愛しているから一番大事

 酒場に一歩足を踏み入れた瞬間、フッチは自分が罠にかかってしまったことを知った。
「あら、フッチくんいいところに来たわね」
「こっちいらっしゃいな」
 いつも客でにぎわうビュッデヒュッケ城の酒場。
 その奥で、猫なで声で手招きをしている一団がある。カウンター席に陣取っている彼女たちのメンツは、酒場の主人アンヌにカラヤの女族長ルシア、嘘つき魔法使いエステラ、傭兵隊の紅一点クィーン。
 なにかある。
 そう心の中で絶叫するのは男の勘。
 だが、その足は床に張り付いたのかごとく、ぴくりとも動かすことができなかった。
 歴戦の勇者として名を馳せ、地震雷閉所暗所高所お化けなんでもこいのフッチにとって唯一苦手なものがある。
 それが女だ。
 別に、女性全般が苦手なわけではない。
 そのなかでもとりわけ美人で強くて気っぷのいい……いわゆる女傑と言われる人種が苦手なのだ。
 彼女たちは強い。
 特に戦時に生き残る才能に関しては、男では絶対に勝つことはできないだろう。
 強くしなやかな彼女たちが、立ちはだかるものをなぎ倒す姿を(彼女たちは味方だってお構いなしだ)デュナンやトランで三十年近く間近で見てきたせいか、美しいと思う前に苦手意識が先に立つ。
 ちら、と酒場の隅で水割りを飲む最近の飲み仲間フランツに目をやってみたが、青ざめた顔で軽く拝まれた。
 助け船は期待できそうにない。
「フッチ、私の杯が受けられないのかい?」
「いえ、そんなことはありません……」
 ルシアに貫禄たっぷりの流し目を送られ、フッチは観念してカウンターに向かった。女性客に囲まれるようにして席にすわると、カウンター越しにアンヌがにこにこと注文をとりにきた。
「フッチくん、お酒は何がいいかしら?」
「……ウィスキー……ロックで」
「結構ふつうのチョイスねー。ショットガンとか、カミカゼとかいってみない?」
「いえ、部屋に帰れなくなりますからそれは……」
 こんな状況でテキーラのライム割り(割るというよりは香り付けのようなブレンドだが)やらウォッカのライム割りやらを飲むわけにはいかない。
「あら、帰らないという手もあるわよ?」
 くすり、とエステラがマスカラたっぷりの瞳でもって笑った。毒々しい艶たっぷりのその笑みに、フッチは顔をひきつらせる。
「……その、僕、恋人いますので、そーゆーことは……」
「あら、竜洞騎士団に残してきた人でもいるの? いいじゃない、ばれないわよ」
 フッチの言葉にもエステラはめげない。もっとも、本気ではないから食い下がることができるのだろうが。
「竜洞に残してきたわけでもないので、ばれますよ。それにばれるばれないの問題ではないでしょう?」
「あら、そんな子いたっけ? ここに参加したころにはそんな話なかったじゃないかい」
 クィーンが不思議そうな顔でフッチをみる。
「最近恋人になったので。僕と一緒に参加してきたシャロンという子がいたでしょう? 彼女ですよ」
 知ってて訊ねてませんか?
 ウィスキーをあおりながら軽くにらまれて、ルシアが笑った。
「すまないね。実は知っててあんたにそう言ってほしかったんだ」
「……なぜそんなことを訊くんです?」
 フッチが訊ねると、エステラが人の悪い笑みになる。
「いやねえ、16歳の女の子の恋人と同室で、羨ましい生活してるわねって、そんな話になったものだから」
 ぶぅ。
 フッチはウィスキーを吹き出しかけ、寸前でなんとか踏みとどまった。
「エステラさんっ。そういう生々しい想像はしないでくださいっ」
「あら、でも間違ってはいないでしょ?」
「間違ってます。だいたい僕とシャロンはそんな深い関係じゃないですから」
「え? 嘘、全然手を出してないわけ?」
 クィーンが驚いて口を開ける。
「当たり前でしょう。まだ16歳のシャロンをどうこうする気はありません」
「え? でも恋人って」
