お題「手紙」
友からの手紙

「ナッシュさん」
 廊下で名を呼ばれて、俺は立ち止まった。振り向くと、メガネをかけた青年が、にこやかに笑いながら立っている。
「マイク……あんたか」
 ビュッデヒュッケ城の窓の外から見える、小春日和の天気と同じくらい上機嫌だった俺の心は、どんよりとした曇り空へと変わった。
 はっきりいってうれしくない相手だったからだ。
 そんな俺の雰囲気を知ってか知らずか、(こいつの場合、知っていてそうしているのだろうが)青年はにこにこと笑う。
「探していたんですよ」
「あんたが俺を? 珍しいこともあるもんだ」
「まあ、たまにはこんなこともありますよ」
 にこにこ、にこにこ。
 マイクは笑う。
 勘弁してくれ。こんな風に得体の知れない笑い方をするのは、十五年前に死んだあいつだけで十分だ。
「あのですね」
「どういう用だかは知らないが、それは忘れてくれないか? 正直あんたとあんたの”後ろ”には係わり合いになりたくないんだ」
「後ろ? 私の後ろには誰もいませんが……」
 わざとらしく、マイクは後ろを振り向いた。
「お前さんからわずかににおう、火薬のにおいに俺が気づかないとでも思ってるのかよ。頼むから勘弁してくれ。俺は組合の連中とは係わり合いにらないって、十五年前に誓ったんだ」
 しかし、マイクは俺の台詞の後半部をきれいさっぱり無視しやがった。
「わかっているのなら話は早いです。すみませんが、お手紙を受け取ってくださいませんか」
「かかわりたくないって言ってるだろうが」
 ふふ、とマイクは笑った。
「そう警戒なさらずとも、もう組合は貴方に興味をもっていませんよ。ハルモニアでの権力にもね」
「へえー?」
 俺のあからさまな疑問の声に、マイクはまた笑う。
「ここだけの話、つい最近、ギルドマスターが代替わりしましてね。それで大々的な方向転換が行われたのですよ。貴方に用というのも、それがらみで」
「ギルドマスターが? ……確かにそろそろ代がかわるとおもっていたが……本当か?」
「この程度のレベルで嘘をついても始まりませんよ。お願いします、受け取ってくださいよ。私も、ここにきているのは別の任務なのに、使い走りのようなことをさせられてうんざりしているんです」
 最後の一言は、本音らしい。メガネの奥から、わずかに不満の色がのぞいた。
「……手紙? だったっけ?」
「ええそうです。貴方あてと、それからササライ様あてで、計二通」
「ササライあてって……まさか中に毒をしこんであるとかじゃないだろうなあ?」
「そんなことしませんって、だいたい、毒を盛るのなら、こんなあからさまな渡し方しませんよ。うちのやりかたは、貴方が一番よくしってらっしゃるのでは?」
「……まあ、そうだが」
 組合の連中が、どれだけ陰険で、狡猾で、しかも用心深いか知っている俺はうなずいた。
「ね、お願いしますよ」
 マイクは軽く頭を下げると懐から封筒を二枚、取り出した。そして俺の手に押し付ける。
「こっちの緑の印がつけてあるほうがナッシュさんの分です。確かに渡しましたからね」
「あ、おい」
 返そうとすると、マイクは体を寄せてきた。そして、間近でささやく。
「たかが手紙一通でも、任務失敗の罰は死なんです。いいかげん受け取ってくださらないと、……消しますよ?」
 ……。
 たかが従者級ガンナーでも、死にものぐるいになった奴は手に負えない。
 そのことを十五年前しっかりと認識させられた俺は、沈黙した。
「わかった」
「そうですか、よかったあ」
 俺が手紙を受け取ると、マイクはにっこりと笑った。まったく、組合の連中っていうのはどいつもこいつも心臓に悪い性格をしてやがる。
「では私はこれで」
 ぺこりと頭をさげると、マイクはその場から立ち去った。俺は一つ息をつくと、手の中の封筒を見やる。
 それは、茶色のクラフト用紙でできた、なんということはない普通の封筒だった。
 緑色の蝋で封がしてある。刻印はC。
 新しいギルドマスターねえ……。
 そんな奴が、ササライはともかく、俺に手紙というのが、どうにもわからない。
 昔は利用価値があっただろうが、今はとにかく、ただの落ちぶれたスパイなのだ。同業者として対立することくらいしか、接点がありそうにない。
 まあいいか、とにかく、あけてみればわかることだ。
 俺は、注意深く封を切ると、中身を取り出した。

「拝啓
 貴殿ますますご清栄のことお喜び申しあげます。平素は格別なるご高配を賜わり、厚くお礼申しあげます。
 さて、このたび当組合では、下記のとおり人事異動を実施し、私、クライブがギルドマスターに就任いたしましたので、ご通知申しあげます。ビュッデヒュッケ城担当は引き続き従者級ガンナーマイクですので、今後とも一層のご支援をお願いします。

 敬具


 総ギルドマスター       クライブ 」

 ………………は?
 しばらく、俺の頭は真っ白になっていた。
 一応、暗号が隠されてないかどうか、読み返してみる。だが、それらしい記述も細工もなかった。
「……挨拶状……か?」
 封筒を振ってみると、中からぺらいメモ書きが一枚。
「たまには顔をだせ   クライブ」
 …………まじでこの手紙は挨拶かい。
 ………………前から、無口で読めない奴だとは思っていたが。
 俺はササライに渡す手紙をにぎりしめる。これにも、今俺が読んでいる手紙と同じような内容が書かれているのだろう。
 ………………。
 どこの世界に!
 就任挨拶をする暗殺ギルドのマスターがいるんだ!
「あいつは何を考えてるんだ……」
 俺には旧知の友が、わからなくなった。

あほ話です。
ナッシュの話のつもりが、書いてみたらむしろクライブ話。
お祭り初日だっていうのに、ぜんぜんナッシュが幸せじゃありません……
だめじゃん




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