行かないで


 いつも平和でまったりとした空気がの漂うビュッデヒュッケ城。
 戦争の間、様々な人種がひしめきあっていたそこは、その紛争の終結とともに、やや人口が減ってきている。一時の緊張状態がとかれ、皆自分の道へと戻ってゆくのだ。

 それでも、変わらず城に残る者もいる。

 戦争がはじまる前でも後でも、居場所の変わらないジョアンは、指南所の前でのんびりと昼寝をしていた。戦争中は戦士が集まっていたからそれなりに忙しく働かされていたが、今はしばらく休養させてもらっている。……自主的に。
 と、気配を感じて、ジョアンはごろりと寝返りを打った。
 直後、今まで体のあったところにものすごい勢いの肘鉄が振り下ろされる。
「あー、失敗!」
「お前さんは俺を殺す気か?」
 片目だけ開けてみると、オレンジの胴着を着た少女が悔しそうな顔で立っていた。
「えへへ。まあ、師匠のことだから八割方よけると思ってたけどさ」
「……でも二割は当たると思ってたんだな?」
 ふう、とそのままの体勢でジョアンはため息をつく。
「で、今日はなんだ? しばらく指南所は休業だぜ?」
 戦争中、指南所の助手を務めていたエミリーはえへへ、と笑った。
「うん。師匠にお別れを言いにきたの!」
「お別れ?」
 ジョアンは驚いて、(それでも緩慢な動作で)体を起こした。あぐらをかいて少女を見上げる。
「んー、とね、あたしがここに来たのって、強い人が城に集まってるからだったんだけど、みんな散り散りになっちゃうじゃない。だから、また強い人が集まっているところを探しに行こうと思って」
「……ふーん?」
 彼女が強い人のいるところ、に固執する理由。それは自分の強さのため。普通にしていても桁外れに強いエミリーは、強い人ばかりいるところで、普通の女の子として扱ってほしいのだそうだ。その話を、セシルから聞いていたジョアンはつまらなそうに首をかしげた。
「あ、もちろん、師匠が強くないって言ってるわけじゃないよ! 腕相撲であたしのこと、あんなにあっさり倒しちゃったの師匠だけだし!」
「……うん」
「今日出発するつもりで、挨拶に来たんだけど……師匠? 師匠、起きてる?」
「起きてるよ」
 ジョアンはすい、と立ち上がった。そして体を軽くかがめると、ひょい、とエミリーを抱き上げた。
 だっこ。
 お姫様みたいに。
「し……師匠?」
「あのさ、エミリー」
「は、はははは、はひっ」
 ジョアンは青緑の目でエミリーを見つめた。
「お前さんを女扱いする男なんて、世界に一人きり、いればいいと思わねえか?」
「え……」
 そして額に恭しくキスが降りてくる。
 お姫様に、するみたいに。
「だから、行くな」
「……し、師匠」
 エミリーはぱくぱくと口を開けたり閉じたりを繰り返した。どう反応していいか、わからなかったから。そうしたら眠そうな声が降ってきた。
「これくらいで、説得されてくれないか? 結構がんばってるんだが」
「は……はい。行きません」
 エミリーが答えると、ジョアンは笑った。
「よかった。鉄砲玉みたいなお前さんを追っかけるのは結構しんどそうだったから」
 そして、翌日も、寝ぼけ指南役の隣には、元気な助手がいたそうな。

結構前に書いてお蔵入りになっていたジョアン×エミリーSSです。
別コンピューターをいじっていたら、
偶然発掘されたので再アップ。

結構思いつきで書いたので、
あまり話にひねりはありません。


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