ないてもわらってもけつまづいてころんでもぼくらはてをつないであるく

 建物の崩壊は、唐突だった。
「崩れるぞっ! 皆逃げろ!!」
 クリスの叫びに似た怒鳴り声が辺りに響く。言われなくても危険なのがわかりきってる俺たちは、一斉にそこから駆け出した。
 仮面の男が、最後の決戦を用意した儀式の地。
 裏方専門のはずの俺は、何故だかここを攻め落とす戦いに参加させられていた。まったく、戦闘力があるからって、スパイまで戦に駆り出すなよな。
 ……まあ、無鉄砲を絵に描いたような騎士団長様や、百歳すぎてるくせに夢想家な大将や、騎士団長より更に無鉄砲な英雄殿が心配じゃなかったと言えばうそになるけど。
 戦いは、辛くも俺たちの勝利。
 仮面の男は、望みを絶たれてその場で朽ちることを選んだ。
 あとは城に戻って大団円が待ってる……と言いたいところだが、そうは問屋がおろさないらしい。
 紋章の力に耐え切れなくなった儀式の地が恐ろしい勢いで崩壊し始たのだ。
 まったく、あとちょっとだって言うのに。
 ここまできて勝利の美酒がお預けだなんていうのは遠慮したいから、俺たちは制御を失って暴走しまくっているモンスターをかいくぐりながら脱出を始めていた。
 死ぬなんて冗談じゃない。
 崩壊する速度は速いし、暴走したモンスターは凶暴だが、まあなんとかなる。
 大抵はこれで最後なんかじゃないから。
 生来の足の速さを利用して、後続の連中の露払いをしてやりながら、俺は走る。もうすぐ出口、というところで正反対の方向に走っていくハルモニア兵を見つけて、俺は怒鳴った。
「馬鹿!! 出口は反対方向だぞ!」
「しかしササライさまが!」
 俺は足を止めた。
「……戻って来てない……のか?」
「ええ。多分あちらの方にいると思うのですが」
「しょーがねえなあ」
「では」
 走り出そうとしたハルモニア兵の首根っこを俺は掴んだ。
「な、何をするんですか!」
「お前らは戻れ! 俺が行く」
「しかし……」
「俺の方が足が早い!」
 兵を一喝すると、俺は走り出した。
 ああもう、何やってんだあの馬鹿は!!
 そういやあのルックってやつと自分の出自でぐるぐるぐるぐる考え込んでたしな、あいつ。
 疲れたから一緒に死のうなんて考えてやがったら承知しねーぞ!!
 モンスターもいい加減数が減ってきているのか、それとも運命の女神が気まぐれをおこしたのか、そちらへの道には、モンスターがほとんどいなかった。瓦礫をかいくぐって進むと、ササライに肩を貸して歩くディオスを発見した。
「ディオス!」
 事務方のディオスと、魔法が使えないくらい消耗したササライ。
 ザルで水を汲んでるような光景に、俺は頭痛を覚えた。
 まったくもうこいつらは!
 そんなんで助かるつもりかよ!
