キーワード「喧嘩」
部屋割り

 リリィ=ペンドラゴン嬢は怒っていた。
 そりゃあもう、怒っていた
 どれぐらい怒っていたかというと、そのあまりの恐さに、つきあいの長い従者たちさえも、部屋の隅に避難してしまうくらい怒っていた。
 原因は、
「ササライ! あんたどういうつもりよ!」
 怒鳴られて、ササライはへろりと笑った。
「どういうって……城主様の決定ですよ」
「嘘をつきなさい!! あんたの画策なしに、あたしとあんたが同じ部屋になるわけないでしょ!」
 リリィは、城じゅうに響き渡るような大声で叫んだ。
 そもそもの発端は、リリィの投書……らしい。部屋に虫がでたり、内装がそんなに手を加えても貧乏臭かったりする自分の部屋を、狭さはともかく、どこか別の場所に移してくれないか、と希望は出した。だが、その結果が何故ササライの部屋にお引っ越し、などという事態になるのか。
「最近、本当に人が増えましたからねえ、相部屋にしないと収集がつかないんだそうですよ。だから、トーマスさんも、私みたいに部屋が相部屋になってもいいっていう人を募ってまして」
「だからってなんでこうなるのよ!」
「さあ? 私達の関係が城内公認だからではないでしょうか?」
 もちろん、ササライが『同室になる相手はリリィさんじゃなきゃ嫌です』と密かに自己主張していたせいなのだが、それは言わない。
「いつそうなったのよ! いつ!! 大体関係って何よーーーー!!」
「ひどい……私はこんなにリリィさんを愛しているのに」
 泣きまねを始めたササライを、リリィは冷ややかに見遣った。
「金髪ナンパ男の真似なんかしないでよ」
 ぴた、とササライの動きが止まった。その表現は嫌だったらしい。顔をあげると、とってつけたようにリリィをなだめる。
「でも考えても見て下さいよ。ここなら、内装もしっかりしていますし、虫だって出ませんよ」
「最大級の虫が出るけどね……」
「おや、何のことをおっしゃっているんですか?」
 わかってないわけないくせに、ササライはなおもにこにこと笑う。リリィはあきらめたようにため息をついた。 「全くもう!! リード! サムス!」
「は、はい! なんですかお嬢さん!」
「これから買い物リスト作るから、全部買ってきて! こんな青づくしの部屋なんかには住めないもの! リフォームよ!!」
「はい! って、お嬢さんここに住む気ですか?」
 リードとサムスは呆然としている。
「しょうがないでしょ。部屋がいいのは確かだし、今さら出ていったところでトーマスやヒューゴが誰かさんに嫌がらせされるだけなんだもの」
「おや、城主様や炎の英雄に嫌がらせする人がいるんですか? 嫌な人もいたものだ」
「ササライ! あんたちょっと黙ってなさいよ! あ、リード、サムス、ちゃんとあたしのベット運んでくるのよ!!」
 リードとサムスとなぜかディオスまでもが、わたわたと部屋を走り回り始めた。荒く息をしながら、リリィがそれを見る。そこへ、平和そうな、実に平和そうな声がかかった。
「リリィさん、楽しいですねえ」
「何がよ!」
「引っ越しにあわせてリフォーム、なんだか新婚さんみたいじゃないですか?」
「誰が新婚さんよ!!!!」
 リリィは、再び力一杯絶叫した。


 そして一週間。
 リリィは寝不足でレストランにいた。一緒に昼食をとっているクリスが心配そうに彼女を見ている。
 親友が心配するのも無理はなかった。寝不足は相当に深刻で、目の下にくっきりとくまができているのだ。
「リリィ?」
「何よ」
「大丈夫か? 随分と、寝不足のようだが」
「たいしたことないわよ。平気平気! っと」
 言ったとたん、リリィは紅茶のカップをひっくり返しそうになった。明らかに動きが鈍っている。
「……リリィ。本当に? その……相当まいっているようだが」
「大丈夫だって言ってるじゃない」
 クリスは、形のよい眉をひそめると、身を乗り出して、リリィの耳もとに口を寄せた。
「その……毎日がキツいようだったら、ちゃんと言った方がいいぞ?」
「!! 何の想像してんのよ! あんたは!!」
 がしゃん、とリリィの叩き付けたカップが派手な音をたてた。そのあまりの迫力に、クリスが体を引く。
「や……その……部屋が一緒といったらやっぱり……」
「何もないわよ!」
「え?」
「何もないわよ、全然! ベッドだって別々だし、寝る時間だってばらばら! 一緒の部屋に住んでるっていっても、中で別居してるようなものよ」
「そうなの?」
「そう! だからあんたが心配するようなことはないんだから!」
「じゃあなんで寝不足なんだ?」
 不思議そうなクリスを無視してリリィは昼食の最後のひとくちを口に放り込んだ。そして、立ち上がる。
「別に、どうだっていいじゃない。ところで、キツいなんて発言があんたの口から出るなんてねえ。パーシヴァルにでも言ったこと、あるわけ?」
「!!!」
 真っ赤になって口をぱくぱくさせているクリスをほったらかして、リリィはその場をあとにした。



