君の願い。僕の祈り

 とん、とごく小さな音をたてて、は木製の階段を上った。
 窓一つない窮屈な階段室は、木の柔らかさでもってその音を吸収する。は小さくため息をつくと、また一つ段を踏みしめる。
 踊り場をまわると、上方に私室前の廊下が見えた。
 群島諸国の護りの要、号。この巨大な船の四階が自分の部屋である。
 私室に戻るリーダーを咎める者はこの船にはいない。しかし、は階段を上ることをためらった。
 立ち止まり、耳を澄ます。
 いつも騒がしい船だが、決戦前の焦りと恐れを含んだ独特の熱気がざわざわと、より鮮明にの耳を刺激する。
 ……だが。
 上には誰もいないようだ。
 はほっとため息をつくと階段を上った。
 辺りを見回してから、部屋の扉に近付こうと
!」
 サロンの二階に通じるドアが開いたかと思うと、青年が一人やってきた。
 ややくすんだ、淡い銀髪にグレイの瞳。細身な体には、育ちのよさそうな顔立ちには似合わないよれよれのぼろ服。
「スノウ……」
 はぎこちなく笑うと、その場で立ちすくんだ。
「よかった、寝る前に君を見つけられて」
「そう」
 スノウは、軽く背をかがめるとの顔を覗き込んでにっこりと笑った。この戦争が始まる前にいた士官学校でやっていたのと同じように。
「あのさ、明日の決戦の前に、君に言っておきたいことがあったんだ」
 そう言われて、の顔がわずかに引きつる。しかし、スノウは気づかずにに笑いかけている。
「明日の戦い……僕の力を全部君に預ける。僕の力じゃ、あまり役にたたないかもしれないけど、君を護るために力を使いたいんだ」
「……っ」
「それだけ、伝えたかったんだ。それじゃ、おやすみ」
 ぎこちない笑みの奥の、の変化に尚も気づかずに、スノウはくるりと踵を返す。与えられた部屋に戻ろうとしたスノウの手を、はとっさに掴んでいた。
「スノ、ウ……っ!」
「え?」
 追いつめられたようなその声音にスノウが驚く間もなく、はそのまま自室へ進んだ。手を掴まれているスノウも、当然引きずられるようにしての部屋へ連れ込まれる。
? どうしたの?」
 無言のまま、は部屋のドアを閉める。
……っ!」
 ドアが閉まると同時に、その場で抱きしめられてスノウは呆然とを見下ろした。
 息が詰まるほどの抱擁。動揺しされるがままになっていたスノウは、やがて抱きしめるの腕が小刻みに震えていることに気がついた。
「…………?」
 背中に手を回してやると、の背がびくりとはねた。
「どうしたんだい? いつも、勇敢な君が」
 戻ってきたのは、聞いたことがないほど弱々しい震え声だった。
「……勇敢、なんかじゃない」
「嘘だ。僕は君ほど勇敢な人間を見たことはないよ」
「そんなことない! 僕は……僕はずっと必死だっただけだ。ただ誰もなくしたくなくて、ただ……それだけだったのに……」
「その必死にがんばれることを勇敢って言うんだと思うんだけど……どうしたの? 
「僕……は……」
 弱々しい吐息。子供の時以来、久しぶりに抱いたの背は、思ったより小さくて細い。
 だから、吐息と一緒に耳に届いた言葉に、スノウは納得して抱きしめた。
「こわいんだ……スノウ」
「うん」
「明日の戦いの指揮をとるのは僕だ。僕が率いて、僕が戦わせる。みんな……願いや夢を僕に賭けてる。僕は、みんなを護らなくちゃいけないのに……絶対に全部を護ることなんてできないんだ」
 戦争は、殺し合い。
 どんなに圧倒的な勝利を収めたとしても、誰一人欠けずに勝つことなんてできやしない。
 そんなこと、みんな解っている、とスノウは言おうとしてやめた。
 をリーダーに選んだのは軍に参加した全員の自由意志。それで命を落としたとしても、誰も怨む者は実際いないだろう。けれど、彼らの夢や希望を聞いてしまったリーダーは「はいそうですか」と頭を切り換えることはできない。
 スノウに想いを打ち明けることができたのも、彼がただ一人、のためにだけ戦うと言ってくれたから。
 きっと明日になれば、泣き言など言わずに堂々と指揮を執るだろうし、逃げることもしないだろうけど、それでもやはり、怖いことに変わりはない。