「ナッシュさん、手を貸してください!」
「言われなくてもそうするつもりだよ、っと!」
 俺は二人に駆け寄ると、ササライを肩にかついだ。荷物かなにかのように扱われ、ササライが声をあげる。
「ナッシュ! 何をする!」
「あんたの足じゃあ、俺がこうやったほうが早いんです。それとも何ですか? おんぶのほうがいいですか?」
「……」
 よし、黙ったな。
 俺はあいた手でディオスの背を叩いた。
「ほら、お前も走れ。時間はもうないぞ」
「ですがナッシュさん、大丈夫ですか?」
「お前さんに心配されるほど、体力おちちゃいないって。言っとくが、荷物があってもお前より俺の方が走るの早いぞ?」
 ウインクひとつくれてやると、ディオスもおとなしく走り出した。
「やれやれ、あんな馬鹿野郎の自殺劇になんか巻き込まれて、死んでたまるかっての」
「君に言わせると、この戦争もそんなものかい?」
 担がれたまま、ササライが言った。
「ええ。そんなもんです。世界がどうとかより、身近に大事なものがいくらでもあるって知ってますからね」
「君らしい……」
 ササライがくすりと笑った。
 俺も口の端だけで笑う。
 さっきハルモニア兵と別れたところまで戻ってきた。
 あと少し。
 ラストスパートをかけようとした俺の耳に、ぴしりという嫌な音が聞こえた。
「--------っ!」
 見上げた天井に大きな亀裂が走っていた。それは不気味なくらい黒々と、天井を引き裂いたかと思うと俺たちへと石くれを降りそそいでよこした。
「ディオス!」
 俺は、叫んで、先に走るディオスめがけてササライを投げつける。
 二人は一緒くたになって瓦礫が落ちてくる範囲から逃れた。
「ナッシュ!!!!」
 ササライの悲鳴。
 俺は無駄だと知りつつも、腕で自分の頭をかばった。










 からり、と小石の転がる音で俺は覚醒した。
「……?」
 反射的に身じろぎしようとしたとたん、全身に激痛が駆け巡り、俺は体を硬直させる。
 痛い。
 むちゃくちゃ、痛い。
 ガンで打たれたり、剣で切られたりといろいろ怪我してきた俺だけど、これだけ痛い思いをしたのは久しぶりだ。
 畜生、まじで痛いぞ。
 俺は、恐る恐るまぶたをあけた。瞬きするだけでも体に痛みが走りそうで、それすらも気を遣う。
 目を開けた先に見えたのは、血に汚れた自分の手と瓦礫だった。
 かろうじて、前が見えるくらいには光がある。
 辺りを見回そうとしたが、首を動かすことすらできなくて、俺はしょうがなく自分の手を見つめる。
 どじ踏んだな……。
 絶世の美女を救うんならまだしも、なんでまたあんな腹黒上司を助けるためにこんな目に。
 ……まあ、こればっかりは条件反射なんだからしょうがないか。
 さて……今俺の体どうなってんのかな?
 無駄にのんきを装ってみるが事態はかなり深刻なようだ。
 自分の体の様子に、神経を張り巡らせる。
 まず頭……右の側頭部がずきずき痛む。かなり強く打ったみたいだな。倒れて打ったか、瓦礫があたったか……原因は考えないでおこう。
 下半身…に痛みはなかった。
 だけど、それは無傷っていう意味じゃない。感覚がないのだ。ぴくりとも動かせないから、まあ今どうなっているかは、どう想像してもいい感じじゃない。
 腹と胸は、さっきからかなりの激痛が駆け回っている。
 これは、あばらが何本かイってるな。
 息はできるから肺には刺さってないけど……
 思考中に、急に胸に熱の塊が押し寄せてきた。体が反射的に動くに任せて、俺は倒れたまま血反吐を吐く。
 どす黒い血が瓦礫を染めたのを見て、俺は心の中でため息をついた。
 内臓も、かなりイってるな、これは。
 あばらがどっかに刺さったかもしれない。
 しかも下半身が段々と冷えてきた。
 どこかで盛大に出血しているのだろう。
(まずったな)
 実際にできないから、心の中で舌打ち。
 これは本当に最後かもしれない。
 遠くから聞こえる崩壊の音はまだ続いている。救助がここに来るまでにはまだ大分かかるだろう。生きているうちに発見されたとしても、あれだけ大戦闘をしたあとだ。この状態の俺を助けることができるほどの治癒魔法はもう残っていないだろう。
 自分で脱出すればまだ望みはあるだろうが……
 俺は手に力を入れた。
 最大限の努力だったが、指先がぴくりと動くだけだった。
 それも駄目みたい。
(あーあ……俺は、死ぬのかね)
 男かばって、っていうこの理由がかなり不満だけど。
 仲直りしたっていうのに、またユーリを泣かせるな。
 ……レナは、怒るな、絶対。
 怒るのなら腹黒上司もだろうか。まだ借りは返しきってないのに、と。
 クリスは……悲しんでくれるだろうが、六騎士の連中は喜ぶかもなあ。俺、嫌われてるから。
 そして……。
 ふと、脳裏に女の姿がよぎって俺は動きを止めた。
 銀の髪に紅の瞳をした女の、悲しげな微笑。
 ……って、!!
 死んじゃだめだろうが、俺!!
 だめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだ!!
 死んじゃだめだ!
 勝手に死なないって誓ったところじゃないか。
 畜生、死んでたまるか。
 まだ何もしてない。
 まだ何も始まってない。
 これからなのに!
