「まあ確かにね」
俺は言った。
「ふむ?」
向かいに座ってワインを傾けるシエラが俺を見る。
「無茶だとは思ってるんだ、一応」
「ほお」
シエラが半眼になる。信じてないっていう顔だ。
俺は自分のエール酒をぐびりとあおる。
「あんたのそばに、俺をずっとおいてくれっていうのは、さ」
シエラは無言で俺を見ている
「ま、いわば奇跡ってやつ? それでもおきない限りは、そんなことはありえない」
「わかっておるのではないか」
俺は素直にうなずいた。
「まあ、何年もおっかけて、そのたびとんずらこかれるっていうのを繰り返せばね。今こうやって酒場で酒を酌み交す状況までもってくるのにも、ずいぶん努力したからなあ」
「で? あきらめる気にでもなったかえ?」
シエラが訊く。
俺がシエラをあきらめて、ほかの女に惚れること。それは、今一番シエラが望んでいることだ。……俺の幸せを一応願ってはくれてるらしいが、いつもながら、方向性がどうしても俺には受け入れられない。俺はあんたが好きだってのに。
「あのさ」
俺は一枚だけ残っているツマミのサラミをフォークでつついた。
「この世界の中で、人が誰かと出会う確率ってどれくらいだと思う?」
「ん?」
急な話題の転換に、シエラが顔をあげた。俺はまだサラミをつついている。
「ざっと計算して……五十億分の一だってさ」
「……それで」
「でさ、しかも、千年近く前に生まれたあんたと、普通ならハルモニアから一生出ないはずの貴族出身の俺が出会って、しかも、こんな辺境で何度目かの再会を……ってこれは半分以上俺の努力だけどさ、まあこんな状況になる確率っていうのは、天文学的な数字だと思うんだ」
「何が言いたい?」
シエラはワインを置いた。
「だからさ」
俺はつつきまわしてたサラミをあきらめた。
「こうやって今ここにいること、それがもうすでに奇跡だと思わないか?」
「そうかえ? わらわには大分必然のような気がするが……」
「そうじゃなくて」
「ん?」
俺は頭をがりがりとかく。
「俺が言いたいのは奇跡なんて、結構簡単に転がってるんじゃないかってこと」
ふふ、とシエラが笑った。
「これが、奇跡かえ?」
「ああ、そうさ。俺が引き寄せた奇跡だ」
シエラのルビーアイが俺を見る。
「生き延びる奇跡、再会する奇跡……酒を飲む奇跡。どれもこれも、まあ簡単じゃないけどさ、でもそんな奇跡は起こせた」
俺は、ワインを置いたシエラの手に触れた。これだって、実を言うと、俺にとっては奇跡のひとつだ。
「だから、もう一つくらい奇跡が起こせないってことはないと思うんだ」
「……ほかの奇跡とは桁が違うぞえ?」
「それでも、かなうさ。誰かを死ぬ気で愛せば、結構簡単に奇跡なんてものは起こる」
臆面も無く言い切って、俺はシエラの手を引き寄せた。そしてその指先に唇で触れる。
「俺は、あんたが欲しいよ、シエラ」
「……奇跡は起きぬ」
「起きるさ」
もう一度、キス。
「俺は、あんたを死ぬ気で愛してるから」
「ふん」
シエラは、俺がキスするのを拒みはしなかった。
「世界一運の無い男がよう言う……」
「悪運を引き寄せるのだけはうまいからな」
俺が笑うと、シエラも笑った。
この後奇跡が起こったかどうかは……ご想像におまかせ
っていうかおちをちゃんと書きなさいってかんじですが
なんだか書いているうちに、
ナッシュが偽者くさくなりました
やつはこんなにかっこいいこと言いませんよね
あう……
奇跡を待ち望むのではなく
奇跡を起こそうとする
そういう前向きな話のつもり……
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