 言葉もなく、ただぽんぽんと背中を叩いてやると、は顔をあげた。
「あ……ごめん。ダメだよね。リーダーがこんな気弱じゃ」
 自分の気弱に今更気づいたように、は慌てて体を離そうとする。それを捕まえるとスノウはを抱きしめて、床に座り込んだ。
「スノウ?」
「いいんじゃないかな。……その、たまにはさ」
 言葉を探しながら、スノウは片手での頭を自分の胸に抱き寄せた。
「僕と君は、さ。他の人達と違って……その、今は主君とか、部下とか、そんなことは関係なしに友達としてここにいるわけなんだろ? 部下とかだったらさ、まずいかもしれないけど、友達だったら」
 ダメかな?
 最後の最後で気弱なスノウの言葉に、はぷっと吹き出した。
「そういえば、そうだった」
「僕らは友達だ」
「うん」
 涙に濡れていた、海色の瞳が笑う。
 その美しさに、スノウも笑って抱きしめあい、次の瞬間二人同時に動きを止めた。
「……っ」
「……?」
 どちらともなくした行動に、どっちも理解がついてかない。
 けれど、事実は確実に存在していて。
 今唇に触れた柔らかさは、相手の唇のそれだった。
「……えーと」
「その……」
 お互いの目を見合わせて、また二人同時に、今度は笑い出してしまった。
「……て、僕たち何やってんのー! はははははっ」
「し、知らないよ……っ、はは……だってわからないのにさあ……あ、ははは」
 これは普通男と女が恋愛のためにやる行為。それをなんで男同士の自分たちが。
 しかも違和感なくやってしまったのが余計に理解不能だ。
「あーでもさ」
 は、軽く手をあげるとスノウの顎を捕らえた。まだ抱き合ったまま座り込んでいたから、お互いの顔は近い。
「気持ち、よかったよね、なんか」
「……そう、だね」
 スノウも不思議そうな顔をしつつも同意した。
 それは、とても奇妙な行動。けれど、とても気持ちがよかった。
 気持ちがよかったから。
「ね、もう一回」
 はねだるようにしてスノウに顔を近づけた。スノウの苦笑した顔が一瞬の瞳に大写しになる。そして、二人はまた唇を重ねた。
 最初は、確認をするように。
 そして二回目からは、確かな心地よさを楽しむために。
 重ねるたびに深くなる口づけは、深くなるぶんだけ気持ちよさも増していく。
 頭では、多分いけないことなのだろうということは解ってる。だけど、理性をコントロールするにはあまりにそれは気持ちよくて。
 何度重ねたか、二人とも解らなくなったころ、やっと達は相手の唇を解放した。
「……本当に、何やってるんだろ」
 のつぶやきに、スノウは苦笑した。
「いいんじゃない? 僕も、君も嫌じゃないし。この部屋には僕たちだけで、誰も見てないんだからさ」
「そう……かな?」
「僕たちの、二人だけの秘密、ってことでさ!」
 スノウの提案に、は笑い出した。
「いいね。それ、なんか親友っぽくて!」
「親友? ……ふふ、僕のこと親友って想ってくれるなら嬉しいな」
「僕も嬉しい」
 二人は抱き合ったまま笑う。
「あー……じゃあ友情を確かめるためにもう一回」
 ねだるに、スノウはまた唇を寄せ、二人は気が済むまでお互いの唇を貪り合った。



翌日。

 リーダーを起こしに来たケネスが、抱き合って気持ちよさそうに眠るとスノウを発見し、生ける石像と化したことはまた別のお話。


いやそれ絶対友情なんかじゃありませんから! 残念!!
同性故に、無自覚にいちゃいちゃしている4様×スノウです。
あっはっは。
一回やってみたかったんですよねー。
決戦前イベントもの!
いやだって最後の最後でああやって出てきてそれじゃおやすみってあんたそりゃお持ち帰……ゲフっ、ゲフゲフッ……失礼いたしました。

なんていうか、うちのこいつらは、どっちも天然ボケなので
わけわからない展開が今後も続きそうです
(続くんかい!)


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