 俺は手に力をこめた。体全体に走る痛みと格闘しながら、なんとか動こうと努力する。
(俺は死なない)
 わずかに動く手が、地べたを掻く。
(生きて、ここを出て、あいつのところに帰るんだ)
 手は、尚も掻く。
「……っ」
 帰るんだ。
 あいつのところへ帰って、それから一緒にいるんだ。
 これで最後なんかにしてたまるか。
 大体俺が帰らなかったらあいつ泣くだろう?
 あいつの泣き顔だけは見たくないんだよ! 俺は!!
 ああもう……起き上がらなきゃいけないのに、なんでこの手は床を引っかくしかできないんだ。力いれてるだろ? しかも、辺りが暗くなってきやがった。どっかでまた瓦礫が崩れたか?
 明かりがないと、脱出しにくいだろうが。
 動けよ俺の体。
 俺は……帰るんだから。
 おい、帰るって言ってるだろ? なんで手が……とまる……んだ?
 動け……よ。
 あいつの……とこ……ろに……かえる……。
 かえ……る………………ん…………………………











「ばかな男……」









 甘い、夢を見ていた。
 それは本当に、ひどく甘い夢。
 俺には、好きな女がいて、女も、まあ……俺に惚れてて。
 俺も女も、しがらみだの障害だのは山盛りあるんだが、それでも俺にはあいつが必要で。
 あいつも俺が必要で。
 一緒にいようって、オママゴトみたいに誓い合った。
 そんな、甘い夢。
 けれどそんな甘い夢も、結局は途中で途切れた。
 俺の……せいで。




(ん……)
 まぶたを通して、尚眼球を刺激する日差しのまぶしさに、俺は不快感を感じて目を覚ました。
 あー……もう、まぶしいったらないな。
 カーテンくらい閉めときゃよかったな。
 こんなに眩しくちゃ、シエラがまたぶうぶう……ん?
 シエラが……って、なんで俺考えてるんだ?
 確か俺は……!!
「……っ!!」
 急激に意識が浮上した。無理やり目を開くと、ちゃんと視界が開ける。
「……え? あ……?」
 声が、出た。
 手を動かすと、シーツの感触が返ってきた。
「生きてる……」
 そう、俺は生きてた。
 絶対に死んだと思ったのに、俺は生きていた。
 そろそろと体を起こす。
 うん、ちゃんと動くみたいだ。半身だけ起こして周りを見回すと、そこはテントの中だった。見覚えのある様式の天幕。ここはどうやらハルモニア軍の医療用テントのようだ。
 まあ、運び込む場所としては妥当なところかな。
 枕元を見ると、俺の装備が一式きちんと置いてあった。ジャケットは……ない。あたりまえか。あれだけ血がついたあとだもんな。
 そこまで考えて、俺は自分の体の異様さに気がついた
 痛いところがない。
 確認してみるが、俺の体には傷ひとつなかった。
「はて……」
 結構な大怪我だと思ったんだがなあ。意外に軽かったのか?
 考え込んでいた俺は、天幕をめくる音で顔をあげた。見ると、ディオスがタオル片手に部屋に入ってくるところだった。
「ディオス?」
「あ、ああああああああああナッシュさんっ!! 目を覚ましたんですねっ!!」
「まあ、頭ははっきりしてるな」
 笑うと、ディオスはタオルを放り出して走りよってきた。のみならず、ぼろぼろと涙を流し始める。鷲鼻からは今にも鼻水が垂れそうだ。
「よかったあああ……瓦礫の中から掘り出したときにはほとんど死体みたいで、もう助からないかと……」
「そんなすごい状態だったんだ、俺」
「ええ、足はちぎれかかってるし、肋骨は折れてるし……あ、そんな話は聞きたくないですよね」
「まあなんとか助かったしなあ、どうでもいいといえばいいような……しかし、それでなんで俺が助かったんだ?」
 ディオスは、泣いて少し落ち着いたのか、ぐいと目元をぬぐいながら顔を上げる。
「ササライ様が、特別な紋章を使うからといって、そのままナッシュさんをここのテントに運び込んだんです。何をしたかは知りませんけど……」
「ふーん……あいつがそんなことをねえ……たまにはいいことするじゃないか」
「そんな言い方はだめですよ、ナッシュさん! ササライ様、かなり心配してたんですから!」
「すまん」
 俺は苦笑した。
 ちょいと歪んではいるがあいつにそれなりの人の情があるってことは知ってるさ。
「ディオス? 何騒いでるんだ?」
 うわさをすれば影、ササライがテントにやってきた。奴は俺を見るなりふう、とため息をつく。
「君、やっと目を覚ましたのかい? 三日も寝とぼけるなんて、職務怠慢もいいところだよ?」
「騒動が終わったんだからたまには休みくれたっていいでしょうが」
「何言ってるの。この混乱期がスパイの働きどころじゃないか」
