君を誘うフェロモン

「たっだいまー!」
 ばあん、とノックもせずにドアを開け、シャロンは自室のドアを開けた。人のいないがらんとした部屋が、無言でシャロンを迎える。
「なあんだ……フッチはまだ帰ってないんだ」
 もう先に帰ってきてると思ったのに。
 ぷう、と口をふくらませながら部屋に入ると、手に持っていた槍を壁にたてかける。ブーツを蹴るようにして脱ぎ捨てると、部屋にある二つのベッドのうち、大きいほうのベッドに座るとそのままあぐらをかいた。
「つまーんなーい」
 フッチとシャロンが炎の運び手の一員となり、ビュッデヒュッケ城にやってきてから一週間が経っていた。
 のほほんとした城の雰囲気とは裏腹に、参加してしまった戦争は結構なピンチで、竜騎士見習いのシャロンもそれなりに忙しく、竜騎士の代表として、外交官と調査員と戦闘員の仕事を兼任しているフッチはもっと忙しい。
 当初、寝起きする部屋がフッチと共用、ということで(全員に個室を与えるだけの余裕はさすがにない)うれしさ半分、困惑半分だったシャロンだが、そのフッチがほとんど帰ってこないせいで随分退屈な気分を味わっていた。
 お城の仕事は楽しい。
 竜洞にはない景色、竜洞にはないもの、竜洞にはない人たちとの訓練、目新しいものばかりの外の世界はとても楽しいのだけど。
 そこにフッチがいなくちゃつまらない。
 どんなに楽しく遊んでも、どんなに楽しいものを見ても、帰ってきて、その日にフッチに会えないと、そんな気持ちもどこかにいってしまう。
「……ちぇ」
 フッチが忙しいのはわかってる。そして、自分がずっと一緒に手伝ってあげることなんかできないことも。
 でも。
 でもでも。
 構ってもらえないのはつまらないし、顔も見ないのはもっとつまらない。
 ぼす、と布団に寝転がって、シャロンはむくれた。
 竜洞を出た当初は楽しかった。
 初めての旅だったし、何より旅の間中フッチとずっと一緒だったから。
 ブライトを連れているせいで野宿も多かったけれど、それも今考えると楽しい夜だった。
「フッチのばかー」
「誰が馬鹿だって?」
 文句を言うと、低い声が降ってきた。
「フッチ?」
 がば、と起きあがると今帰ってきたらしいフッチがシャロンを見下ろしていた。
「全く……声までかけたっていうのに気がつかないって、少しは君も警戒心をもちなさい」
「いーじゃん、この部屋に入ってくるのはフッチぐらいなんだからさ」
 おかえりなさい、と言おうと思っていた口は、勝手に口答えをしていた。会いたかったって、ずっと思ってたくせに。
 フッチは何か言おうとして、結局やめると額飾りと鎧を外しはじめる。
「今日は早かったね、フッチ」
 体を起こして座り直して聞く。アンダーシャツとズボンだけになったフッチはぐしゃぐしゃと自分の頭をかき回した。ついでに長い髪を縛っていた紐も外す。
「あー……会議が早めに終わったからな」
「次はハルモニアと戦うの?」
「それはまだ秘密。……シャロン、どいて」
 フッチはとん、とシャロンの肩を叩いた。ベッドに座りたいらしい。
「いいじゃん隣に座れば。こっちにまだスペースあるし」
「その前に、なんで君は僕のベッドに座りたがるかなあ」
「だってこっちのほうが落ち着くんだもん!」
 シャロンの主張に、フッチはため息をついた。これは、かなり困っているときの仕草。
 シャロンは構わずにベッドのへりで足をぶらぶらさせる。フッチは心配そうな顔になりながら、シャロンの隣に座った。
「落ち着くって、そっちのベッド、寝心地が悪かったりするのかい?」
「んー、ベッドとしては悪くないよ。ふかふかだし、布団気持ちいいし。……でも、なんでかなあ……こっちのほうが落ち着くんだよね。うーん」
 腕組みをして、シャロンは考え込む。
 ベッドとしての中身は大して変わらない、フッチのベッド。だけど確かにこっちに座ってるほうが落ち着くのだ。
「なんでかなあ……」
 首を傾げるシャロンの顔をフッチが見る。その顔を見返して……シャロンは気づいた。
「あ、そっか、匂いだ」
「匂い?」
「うん、こっちのベッド、フッチの匂いがするもん」
「……竜臭い、か?」
 フッチの顔が曇る。それを見て、シャロンは笑い出した。
「竜ってそんな変な臭いしないじゃん! それにね、ちょっと違うんだ」
 シャロンは、フッチの胸元を嗅ぐ。
「竜の匂いと……髪のにおいと、いろいろ合わせたフッチの匂い。うん、フッチの匂いがするからだ」
「僕の匂いで落ち着くなんて言うのは、君くらいだよ」
「そうかな? あ! もしかして前付き合ってた彼女に竜臭いって言われてふられた?」
「そんなの君に関係ないだろう。それよりシャロン」
「ん?」
「こういう言動は、他のところではやらないように」
「へ」
 不機嫌な声に顔をあげると、至近距離にフッチの顔があった。
 冷静に自分の姿を見下ろしてみると、匂いを嗅ぐのに夢中になっていたシャロンは、いつの間にかフッチに馬乗りになり、半ば以上抱きつく格好になっていた。
「わ、わわわわわわっ、フッチのエッチー!」
「やったのは君だろう」
 はじかれるようにしてフッチから離れ、自分のベッドに潜り込んだシャロンにそう指摘するとフッチはタオルを手に取って立ち上がる。
「フッチ?」
「風呂。先に寝てなさい。エミリー達と明日訓練するんだろう?」
「……はーい」
「僕のベッドで寝てないでね」
「しないよ!」
 ぼす、と思い切り枕を投げつけられながらフッチが部屋を出て行く。シャロンはむくれて自分のベッドに横になった。





 私室から出て廊下に出たところで、人気のないことを確認してからフッチは大仰にため息をついてしゃがみ込んだ。
「あの馬鹿……」
 手で覆った自分の顔が熱い。多分、耳まで赤くなっていることだろう。
 部屋を出るまで、なんとか顔を作ることができたのは奇跡に近い。
 誘うことを通り越して求められたその仕草と熱。
 立ち上る、シャロンの甘やかな女の匂い。
 相手の匂いが解るほど近いということは、相手もその匂いがわかるということなど気づきもせずに。
 これで、全て無意識なのだからたちが悪い。
「匂いの意味……なんてわかってないんだろうな、アイツは」
 ふう、ともう一度ため息をついてからフッチは風呂に向かった。熱い湯で体を流せば、少しは煩悩も落ちるだろう。
 しかし。
 シャロンの香りのついてしまったあのベッドで、ちゃんと寝られるのかどうか。
 確実に壊れてきている自分を自覚し、フッチは頭をかかえた。  

無意識に「貴方のフェロモンにめろめろです」と
言われて困惑するフッチ君です。

フッチだからよかったものの、
うちで取り扱っている他のキャラなら確実にそのままおいしく頂かれ……げふげふ
野生の勘で恋をするシャロンと理性のカタマリフッチ君。
今のところ野生の勘のほうが有利のようです


個人的勝手設定その2:
うちの29歳フッチ君は、
それなりに2、3人の女性とつきあった経験があります。
(ただしふられて現在フリー)
まあそのころまだシャロンは「幼児」だし。
29で女性経験一切なしっていうのもなあ……

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