甘えていいよ

 さわさわと落ち着きのない城の中を、ベルナデットは一人歩いていた。
 つい先日まで、ゴドウィンから国を奪還すべく王子のたてた軍が本拠地にしていたシンダルの遺跡。
 本拠地としていた、と過去形になっているのは、つい先日の首都奪還に伴い、軍の本体がソルファレナへ移動したからだ。
 戦争開始時から目標としていた首都奪還。
 だが、首都を取り戻しても、新女王を取り戻しても、戦争はまだ終わっていなかった。
 王子達の軍に追いつめられたゴドウィン家の頭首マルスカールが往生際悪くも、太陽の紋章を持って始祖の地へと落ち延びたからだ。
 戦争の勝敗は決した。
 だが決着はいまだについていない。
 本来なら王子達がソルファレナを奪還した時点で閉鎖されるはずのこの本拠地がいまだに使用されているのもそのせいだ。
 戦争のためとはいえ、数ヶ月を過ごした居心地のよい城。
 人が少なくなってきた城の空気を惜しむように眺めてから、ベルナデットは畑へと降りていった。
 湖の上に浮かべるようにして作られた猫の額ほどの畑。だが、ここで作られる作物は城全体の活力のもととなっていた。
 戦続きで手入れがおいついていないと聞いていたから、少し手伝おうと思ったのだ。
 だが、畑に人影はなかった。管理人であるゲッシュは不在らしい。
 管理人がいないのでは仕事にならない。一人で畑をしばらくながめてから、ふとベルナデットは墓地へと足を向けた。
 墓地に目的はない。
 こちらから回ったほうが、図書室が近いのだ。
 廊下の奥をひょいと覗く。
 墓地には、人がいた。
 黒と金の衣装を身につけた背の高い男だ。
 こちらに向けた背中では、大きく結ばれた白い飾りたすきがゆらゆらとゆれている。
 奪還の立役者の一人、カイルだ。
 日の光をうけて光る明るい金髪からそう判断したベルナデットは、すぐにその状況を訝しんだ。
 彼はこの国の軍の要だ。
 マルスカール追撃を行わなければならない今、こんなところにいる暇などない。
 何故、と首をかしげたベルナデットは、彼前に建てられている墓石に刻まれた名前を見て納得した。
(ああ、あそこは彼女の墓だったか)
 奪還の直前に命を落とした女性の名を思い出し、ベルナデットは目を伏せる。
 彼女は軍を裏切った罪のために、王族の墓所へ埋葬することを禁じられたのだという。
 ふう、とベルナデットが特に意図せず漏らしたため息が、墓地の空気をふるわせた。
 ぱっとカイルが振り向く。
 へらり、とカイルはいつものナンパな調子で笑いかけてきた。
「あっれー? ベルナデットさんどうされたんですか? 墓地なんて辛気くさいところ、ベルナデットさんには似合いませんよ? あ、まさか俺を探しに来てくれたとかー?」
「通りすがりだ」
 ベルナデットは苦笑してカイルに近づいた。
 カイルはにこにこと笑っている。
「通りすがりで会えるなんて、俺運命感じちゃうなー」
「そうか。運命を感じるのなら、少しつきあってくれ」
 笑い続けているカイルの手を、ベルナデットが掴む。そのまま引くと、カイルはいそいそとついてきた。
「ベルナデットさんみたいな美人のお誘いならいくらでもっ」
「わかったわかった」
 ベルナデットは、すぐ近くの倉庫にカイルを引き込んだ。
 誰もいないことを確認してから、カイルを見上げる。
「ベルナデット……さん?」
 自分でナンパな言葉を並べ立てる割に、こんな状況にはとまどうらしい。ベルナデットは微笑むとカイルの頬に手をやった。親指で、その目尻をぬぐう。
「全く……そんな風に紅が流れていては、あそこでどんな顔をしていたかばればれだぞ?」
 女王騎士特有の、目尻に施した紅が流れる理由。
 それはただ一つしかない。
「……っ……あ……」
 呆然とした顔で、カイルはベルナデットを見た。
 常の飄々とした仮面にひびが入り、素顔が覗いている。
 ベルナデットは背伸びをすると、カイルの頭を自分の肩に引き寄せた。ぽんぽんと背を叩いてやる。
「ベルナデットさん……俺っ…………」
「惚れていたのだろう? あの女に」
「……」
 カイルは答えなかった。
 その代わりに、ベルナデットの背に手を回す。
「私は、部外者だ。王子やお前達があの女とどんな絆を築いていたかは知らない」
 ぽん、ともう一度背中を叩く。
「だから、気を遣う必要はない。王子も他の騎士も気にせずに、自分の感情だけを吐き出していいんだぞ」
 そう囁いてやると、カイルは息を飲んだ。
「……っ!」
 泣く代わりに、ベルナデットを強く抱きしめる。
 強すぎる抱擁にベルナデットが喘ぐと、カイルは腕を緩めてベルナデットの髪をなでた。
「……ありがとう、ございます」
 かなり長い間ベルナデットを抱きしめたあと、カイルは聞いたこともないような弱々しい声で囁いた。
 子供をあやすようにベルナデットはカイルの背を叩く。すると、子供みたいな男は大きなため息をついた。
「ベルナデットさんって……」
「ん?」
「いい女ですよねー……」
 言いながら、カイルはすがりつくような抱擁からベルナデットを解放する。
「惚れて良いですか?」
「浮気しないならな」
 即答すると、それは難しいな、といつもの調子の軽い表情でカイルは笑った。

流れた紅、というのが書きたくて出来た一本です。
一応カイル×ベルナデットのつもりですが
全然恋愛していないよーな…………
(ていうかむしろカイル→サイアリーズ)

状況として、ソルファレナ戦の後なせいか、描写がちょっと難しかったです。


うーん、もうちょっとお砂糖の多い甘い話が書きたいよう。




>戻ります