○○魔

 いっつも取り澄ました顔の奴がいたら、一度それをひっぺがしてやりたいって思うのは人情ってやつだろう?

 戦争中だというのに、今日も平和なビュッデヒュッケ城。一階の酒場では、今まさに酒盛りが行われていた。
 面子は、ゼクセン六騎士団と、十二小隊+α。珍しい面子だが、なんのことはない、騎士団が飲んでいるところにエースとジョーカーが乱入し、いさめにはいったはずのゲドとクィーンが何故かそのまま酒の席にひっぱりこまれただけのことだ。
「楽しんでる? クリス」
 いつのまにやら仲間に加わっていたナッシュが、クリスに向かって杯をあげた。
「まあ、それなりにな」
 クリスも杯をあげて返事をかえす。その表情が、苦笑とはいえあまり迷惑そうなものではないのは、十二小隊の面々の破天荒(ついでに少々下品)だがアットホームな雰囲気のおかげだろう。
「クリスちゃん、カワイー」  クィーンに頭をなでなでされてみたり。
 リリィでもやらないような、親しげな行為にくすぐったい気持ちで、クリスは笑う。そして、ふと一人様子がおかしい人物がいることに気が付いた。
 どういう運命のいたずらか、ナッシュの隣に座っているパーシヴァルの顔が、妙に赤かった。
 よく見ると、水割りのグラスを持つその手が少しふらついている。
「おい、ナッシュ」
 抱きついたままのクィーンの腕をまとわりつかせたまま、クリスはナッシュに顔を近づけた。
「何? クリスちゃん」
 見上げた顔は、いつもより、少し人の悪そうな笑い顔。
 クリスはそれで、ぴんときた。
「パーシヴァルが随分酒を過ごしているようだが……お前何かやらなかったか?」
「いきなり俺を疑うのかよ、お姫様、そりゃひどいな」
「やったのか、やらないのか」
 ナッシュの軽口にはとりあわず、クリスはむ、とグリーンアイを睨む。案の定、男はへろりと笑った。
「たいしたことじゃないさ。水割りをこう、渡す前にウイスキーを加えて、ちょっとずつアルコールの濃度をあげていっただけ」
「……そういう小技はよそでやってくれ」
「だってさー、いつもあいつ取り澄ました顔してるからさ。子供探偵の話じゃ、あいつ酒の席でははめを外すんだろ? だったら、ちょっと飲ませてその外したところを拝んでみたいなって思うのは人情だと思わない?」
 ちょっとずつ、しかし確実に上げられたアルコールの量。どうやらそのせいでパーシヴァルは本来自分の理性を保っておける酒の量を見誤ったらしい。
 ナッシュの脳天に拳を振り下ろしつつ、パーシヴァルを見ると、彼の顔はかなり赤くなっていた。それに表情もおかしい。先ほどからロラン達が話し掛けているが、ずっと笑ったままだ。
「まずいな……」
「ん? なあにー、クリスちゃん」
 また頭をなでていたクィーンがクリスを見上げるが、それはとりあえず置いておいて、クリスは手近にいたサロメに耳打ちした。事の次第を察したサロメはロランに、ロランはレオに、そっと耳打ちする。最後にレオが、酔いつぶれたボルスをそっと非難させた。クリスもクィーンをパーシヴァルの傍から非難させる。
 結果、パーシヴァルの周りには、ナッシュと、十二小隊のオヤジどもだけが残った。
「おい、クリス、そんなに慌ててどうしたんだ?」
 パーシヴァルのとなりにそのまま座っていたナッシュは、次の瞬間、そのわけを思い知ることとなった。
 がし。
 一人で笑っているとばかり思っていたパーシヴァルが、ナッシュの肩を掴んだ。
「パーシヴァル?」
「ふふ、ふふふふふふふふふ」
「おい」
 尋常でない力がナッシュの肩に加わった、と思ったとたん、ナッシュはパーシヴァルに引き寄せられた。引っつかまれたというのが正しいかもしれない。そして。
 うっちゅう。
 ……沈黙が酒場を支配した。
 いきなり展開された男同士のキスシーンに、酒場全体が凍りつく。
「ありゃ」
 クイーンが、微妙な笑いを漏らした。
