーシヴァルな予感で(笑)
クリスは公式でもてまくりなので、
実際大変そう……


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