「シュウさん、いる?」
自室のドアを乱暴に開けられ、シュウは顔をあげた。今夜決行される作戦のため、会議室に向かおうと書類をまとめていた手を止める。
見ると、リーダーであるが息を切らせながら立っていた。
「殿、何用ですかな?」
いつもの、余裕たっぷりのほほえみではなく、けげんそうな表情で、シュウはそう訊ねた。今夜は、同盟軍にとって重要な夜だった。ハイランドの狂皇子ル=カブライト、彼との再決戦が行われるのだ。レオンの密告により、ルカは少数の部下のみを率いて夜襲をかけてくることが分かっている。これを同盟軍が全力で潰せばきっと彼を討ち取ることができるだろう。とはいえ、あの化け物皇子のことだ。どう転がるかは予測がつかない。失敗しないよう、万全の体制を整えるため、シュウ以下、準備におおわらわだった。それはも同様で、今ごろは会議室かどこかで自分の率いる部隊のメンバーと打ち合わせのはずだった。
何か問題でも起こったのだろうか?
シュウのの顔に一瞬よぎった疑問を見て、は困った顔になった。
「殿?」
「うん。……用は、ないんだけど」
「はあ」
まぬけな返答を返すシュウを見て、はますます困った顔になる。
「えっと……最終部隊の人たちとの打ち合わせが終わったから、一休みしておこうかと思ったんだ。けど、その前に、シュウさんに声をかけようと思って……。そしたら、シュウさんが見当たらなくって」
「それで、探していたんですか?」
「あの、ほら、ちょっと人が見当たらないと気になったりしない?」
「……なりますね」
くす、と笑うと、シュウは書類から手を放し、にイスを勧めた。そうしながら、の真意を心の中で測る。
多分、この子供は緊張しているのだ。
無理もないことだとシュウは思う。昼間、見せつけられたルカのあの化け物じみた力。部隊のほぼ全てで包囲したというのに、彼は人間離れした闘争心と武力でもってそこを無理やり突破した。あんなものをみせつけられては怖じ気づきたくもなるだろう。かく言うシュウ自身も、策が力技で突破されたあの時は一瞬思考が停止した。
がシュウを探していたのは、その緊張をほぐして欲しかったからだろう。
シュウは、この同盟軍の中で、唯一に安心と自信を与えられる存在だ。似たような意味ではナナミもそうだが、彼女はにとって守るべき存在だ。与えられるものが微妙に違う。
同盟軍の他のメンバーでもだめだろう。彼らはの元へ集った者たち。やはり、立場が少し違う。この役目は、を選んだ、自分のものだ。
「どうぞ」
紅茶をいれて渡してやると、の顔が少しほころんだ。いつもの顔で笑い返してやる。ここでと悠長に話していると会議遅れてしまうが、この際仕方がないだろう。リーダーの情緒不安定の方がよっぽど問題だ。
(甘いな、俺も)
くす、と笑うとシュウはに近づいた。の柔らかな黒髪を優しくなでる。
「くすぐったいよ」
そう言いながらも、気持ちがいいのか、はされるがままで紅茶を飲む。シュウはにささやいた。
「殿、大丈夫ですよ」
不安そうな瞳がシュウを見上げる。シュウはことさら傲然と笑った。
「あなたの率いる戦士達。彼らはいずれも強者です。策も万端、整いました。彼らを信じ、そして勝利を信じれば、あなたは勝利を手にすることができます」
「シュウ」
シュウはすこしかがんで、と目線を合わせた。
「私が、信じられませんか?」
にこりと優しく微笑みかける。はそれをじいっと見つめた後、晴れやかな笑顔で笑った。
「ううん、ぼくはシュウさんを信じる」
「なら、大丈夫ですね」
「うん」
部屋に入ったときより、随分すっきりした表情で、うなずくと、は立ち上がった。
「これから一休みですか?」
「うん。戦いの前に、力を蓄えておかないとね」
言いながら、出ていこうとするに、シュウはなんとなくまだ堅さが残っているように感じた。
(ふむ……)
「殿」
書類を再び手にしながら、シュウはを呼び止める。
「何? シュウさん」
「緊張しない、いい方法を教えて差し上げましょう」
「いい方法?」
は体を反転させて、部屋の中へと戻ってくる。にこにこと笑ったまま、シュウはを招き寄せた。
「耳を貸して下さい」
「こう?」
は、素直に顔を寄せる。次の瞬間、に信じられないことが起こった。
がぷ。
「!!!!」
シュウに、耳たぶに食いつかれるというとんでもないことをされ、は思いっきり退いた。戸口まで下がって壁にしがみつく。大きな黒い瞳をさらに見開いて、シュウをにらみつけた。
シュウは体をくの字に曲げて、くっくっく、と笑っている。
「シュウさん!」
涙目になって抗議をするが、シュウは尚も笑い続けたままだ。
「緊張は、解けたでしょう?」
「解けたけど今度は情緒不安定だよ!」
そう叫ぶと、は乱暴に戸を閉めて出ていった。部屋の中で、シュウはまだ笑っている。
その後の会議で、シュウの表情が心なしか緩んでいたとかいなかったとか。
大昔サルベージSS
シュウ×主人公ですよ……
なんか結構むちゃくちゃです。
でも、このねた結構好きだったり。
シュウ大好きー!
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