 そして夜、リリィはササライと共同で使っている自分の部屋でくつろいでいた。
 ラフな部屋着をひっかけ、ソファに座り、洗ったばかりの髪の毛を乾かしている。
 今日までのところ、ササライは同居人としては満点といっていい存在だった。リリィの生活に干渉せず、かといって、自分の生活のペースを必要以上に曲げない。共同スペース以外は絶対に立ち入らない。
 しかし。
 それはそれでしゃくにさわる。
 自分のペースを保ったまま、平然と生活を維持するササライの、なんと腹立たしいことか。彼のの下にはくまどころか目さえ充血してない。ぴかぴかつやつやの健康体だ。
 むかつく。
 自分だけ寝られないなんて。
 夜中、相手が寝返りを打つたびにどきどきしているのが、自分だけだなんて。
 彼は、私を……ではなかったのか?
 それは、自惚れではなく、確信だったはずなのに。
「ああもう、寝よ寝よ。明日だってやることあるんだから」
 いいかげん考えるのが嫌になって、リリィは立ち上がった。自分のベッドで寝るために移動する。そこへ、ドアが開いた。
「あ、リリィさん」
 ササライだった。
 今風呂に行ってきたのだろう。濡れた髪のうえからタオルをひっかけている。
 はだけたシャツの間から、上気した肌と鎖骨が見え、リリィは視線をそらした。やや成長が足らないものの、それは確かにオトコのライン。
 ……だから、なんで私ばっかり意識してんのよ!
 気付かれたくなかった。だから、さっさと自分のスペースへと足を向ける。
「あたし、もう寝るから」
 言うと、ササライはあっさり微笑む。
「そうですか。お休みなさい、リリィさん。愛してますよ」
 かちん、ときた。
「嘘つき」
 自分でも驚くくらいきつい声がでた。ササライはきょとんとしている。
「好きな女と一緒に部屋にいて、手もださないなんて、そんな男の告白なんて、信じられないわ」
「……そうですか?」
 ササライが、一歩近付いた。共同スペースから、リリィの宣言した、占有スペースへ。
「そうよ! 意気地なし」
「では、私が貴女を抱こうとしたら、貴女はどうします?」
「たたき出すに決まってるじゃない!」
 恐ろしく矛盾した返答に、たまらず、ササライが笑い出した。そしてリリィがササライの真意に気付く。
「あ、あんた、あたしの反応見て楽しんでるでしょう!!」
「や、そんなことは……っ」
 しかし、目は口程に語っていた。弁解しようとしたその顔が完全にわらっている。
「ササライ!」
 リリィはずかずかとササライに近付くと、その胸ぐらを引っ付かんだ。勢いに押されて、ササライがよろめく。
「リリィさん、そんなに引っ張ったら……っわ!」
「きゃあ!」
 バランスを崩したササライに、更にバランスを崩され、二人はもみあったままたたらを踏んだ。そして、不規則なステップを数回繰り替えしたあと、ササライのベッドに倒れ込む。
「色っぽいですね」
 背中からベッドに突入し、リリィに押し倒される形となったササライは笑った。それを思いきりリリィが睨む。
「自分でしむけておいて、よく言うわ」
 よろけてもつれあったとき、途中からベクトルがこちらに向くよう、ササライが力をかけていたことにリリィが気付かないわけがない。
「もう、知らない」
 体を起こそうとしたリリィは、ササライに強く腰を抱かれて動きを止めた。
「行かないで」
 そして、抱きすくめられる。
「リリィさん……」
 痛くはない、けれど強い力でぎゅう、と抱き締められる。その手は、胸は、言葉よりも饒舌に語っていた。
 愛している、と。求めていると。
「や……」
 抵抗することもできなくて、リリィは精一杯あえぐ。一週間、不覚にも期待してしまっていた刺激に、頭より体の方が反応し、逃れることを拒絶していた。
「ササライ……あんた、だったらなんで……」
 言葉足らずな抵抗に、けれどササライはすぐに答える。
「だって、簡単に手を出したら、貴女は逃げてしまうじゃないですか」
 だから、じらした。彼女が我慢できなくなるまで。  
 健康を維持するためにこっそり『眠りの風』を使っていたことは内緒だ。
「この……」
 抵抗しようとしたリリィの唇をササライは自分のそれでふさいだ。意識し続けて、敏感になった唇はそのまま彼の唇を受け入れる。
「ん……」
 吐息も言葉も、体すらもからめとられて、リリィはそのままササライに溺れさせられた。


 翌日。
 ササライは普段通り仕事をこなしていた。そこへ、スパイであると城中に知れ渡っているというなんとも情けないスパイ、ナッシュが報告書片手にやってきた。
「はい、これはこの前頼まれていた情報です」
「ああ、ごくろう」
 さらさら、と書類にペンを走らせながら、ササライはナッシュの方を向こうともしない。
 デスクに書類を置くと、軽く肩をすくめ、ナッシュは部屋からでていことした。そこへ、何かが投げられる。
「なんですか?」
 反射的に受け取った手のひらをあけると、そこには1000ポッチ金貨。
「ササライ様、これは?」
「賭けてたでしょ、君」
 静かに言われ、ナッシュは顔を引きつらせた。
 確かに、ササライとリリィが一緒の部屋に住み始めてから、彼等がいつくっつくか、という賭けを十二小隊の連中としてはいたが。そして、ナッシュの予想した日付けが昨日だったが。
 何故知っている。
「さ、ささらい様……?」
 びくびく、とおびえるナッシュにササライはにっこりと、それはそれは美しくお笑いになられた。
「次にやったら、消すよ?」
「は、はひっ!」
 ナッシュはそれだけ言うと、全速力で部屋を出て……もとい、逃げていった。


最終日記念SSです。 一ヶ月お疲れ様でした!!
チャットの途中で華月さんにおねだりされて
書いたものです
エロにはなりませんでした……
あとは御想像におまかせってことで。
ああ、しかもどこが喧嘩なんだ……
喧嘩になってないよう

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