「あーそうでしょうとも。人使いが荒いったら」
 ったく、この上司は相変わらずだな。お礼を言い損ねたじゃねーかよ。
「君にはまだ利用価値があるからね。……ああそう、そういえば君に渡すものがあったんだ」
 ササライはごそごそとポケットを探ると何かを取り出した。
「ほら、落し物」
 ぽん、と軽く投げられたそれを反射的に受け取った俺は……
「あちぃっ!!」
 手を焼かれた。
 小さなそれを、俺は放り出す。何かは、床に転がった。
「な、何投げるんですかっ! あんたは!!」
 火かき棒かなんか握ったみたいだったぞ! あんな熱いもん、どうやってポケットにいれてやがったんだ!!
 畜生、助けたと思ったらすぐにいじめかよーっ。
「ナッシュさん? どうしたんですか」
 事態のよくわかっていないディオスは、不思議そうにソレを拾い上げた。
「おい、それは」
「ナッシュさん、意外にかわいいもの持ち歩いているんですね。ここに置いておきますよ」
 俺の手を焼いたものを、ディオスは平然と持ち上げると俺の枕元に置いた。
「え……? 熱くないのか?」
「なんでですか?」
 聞くと、逆に問い返される。俺はソレをまじまじとみた。
 ソレは単なる人形だった。
 祈る女神をかたどった、小さな、
 木彫りのお守り
(あー……)
 俺は唐突に理解した。
 何故、俺が生きているのか。傷ひとつすらないのか。
 ……って、もう生きてないとも言えるのかもしれないけど
(そーいう、ことかあ……)
 ちらりとササライを見上げると、ササライは無表情に俺を見下ろしていた。
 怒って、いるのかもしれない。
「ササライ様……」
「ディオス、ほらいいかげんにしておきなよ。タオル、運ばなきゃいけないんでしょう?」
「あ、ああ、そうでしたっ! ついでにクリスさんや、十二小隊の人たちに知らせてこないと!」
「行っておいで」
「はいっ」
 ディオスはばたばたとそこから出て行った。天幕の中には俺とササライだけが残される。
「ササライ様、俺は」
「君馬鹿でしょ」
 俺が何か言う前に、ササライはそう言い切った。
「考えなしもここ極まれりだよ」
「すいません」
 俺は素直に謝った。
 ササライはふん、と鼻を鳴らす。俺はそれを見て苦笑するしかなかった。
「ま、なっちゃったものはしょうがないですね。しかし、こうなると……さすがに俺はクビですかね」
 人外、しかも真の紋章もちの眷属がハルモニアの神官のところに出入りしちゃだめだろう。そう言うと、ササライは更に鼻を鳴らした。
「何言ってるの。今回君をかばうのに、僕がどれだけ苦労したと思ってんの? そのかりはきっちり返してもらうからね!」
「まじですかい」
「そうだよ! 大体、人外になったんなら、なったぶんだけ使いべりもしないし、使い道もあるんだから!」
「じゃあ私はこのままですか?」
「当然」
 きっぱりと言い切られて俺は思わず笑ってしまった。
 どうやら、人間をやめてもこの腹黒上司の部下という位置には、俺の居場所があるらしい。
「でも病気療養の休暇はほしいですねえ」
「傷ひとつないくせに甘えてるんじゃないよ」
「でも心臓は動いてないですよ」
「……っ!」
 ササライの顔が思い切り嫌そうに歪められる。今度は俺がふふん、と笑ってやった。
「まだ確かめてないですけどね、怖くて」
「ったく、だったら動いてるふりができるようになるくらいまで、休暇をあげるよ! これでいいだろう?」
「ありがとうございますV」
 五分後、俺たちは元気に取っ組み合いの喧嘩をしているところを、心配して見舞いにきたクリスに発見された。







 夜。
 怖いくらい青く澄み切った月光のもと、俺は草原を歩いていた。
 儀式の地にはった、同盟軍のテントの群れから少し離れた静かな場所だ。地図によると、この先に小さな森があるらしい。
 俺は、自分の感覚を頼りにその森へと向かった。
 人じゃなくなったということを、俺は、俺自身が思うよりすんなりと受け入れていた。
 体に起こった変化が、たいしたことじゃなかったからかもしれない。
 日光より月光を好む。
 まあ、そういう奴はよくいる。人の趣味の範囲内だ。
 夜目がきくようになったり、身軽になったりしたらしいが……それはもともとだからなあ……。
 昼間見舞いにきたクリスの首筋を見て『うまそう』とも思ったが、まあこれくらいは若いおねーちゃんの首を見て、スケベ心を感じるオヤジのよこしまな気分と大差ない。
「俺に問題だとか、不満は正直、ないんだよなあ……」
 俺はぼやきながら歩をすすめる。
 紋章の力だろうか?
