いつのころからか、私はその者の来訪を待ち望むようになった。
初めて話したのは、士官学校。
正規の年齢からすると、四年飛び級してあがっていったクラスに、彼はいた。
パーシヴァル・フロイライン。
もともと友達が少なく、人と交わることにあきらめを覚えていた私にとって、彼は大勢いいるクラスメイト達のなかの一人に過ぎなかった。
彼よりもむしろ、その友人、ボルス・レッドラムのほうが、問題行動の多さから印象に残っていたくらいだ。
いつも、だれかしら女がまとわりついている人。
それが、第一印象。
名前さえちゃんと覚えていなかったかもしれない。
ある日ふと、口をきいたのがきっかけだった。
『持ちましょうか?』
重そうに馬の鞍を抱えた私に、彼が手を差し出してきた。見上げて、その人物を認めてから、私は数瞬、考える。
誰だっけ。
クラスメイトだったような気はする。……名前が思い出せないが。
しかし、名前うんぬん以前に、気にかかることがある。
自分に差し出された手。
いつものように非力な女扱いされた気がして私はその手を取らなかった。
『いい。これは自分のものだから、自分で運ばないと』
『そう』
彼は、あっさり手を引っ込めた。
その様子に、私は驚く。
女ではなく、騎士として尊重し、手を引いてくれたのが嬉しい。
『貴方は、ここへ何をしに?』
なんとなく、お互いに歩調を合わせて厩舎へと向かう。少し、この男に興味が湧いていたから。
『愛しのヴィラローザに会いに』
『ヴィラローザ? あの馬は貴方の馬なのか?』
馬主の名前は覚えていなかったが、馬は覚えていた。厩のなかでピカイチの美人馬である。いつ見ても毛並みはぴかぴかで、その姿は芸術品といっていいくらい美しい。
友がいない私に、彼が後に疾風の二つ名を頂くほど乗馬がうまいことや、無類の馬好きであることなどという噂は耳にいれようがなかったのだが、知らないということは恐ろしいものだ。
『よく私の馬の名前を知っていますね?』
『貴方の馬は、いい馬だからな。手入れが行き届いていて、いつもご機嫌だ。私には真似できない』
前から気になっていた美人馬の主に、また興味が湧く。
実は、自分も馬は大好きだが、手入れとなると生来の不器用さが邪魔をしてうまくいっていないというのが実情だ。どんなに頑張っても干草は散らばるし、ブラッシングも綺麗にはできない。彼ほどの達人なら、さぞすごいコツを知っているに違いないと、ヴィラローザを見るたびうらやましく思っていたのだ。
折角少しでも話したのだから聞いてみようか。
しかし、彼も用があってここにきたのだろうから、邪魔をしては迷惑だろうし。
入学以来、人から距離を置かれるせいで、自分からも歩み寄ることに臆病になっていた私はうろうろと悩む。そうしているうちに、厩舎の前へと到着した。ここから、私と彼の行き先は正反対の方向になる。
『それじゃ』
『あ、ああ……』
くるりと体を翻し、さっさと自分の方向へと向いてしまった彼に、私は声をかけそびれる。
残念。
手先だけでなく、人付き合いも不器用な自分を少し呪ってみるが、どうしようもない。
あきらめて自分も踵を返したとき、背中に声がかかった。
『……馬のブラッシングのコツ、教えて差し上げましょうか?』
振り向いた先に、笑顔で立っていたその男はヴィラローザと同じくらい、美人に見えた。
それから、なんとなく話をするようになった。
用があるときや、用がないとき。
時折現れて、なにやかやと話しては、にこやかに去っていく。
彼のおかげでいろいろと助かったという話は、六騎士と呼ばれる時期の前でも数え切れないくらいあった。
彼の言葉には睦言ともとれる言葉も多々あったが、なぜかそれらも心地よい。
そして、最近気が付いたことがある。
彼が来ると、ほっとする。
どんなに緊張していても、彼と話した後はなぜか肩から力が抜けている。
安堵と、そして自覚。
彼がいると今まで気が付けなかった疲れを安心して認められる。
近頃では条件反射なのか、彼の顔を見ただけで落ち着くくらいだ。
そして私は今日もその者の来訪を待ち望む。
都合のいいことと、重々わかってはいるけれど。
「パーシヴァル、お前の隣は居心地がいいな」
「クリス様が望むのなら、一生私の隣はあけておきますよ」
「それはまずいだろう」
「何故です?」
「だってあれだ。お前だってそのうち妻を娶らねばなるまい? いつまでも私がべったりしているわけにもいかないだろうが」
「では、貴女が私の妻になってください。そうすれば問題解決です」
「……それは……」
「お嫌ですか」
「うーん……いやその、前から思っていたんだが」
「はい」
「今自覚した。パーシヴァル」
「ですから、なんでしょう?」
ちゅ。
「……! 何するんですか! どういう意味かわかってやってます?」
「嫌だったか?」
「心の底から嬉しいですけど、どういう展開でこうなったかがわかりません」
「だから嫁の話だろう? 私はお前が好きなのだと思う。お前の隣が一生独り占めできるのなら、是非そうしたい。……駄目か?」
「駄目じゃないです。ていうか、もう随分前から、私の隣は貴女用にとってありましたよ」
「そうなのか? 嬉しいな、それは!」
「でもそのかわり、貴女の隣は一生私のものですよ?」
「もちろんだ!」
なんかどんどんクリスが漢らしくなっていきます……
過去をねつ造してますが、これくらいならアリかなあと
可能性がないわけでもなし
(いいわけくさいですか?)
イラストのパーシヴァルとクリスは18才と14才のつもり
>帰りますわ〜〜