嫌がらせ

「全くあいつったら頭にくる!!」
 がんがんがんっ!!
 ビュッデヒュッケ城の堅い廊下の床を、踏むというよりは、蹴りつけるようにしてリリィは歩いていた。
 まるで体から炎でも発しているような、そんなものすごい剣幕に、廊下を歩く他の面々はみな道をゆずる。ワイルダーとレットにいたっては壁に張り付いてよけるほどだ。
 ああもう、むかつく腹立つむかつく腹立つむかつくぅぅぅぅぅっ!!!
 歩くリリィの胸の内にはぐるぐると同じ言葉が回っている。
 リリィは怒っていた。
 というより、いらついていた。
 一人の男のために。

 男の名前はササライといった。
 宗教国家ハルモニアの軍人。そして聖職者。
 まだ十代の幼さを残すその面立ちにそぐわないほどの強権力をもった魔法使い。
 そして、今リリィに言い寄っている男。
「……ったく」
 彼といると腹がたつ。
 彼は、リリィがどんな暴言を吐いても気にしない。
 わがままを言っても二つ返事で受け入れる。
 それも笑って。
 従者の引きつった笑いとも、ティントのとりまきたちの上っ面の笑いとは違う。
 心の底から嬉しそうに微笑んで。
 けれど、本当にかなえられないわがままは、ちゃんと拒絶する。
 譲れない一線は確立されてあり、リリィがそれを超えてくれば止めてくれる。しっかりとした、自分の言葉で。
 きちんと自分をもったうえで、わがままをきいてくれる相手の腕の中で甘えることの、なんと心地のよいことか。
 自分が言い過ぎてもやりすぎても、相手は止めてくれる、止まってくれる。自分のせいで壊れることなんてない。
 それはとても居心地がよくて、
 そしてとても苛つく。
 あんな子供みたいな顔をした男の思惑通り、溺れてやるなんて、リリィのプライドが許さない。
(あ、あたしの好みは別なのよ! 別!!)
 ぶんぶん、と頭を振る。
 そんな居心地がいいから、なんてそんな理由では嫌なのだ。
 自分でも、どうしてかわからないけど。
(あたしの理想は、頭がよくて、顔がよくて、家柄もよくて、それで包容力があって、それから……)
 条件をあげておいて、リリィは墓穴を掘っていることにきがついた。
 ササライは、そういった意味でも完璧に近かった。
 顔がよくて、頭がよくて、そしてハルモニアのナンバー2だった。
 しかし……。
「そ、そうよっ!! あいつ年下じゃない! それが気に入らないのよ!」
 やっと欠点らしいところを探し当てて、リリィは立ち止まった。
 どう見ても、自分より下の、幼い顔立ち。そして小柄な体。
 どんなに大人びていても、年下は年下だ。
 否定しようも、あらがいようもない事実を発見して、リリィは笑う。
 これで、堕ちる理由はなくなったのだ。
 落ち着いて辺りを見回してから、リリィは廊下にある人物を発見した。
「あ、ナッシュ!!」
 廊下の端で、壁に背をもたせかけて立っている金髪の男。
 彼はクリスと一緒に同盟軍に参加した男だ。彼女の旅を手伝ったそうだが、実はササライの側近でもあるらしい。
 のほほんとした平和そうな顔をしてたのが、なんだかしゃくにさわって、思わず胸ぐらをつかむ。
「いいっ、リリィお嬢様? なんだ?!」
「あんたなんとかしなさいよ!!」
「……はい?」
 目的語のない命令に、ナッシュが目を丸くする。
「何を、なんとかしてほしいって?」
「ササライよ、ササライ! あんた世話係でしょー?」
「世話係って……そんな動物じゃないんだし」
「世話は世話じゃない。なんとかしてよ。あいつ行く先々に現れて迷惑してるのよ」
「一緒にお茶してるの、結構楽しそうに見えたけど?」