 ナッシュは必死の抵抗でもってなんとかパーシヴァルを引き剥がす。笑い顔のまま、ほうりだれたパーシヴァルのそばから、オヤジどもが一歩下がった。
「な、……な、な、なんなんだ、あいつは!」
「全く、しょうもないいたずら心をだすからだ」
 涙眼になっているナッシュを、クリスはひややかに見下ろした。
「クリス……」
「パーシヴァルは酔っ払うとな、はめをはずすが、そのついでに大抵○○魔になるんだ」
「魔?」
「そう。確か前回は、説教魔だったけ? サロメ」
「ええ。その前は、爆笑魔、その前は喋り魔、その前は……からみ魔でしたっけ」
 サロメが複雑な表情になる。
 普段はその背中を預けられるほど信頼している仲間だが、こういうときは手におえない。
「周りも迷惑だし、本人もそれを恥じているから、最近は飲みすぎないよう、気をつけていたのだがなあ……」
 じろ、と睨まれてナッシュは苦笑する。
「悪かったって」
「どうだか。じゃ、反省したついでに、パーシヴァルを部屋へ運んでくれるか。危険だし」
 言われてナッシュはぶんぶん、と首を振った。
「勘弁してくれ、俺はこう見えても身持ちは堅いんだ! カミさん以外の……まして男に押し倒されてたまるか」
「原因を作ったくせに……」
「クリスぅ……ごめん、本当に反省してるから」
「しょうがない、じゃあ私が連れて行くか。被害にならないのは結局私だけのようだし」
「……クリス様、それ、騎士団の前では言わないでくださいよ、特にボルスの前では」
 後ろでやり取りを見ていたサロメがぼそりと言う。
「わかってる。おい、パーシヴァル、立て!」
 クリスはパーシヴァルの腕をとると、そのまま立たせた。笑いながら、肩に手を回されたので、そのまま、肩を貸すようにして酒場の出口へと向かう。
「クリス様、危険ですよ」
 レオが心配そうな顔で見るのを、クリスは苦笑いで返す。今、ボルスが酔いつぶれているのは不幸中の幸いだろう。起きていたら意地でも阻止するに違いない。
「まあこいつもさすがに騎士団長に手をだすようなことはするまい。私が送っていくから、気にしないでくれ」
「はあ……」
 それ以上止められる前に、クリスは酒場を出た。結局他の連中に渡して被害者を増やすわけにはいかない。彼のためにも、自分のためにも。
 ふらつきながらも、なんとか歩いてくれるパーシヴァルを部屋まで連れて行く。そのころには肩に回された手が、腰にまで降りてきていた。
(まずいかな、これは)
 見上げて、顔色をうかがうと、相変わらず笑い顔のままである。
 じつのところを言うと、彼が一番キスしたがっているのはクリスだろう。クリスも、パーシヴァルには普段からキスされる間柄だから、本人として被害はないのだが……人前は困る。
 それでもなんとかドアを開けさせ、中に入ったところでクリスの腰を抱いていた手は彼女の体を引き寄せた。
「パーシヴァル」
「クリス様ぁ」
 降り注ぐ、キスの雨。
 この酔っ払い、と殴り倒したい反面、いつもなら絶対に見られない甘え全開のパーシヴァルに抵抗すべきかどうか考えてしまう。
「こら、パーシヴァル、ドアが」
 半開きだと指摘すればやめるかと思ったが。
「ん」
 何故か微妙に理性が残っている男はドアを閉めて鍵をかけた。
「これでいい?」
「そうじゃなく……っん」
 否定しようとした唇を、先ほどよりさらに情熱的なキスでふさがれ、いつもより数段荒々しく加えられる愛撫に、クリス抵抗を放棄した。
 理性のとんだパーシヴァルの手は執拗で、逃れる気すらおきはしない。
「とんだ酔っ払いだな、お前は」
「ふふふ」
 苦笑して、クリスは自らも理性をどこかへ追いやった。


 翌日ナッシュが、酒場での一件を全て聞いたパーシヴァルによってそれはそれはもう丁寧な復讐をされたのは言うまでもない。





 うっちゅう。

パーシヴァルは酔うと、はめを外すときき、 こんなねたを考えた私は変でしょうか……

>戻ります〜〜