 なんとなくあいつの居場所が感じられる。
 これはこれで、便利だ。
「周りの連中も……うん、笑い飛ばすな、絶対」
 傭兵仲間はもともと人外みたいなのばっかだ。家族はというと、多分レナは笑うだろうし、波乱の人生を生きてきた妹は、今更兄貴が人間やめたところで「ああそう」で片付けるだろう。
 それより。
「問題はシエラだよなあ」
 あの女は俺を助けておきながら、側にはいてくれなかった。今も、森のなかでずっと一人、俺に会いに来ようとはしていない。
(ってことは、後悔……してるんだろうな)
 そもそも、俺の側にいると誓ったあの言葉も、「俺が天寿を全うするまで側にいる」という意味だ。
 眷属にすることは、考えたことはあっても本気で実行する気はなかったと思う。
 それは、十五年前告白を鼻で笑われた俺が一番よく知っている。
 けれど、俺が瓦礫に埋もれて死にかけて、死が確実になって。
 どうしても俺を失うことができなくて、仲間にした。
 そんなシエラのつらい気持ちが推測できるだけに、俺は心苦しかった。
 だからと言って、シエラに会わないわけにはいかない。
 だってそうだろ?
 そんなつらい思いをしたのなら、尚更これから一緒に幸せにならなきゃ。
 森に入ってしばらくいくと、木の切り株に座り込むシエラの後姿が見えた。
「シエラ」
 声をかけると、シエラははじかれたように立ち上がる。そして、全力でそこから駆け出した。
 俺の方へ向かってではない。反対方向に逃げ出したのだ。
「シエラ! おい!!」
 ここまできて往生際悪いぞあんた!
 俺も全力で走り出す。
「おい待てよ! 待てこらぁっ!!」
 だから天速星の足の速さをなめるなって言ってんだろうが!!
 木々の枝葉を器用によけて、俺はシエラにとびついた。そのまま二人でもつれあって倒れこむ。
「いったあ……」
「逃げたりするからだろうが!」
「うるさい、離すのじゃ!」
「離すか! こっち向けよ! ……って」
 俺は言葉を失った
 暴れるシエラをむりやりむけさせたシエラの顔はすごいことになっていたから。
 泣き続けていたのだろう、目は腫れるだけ腫れてぱんぱんになっているし、ぬぐいすぎた頬は真っ赤になってざらざらだ。しかも鼻の下は鼻のかみすぎでがびがびになっている。
「ぶっ」
 思わず笑い出した俺の胸を、シエラがぽかりと叩いた。
「傷心の乙女を笑うとは、何を考えておる!」
「だ、だって……」
「ナッシュ!! いいかげんにせよ! ったく、だから見られたくなかったのじゃ!」
 怒鳴るシエラを俺は抱きしめた。
 ああもう。
「やっぱかわいーわ、あんた」




長文題名最終話。
話自体も長くなってしまいました
こうしてナッシュは人外になってしまいましたとさ
ナッシュを眷属にするか、人間にしておくか
いろいろ見解はあると思いますが、
実は私、ナッシュ人外推奨派です。
叔父の葬式見て思ったのですが、
やっぱ伴侶を置いて死んじゃいけませんよ
形はどうあれ



>帰ります