 いたずらっぽく微笑まれて、リリィは胸ぐらをつかんでいた手をひねる。首が絞まってナッシュがうめいた。
「迷惑なの!」
「さ、さいですか……」
 ナッシュはその件については反論をやめた。
「そうは言ってもなあ、俺にそんな権限はないぜ?」
「世話係のくせに情けないわねー。ちゃんと飼い慣らしておきなさいよ」
「飼われてるのは俺だっての。大体、世話っていったらディオスのほうが一緒にいることが多いだろうが。あっちをあたってくれよ!」
「あの人じゃだめよ。発言権ないもの」
「……俺だってないぞ」
 ナッシュはふう、と息を吐いた。
「いいじゃん、ササライも悪くない物件だとおもうぜ? 顔も頭も悪くないし、ハルモニアのナンバー2だ。まあ、性格が一部盛大にぶっ壊れていることは否定しないが」
「でも年下じゃない」
 リリィの言葉に、ナッシュが眉をあげた。
「私、年下は好みじゃないの。だから」
「……」
 ナッシュはう〜ん、としばらく天井を見たあと、リリィの肩にぽん、と手を置いた。
「なあリリィ嬢ちゃん、あんた炎の英雄を捜しにグラスランドに来たんだよなあ」
「そうよ!」
「でもって十五年前、吸血鬼の始祖とか、同盟軍のリーダーとか、真の紋章を持つ人間を目の当たりにしたんだよな」
「そうよ。それがどうかしたの?」
「……真の紋章持ちの特徴、忘れてないか?」
「なにそれ」
 不思議そうな顔のリリィに、ナッシュは苦笑する。
「あいつはそもそも真の土の紋章持ちなんだぜ? 見た目と、本当の年齢が食い違ってるんだよ」
「え」
 リリィは、頭から血の気が引いていくのを感じていた。
 真の紋章は不老をもたらす。そのことは知っていたつもりだった。実際、ゲドは百歳以上だというし、子供のころ助けてもらった吸血鬼の始祖は、一千年近く生きているにもかかわらず、少女にしか見えなかった。
「まさか……」
「32。それがあいつの本当の年齢だよ。確か……十五年前のデュナン湖の戦争にも関わってたんじゃなかったっけ」
「嘘! あいつ10も年上だっていうの?!」
「そうだよー」
 ナッシュはへろりと笑った。嘘つきな男だが、すぐばれるような嘘はつかない。彼の言うことはおそらく真実だろう。
「だって、そんな三十すぎたオヤジがなんで無邪気に農作業眺めたり子供と一緒になって遊ぶのよ!」
「あいつは特殊なところで育ったからな。物珍しいんだろう」
「そんなことって」
 言いながら、リリィはパニックに陥っていた。
 年下のはずが、自分より上だったなんて。
 それでは、先ほど否定した理由が消えてしまう。
 消えてしまったら、あとは溺れるしかないではないか。
「嫌……そんなの」
「リリィ?」
 リリィの小さなつぶやきに、ナッシュが眉をひそめた。と、その瞬間、捕まれたままだった胸ぐらを引かれる。そして、唇を重ねられた。
「????!!!!」
 いきなりキスされて、ナッシュは目を白黒させる。
 ナッシュの耳を、怒りに燃える声音が打った。
「嫌がらせよ……」
「嫌……がらせ?」
 呆然とする背後で、ばさばさ、と書類を床に落とす音がした。見ると、廊下の向こう側で立ちつくすササライがいる。
 ばっちり、今の場面を目撃したようだ。
 嫌がらせ。
 それはナッシュに対してか。それともササライに対してか。
「じゃあね!!」
 嵐を起こすだけ起こして、リリィはその場から立ち去った。
 あとには、血の気の引いたナッシュと、硬直したままのササライと、床に広げられた重要書類。
「……」
「……」




 ナッシュ、死ぬな。



え、え〜〜〜と久しぶりのササリリです……。
です、が
なんかこのあとのフォローの話を書かないと収集がつかないような
っていうか
ラブはどこだ

>帰ります