 アンヌも目を丸くしている。
「恋人は恋人ですし、そういう気持ちに嘘はありませんが、彼女の体が育ちきってないのも事実でしょう。僕は彼女の体を傷つけるようなことはしたくないんです」
 フッチの断言に、ルシアがくつくつと笑った。
「アンタ……本当にまじめだねえ。しかし、29歳の男としては、それは結構つらくなかったりしないかい?」
 正常なオトコなんだろう? そう言われてフッチは息を吐く。
「まあそれは否定しませんが……それ以上に僕は楽しいからいいんですよ」
「楽しい、かい?」
 クィーンが首をかしげる。
「ええ。シャロンは……男とつきあうのは初めてですからね。だから反応がいちいち初々しいんですよ。それが楽しくて」
 フッチは苦笑した。
「手をつないだり肩を抱いたり、それでどきどきしてるなんて、正直十代の子供みたいなかわいい恋愛ですけど、そんな気持ちってつきあいはじめのころにしか味わえないでしょう? だから、このままでいいんです」
 体の関係を持つことは簡単。だが、簡単なのならば、その前に好きなだけ初々しいどきどきを楽しんだほうが得だ。
 迷いなく言い切ったフッチを見て、女傑四人は顔を赤らめた。
「……なんだか、すごい惚気を聞いちゃった気がするねえ」
「ルシア、あんたもかい? あたしもだよ」
 クィーンも、顔に手をやる。
「僕はそろそろ部屋に戻りますよ」
 空のグラスをたん、とカウンターに置いてフッチが立ち上がった。逃げるなら、彼女たちがあっけにとられている今だ。
「今日の酒は私がおごるよ」
 フッチへの興味はなくなったらしい。上機嫌のルシアの言葉に感謝しながら、フッチは席をたち、酒場を出た。
 残された女傑四人は顔を見合わせて笑いあう。
「久しぶりにすごい台詞きいちゃったわねえ」
「単なるそつのない男かと思ったら、なんだ、案外いい男じゃないか」
「そうねえ……こんないい男に愛されてるんだから、幸せに思わなくっちゃ、ねえシャロン?」
 アンヌは、そう言いながらカウンターの下をのぞき込んだ。そこには、シャロンが顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでいる。
「……フッチって〜〜……」
「いい男じゃない」
 カウンターの中をのぞき込みながら、エステラが笑う。
「せっかく相手が大事にしたいって言ってるんだから、好きなだけ大事にされときなさいな」
「……はぁい」
 今をさかのぼること一刻前。
 ルシア達女傑が話しているところにシャロンが「大人の女のつきあいかたってどうなの?」と駆け込んできたのがことの発端だった。
 聞くと、つきあい始めたはいいが、29歳であるにもかかわらず、フッチはあまり手をだしてこないのだという。つきあい方は人それぞれだろう、とは思うが、恋人のシャロンがそう不安定になっているのは問題……ということで、ルシア達で本心を聞き出そうとしたのだが。
 もそもそと、カウンター下から酒場を出て行くシャロンを見送りながら、強くたくましい女性達はため息をつきあった。
「なんだか恋人がほしくなっちゃったわねえ……」
 その中にクィーンが混ざっていたのはどうしたことだ。

女傑にからまれて、惚気話をするフッチくんです。
PCの初期化のせいで、書き出しの部分がふっとんでしまい、公開が遅れました。
結構いい文章にできあがっていたはずなのに、
消えてしまったうえに思い出せなくて残念。

うちのフッチくんはまじめなので、これくらいは素で言います。
大まじめです。
女性陣も大人な話ばっかり書いているので珍しいですが
まじめにプラトニックだっていいと思うのです。

しかし、女傑が苦手でかわいい系の女の子が好きって……
フッチ、ロリコン確定?



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