愛はかく語りき

「はい、頼まれた調査について、報告書持って来ましたよ」
「ん」
 ナッシュに声をかけられて、ササライは顔をあげた。
 処理中だった書類から、金髪の三十男に視線を移す。
「結構早かったね」
「まあ、どっかの軍事機密を調べてこいっていうのよりは全然楽な仕事ですから」
 渡された紙片を手に持ちながら、ササライは椅子にもたれかかった。ビュッデヒュッケ城の備品である古めかしい椅子はぎい、と音を立てる。円の宮殿で使っていた高級な椅子では絶対に鳴らない、そんな不安そうな音を、なぜかササライは気に入っている。
「ええと……なになに、リリィ・ペンドラゴン嬢の身上調査書。出身、ティント。ティント大統領、グスタフ・ペンドラゴンの一人娘、年齢二十二歳……って、あの子供探偵の調査と大して変わらないじゃないか!」
「身上調査なんてそんなもんです! っていうか、スパイをこんなくだらないことに使わないでくださいよ!」
 二人は、怒鳴りあった。
 ふう、とナッシュはため息をつく。
 この上司に呼び出され、『リリィ嬢のことを、調べてほしいんだけど』と持ちかけられたのがつい昨日。ティントに対し、新手のいやがらせでも思いついたのかとも思ったが、そうではないらしい。リリィのことが知りたいというのは、作戦でもなんでもなく、ごくごく個人的な興味。純粋に、女性として興味があるようだ。
 こんな性格の破綻した男に、恋愛をするだけの神経がよく残っていたものだとは思ったが、そこはそれ。一応命の大恩人でもあるし、付き合いの長い相手だ。協力するのにやぶさかではない。だから、理不尽だとは思いつつも調査にあったったのだが。
 ナッシュは髪をかきあげた。
「確かに、本気をだせばスリーサイズから今日の下着の色まで調べられなくはないですが」
 ぴく、とササライが反応する。
 見た目はどうあれ、こういうところが三十おやじなのだ、この男は。
「ですが、それやったらストーカーでしょうが」
「……もっともな意見だね」
「むしろ、これ以上の情報は、ササライ様が自分で調べてください。リリィ嬢から直接聞き出して、ね」
 にこりと笑いかけると、ナッシュの予想通り、ササライの顔がやや曇った。
「言うね、君も」
「っていうか、それこそがレンアイの楽しみってもんじゃないですか」
 スリーサイズが知りたければ、触れればいいし、下着の色が知りたければ見ればいいのだ。もちろん、本人の了承を得るためには、努力が相当必要だが。
「俺に言わせてもらえば、こんなところでプロフィール調べてるより、やることがあるんじゃないかってかんじですけどね」
「いつになく強気だね。普段指令を受けてるときはびくびくしてるのに」
「まあ、こういうことに関しては、私の方が経験値は上ですから」
 それに、歳だって一応五歳は上なのだ。
 ササライの指令が毎回ろくでもない上に過酷なものだということも原因だったりするのだが、それは言わないでおいた。次にどんな指令がくるか、知れたものではない。
「君の場合、ふられた回数が多いからじゃないの?」
「それだけの話じゃないです。れっきとした妻帯者に対して、それ、ひどくありませんか?」
 長年追いかけ続けてきた女を、最近やっと捕まえた男は言う。
「……強引に指輪を押し付けただけのくせに……」
「突っ返されたりはしてません」
 むっとして、ナッシュはササライを睨んだ。ササライは動じない。
「あの方も、よくこんな甲斐性なしにつきあう気になったものだねえ」
「甲斐性なしって思うんなら給料あげてください」
「不可能だね。君、自分の給料の大元がなにか知ってる? 血税だよ? 国民の血肉を、そう簡単に振る舞ったりはできないんだから」
「俺の血肉はどーでもいいんですかい」
「最低限は確保してるでしょ」
「……もう協力しませんよ」
「……めこぼししないよ」
「……」
「……」
 ふう、と二人はどちらともなく視線をそらした。
「まあ、冗談言ってても始まらないか」
「冗談って……」
 にしては、かなりたちの悪い内容のような気がするが。
 ササライは、椅子から立ち上がった。
「そろそろお茶の時間だから、レストランにでも行くことにするよ。ナッシュ、彼女が紅茶党かコーヒー党かくらいは知らないかい?」
 ナッシュは器用に片眉を上げる。
「紅茶党ですよ。それも、アップルとかアプリコットなんかの甘いフレーバーティがお好みです」
「ありがと。……あ、そうだ」
「何ですか?」
 ドアノブに手をかけようとして、ササライは振り返った。
「君が奥方をつかまえた秘訣はなんだったのさ」
「はい?」
「彼女と君の奥さんって、ちょっと系統が似てるじゃないか。強気なとことか。だから、参考までに」
「……はあ」
 ナッシュはぽり、と頬をかく。
 確かに、女王様気質が似ていないこともない。
「んー……、そうですねえ……、あ、いや、特にないです。無我夢中で口説き倒しましたんで」
「頼りにならないな。ま、期待はしてなかったけどさ。じゃ」
 言いたい放題言って、ササライは部屋を出て行った。残されたナッシュは、今言いかけて飲み込んだ言葉を反芻した。
『少々のことで怒るな』
 わがまま放題の女王様に、いちいち本気で怒っていたら、神経がいくつあっても足りない。
 けれど、言わないでおいたのは、ササライがそうあろうとして努力をするのでは無駄だと思ったから。
 彼女たちのわがままに怒るのではなく、むしろ少々のことくらいなら『かわいい』と本気で思うくらいでなければ、恋してなんかいられない。
 その考えが、ほぼのろけであることに気がついて、ナッシュは笑った。
「さて、カミさんのかわいい我侭でもききにいきますか」
 そのうち、ササライがまたリリィのことでなにか言ってきそうな気がしたが、ナッシュはとりあえず考えないことにした。


ササリリのはずが、なぜか最終的にナッシュののろけ話に。
ご令嬢さっぱり出てこないし、
ササライの腹もやや白い……白い、よなあ?
(どういうコメントだ)

>戻ります〜〜