お題「君に会えて」
君にあえてよかった

私は貴方に会えて、本当によかったと思う。
心から

 ドアが開く音で、クリスは顔をあげた。見ると、緑のジャケットを着た男が、戸口に立っている。
「ナッシュか……脅かすな」
「普通にドアから入ってきたっていうのに、そんなに驚くことないだろうが」
「そういうことは、一度でも窓や抜け穴以外から部屋にやってきてから言うんだな」
 冷たい一言に、ナッシュは肩をすくめる。そんないつものくだらないやりとりに笑いを漏らしていたクリスは、あることに気がついた。
 いつもの身軽な彼にしては珍しい、大きなナップサック。ジャケットの下までは見えないが、今彼はフル装備なのだろう。
「もう、行くのか?」
「ま、俺みたいな家業の人間は、長居しなほうが平和ってもんだ」
 ナッシュは今度は天井を仰いだ。
 真の紋章戦争が終結して一週間。
 ハルモニアの軍勢も帰途につく用意をはじめている今、工作員がここビュッデヒュッケ城に居続けることのメリットは無いに等しかった。
「新しい任務か?」
「まさか。その前にカミさんの顔見るのが先さ……と、言いたいところだけど……素直に家に帰れるかどうかは、腹黒上司の胸のうち次第ってとこかな。悲しいことに」
 宮仕えって大変だなあ、クリス。と、ため息をつくナッシュにクリスは笑う。
「宮仕えで大変なのは、私も一緒だ。わがままが言えるぶん、お前のほうが楽だぞ?」
「俺の場合、わがままは言うだけであって、聞いてくれるかどうかは別次元の話だけどな」
「違いない」
 クリスは、受け答えをしつつも、言葉を捜していた。この男に対して、送る言葉と伝えるべき思いがいくつもあったから。しかし、男はそれよりも先にへろりと人の悪い笑みをうかべた。そしてクリスの顔を覗き込む
「クリス……あんた美人になったなあ」
「はあ?」
「最初みたときは、張り詰めた糸みたいで、もう危なっかしいやら怖いやらではらはらしたんだが……今は本当にきれいだ。うん」
「か、からかうなっ!」
 からかってないさ、とナッシュはへらへらと笑う。
「あんたは美人になった。素直にそう思ったから言ってるだけさ。それのどこが悪い?」
「その物言いが、からかっているというんだ。いいかげんにしろ、ナッシュ」
「しょうがないじゃん。それが俺の地なんだからさ」
 笑った顔のまま、ナッシュはクリスが殴りかかるのを軽くかわすと、戸口へ向かった。
「んじゃ、本気で怒られる前に退散するとしますか。じゃあな、クリス」
「あ、ちょっと待て!」
 ナッシュは待たない。そのままドアノブに手をかけようとした瞬間、ドアに剣が刺さった。追いすがっても逃げられると判断したクリスの非常手段だ。
「クリス、からかったからって、ここまですることないだろう!」
「そうでもしないと逃げるだろうが、お前は!」
「そんなこと……いや、その……」
 振り向いたナッシュは、クリスの表情が泣きそうなものになっていることに気がついて、いい淀んだ。
「クリス」
 その胸倉を、クリスは乱暴につかむ。
「いいかげんにしろ! お前というやつは……いつも私をからかって、煙にまくだけまいて! 別れの言葉も言わせないつもりか?」
「や……その」
 実は、言わせないつもりだったのだ。
 湿っぽい別れも、再会の約束も、苦手だ。
 だからいつものように軽口ですませて、分かれてしまおうと思ったのに。
「一言くらい……聞いてくれたっていいじゃないか」
「ごめん」
 ナッシュは素直に謝った。そして、軽くかがむとクリスに視線を合わせる。アメジストの瞳が、ナッシュの緑を見た。
「ナッシュ……その、お前には本当に世話になった」
「うん」
「父のことや、英雄のこと……騎士団から離れた私が、いろいろなものを見れたのは、お前がいてくれたからだと思う」
「うん」
「お前の軽い物言いいや、物事の見方には、困らされることもあったけれど、あの騒動のさなか、何度も救われた気がする」
「うん……」
「ナッシュ」
 クリスはつかんだままのナッシュの服を握り締めた。
「私は、お前に会えて本当によかったと思う」
「うん、俺も」
 ナッシュは微笑むとクリスの銀の髪をなでた。クリスは、精一杯、笑い顔になる。
「ナッシュ……私はお前のことを、兄とも父とも慕っていた。ありがとう」
 ほろり、とこぼれる涙。ナッシュはそれを指先でぬぐうと、クリスを抱きしめた。
「俺も、あんたに会えてよかったよ。クリス」
「ああ……」
 互いに、与え合うのはぬくもりだが、それは恋ではない。それよりも穏やかで、ひどくやさしい感情。
 ややあって、ナッシュはクリスに言った。
「しかしクリス」
「ん?」
 非難のこもった声に、クリスはいぶかしんで顔をあげた。
「兄はともかく、父はないだろ、父は! 俺はまだ、二十歳すぎの娘を持つほど歳はとってないぞ!」
「あ」

兄弟のようなナッシュ&クリス

つやっぽい話になるかとおもいきや
ギャグおちです。

この話にはもとねたがあるのですが
誰も「辺境警備」なんて知りませんよねえ

きめ台詞をそんなとこからもってくるな、
タカばさんってかんじですが



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