お題:「負傷」
自慢話

 そんなもので盛り上がるのは、自分くらいだと思うけれど。



「パーシヴァル、怪我したって?」
 軽いノックとともに、クリスは疾風の騎士の部屋のドアを開けた。
 恋人の不意の訪れをパーシヴァルは拒まない。クリスは勝手知ったる他人の部屋、と中に入るとドアを閉める。
 部屋の主は三角巾で吊られていないほうの腕をあげてクリスを手招きした。
「たいしたことはないのですけどね」
「動かせない状態でよく言うな。で? どれくらいひどいんだ」
「右腕の骨にひび……といったところでしょうか?」
「珍しいな。お前が骨にひびくような怪我をするなんて」
 クリスが素直に驚くと、パーシヴァルが苦笑する。
「訓練に不慣れな新兵が馬を暴走させてしまいましてね。馬を押さえつつ、兵を助けようとしたら『びきっ』っていっちゃいまして」
「馬を傷つけないように無理をしたんだろう」
「実は少し」
 パーシヴァルは、ぺろりと舌を出す。クリスは笑った。
「復帰にはどれくらいかかる?」
 クリスの問いにパーシヴァルはうーんと首をかしげる。
「これくらいなら水の紋章でなんとかなるところなんですが、運悪く今日は紋章魔法師が出払ってまして」
 自分で治そうにも、水の紋章が宿っているのは怪我をしている右手。うまく集中できない。
「じゃあ私が治療してやろうか?」
「え? クリス様が?!」
 パーシヴァルは目を見開いた。普段剣を使うことが当たり前になっているから忘れがちがだが、そういえばクリスもまた水の紋章を持っていたのだった。それも最高位の真なる水の紋章だ。
「たまには私にも魔法を使わせてくれ。ほっとくと使い方を忘れるから」
「私の怪我は、錆おとしですか」
「数日腕が痛いほうがいいか?」
「いいえ。両手であなたが抱きしめられないのは一日だって困ります」
「……困るポイントはそこか? まあいい。布を外して手を出してくれ」
「ではお願いします」
 パーシヴァルは、腕を吊っていた布を外し、袖をまくり上げるとクリスに差し出した。  クリスは右手をパーシヴァルにむかってかざすと目をとじる。パーシヴァルが普段行うよりもずっとぎこちない仕草でクリスは右手に魔力をこめる。
 ややあって、クリスの手にゆっくりと水色の光が集まり、真の水の紋章がその姿を現した。
 その手がひびのはいったパーシヴァルの右手に触れると、ひんやりとした空気が患部を優しく癒しはじめる。
 しばしの沈黙。
 光が引くと同時にクリスが手を離したときには、パーシヴァルの右腕はすっかり治っていた。
「だいぶうまくなりましたね。綺麗に完治してますよ」
 手をあげ、パーシヴァルが腕の調子を確かめる。
「まあな。だが、時間がかかりすぎだ。戦場ではあまり使えない」
「こればっかりは慣れだけでどうにかなるものではないですからね……、と、クリス様どうされました?」
 クリスが自分の腕を凝視しているのに気がついたパーシヴァルは顔をあげた。クリスが苦笑する。
「いや、たいしたことはないんだ。骨のひびとは別に傷跡を見つけたから気になって」
「ああこれですか」
 パーシヴァルは、自分の右腕を見た。
 上腕にはしなやかな筋肉を絶つようにして長い縫い目のあとがある。
「これは、二年くらい前に戦場でついた傷ですよ。全部で七針縫いました」
「ああ、あのときの。そうか、七針か」
「さすがにクリス様はこの程度では驚きませんね」
 町のお嬢様方であれば、七針もの傷は驚きに値するものだ。だが、常に人の生き死にの間で生きているクリスにとっては珍しいものではない。
 クリスはふふん、と笑った。
「その程度の傷なんかたいしたことないぞ。ほら、見てみろこっち!」
 クリスはスカートをたくしあげると太ももをパーシヴァルに見せる。そこにはわからないように上手く縫われてはいるが、パーシヴァルのものよりも長い傷跡があった」
「十針だ!」
 自慢げなその様子にしゃくに障るものを感じて、パーシヴァルはむっと口をゆがめた。
 反対側の腕を出してクリスに見せる。
「じゃあこっちはどうです?」
 そこには腕の表と裏の二カ所に丸い傷跡があった。
「なんだ? 矢傷のようだが、ずいぶんひどく残ったな」
「そのまま矢傷ですよ。しかし、ちょうど城攻めの最中にやられましてね。貫通した矢を折って両側から抜き取った跡ですね。戦闘のまっただ中で手当もできなかったからそのまま腕を振り回していたのですが、傷跡がひどくなって残ってしまって」
 自分としては、怪我のランクとしてはかなりひどいものに分けられるものだったのだが、クリスにとってはそうではなかったらしい。
「甘いな。ひどい傷跡なら上があるぞ」
 くすくす笑いながら、クリスは上着をあげる。
 ちょうど腰のあたりに小さな黒いあざのようなものが見えた。傷跡のようだが皮膚の変色のしかたがおかしい。
「どうされたのです?」
「カラヤの毒のついたナイフで切られた傷だ。すぐに処置したから大事には至らなかったのだがな」
「この変色って、毒ですか?!」
「そうそう。刺青みたいに跡になっていて」
 楽しげに笑うクリスの腰に、パーシヴァルが触れる。
「どうだ、こっちの方が上だろう?」
「確かにすごい傷ですけどね」
 傷口に触れていたパーシヴァルの手が、腰から上に滑った。
「あ、こらパーシヴァル何をやってる」
 服をめくられたため、パーシヴァルの視線の先にはクリスの下着が見えているはずだ。
「勇ましいクリス様に、他の名誉の負傷のあとがないか、確かめたいと思いましてね」
「確かめるだけの手つきかこれが!」
「ええ、そうですとも。貴女の傷跡に気がつかないのは恋人失格ですからね。大きな傷から小さな傷まで全部調べさせていただきますよ」
 言いながら、パーシヴァルの手はクリスの肌を微妙な力加減でなで回している。
「こんな明るいうちから何考えてるんだお前は!」
「明るいから、確かめるのに好都合なのでしょう?」
「どこがだこの変態!!」
 そのあと、体の隅々まで傷跡を調べられたのは言うまでもない。


パークリ祭り、お題「負傷」で。

もーちょっと禅問答みたいな暗い話を考えていたのですが、
直前で方向転換して別方向で攻めてみました。
(せっかくのお祭りだしねえ)

ちょっとクリス様が変ですが
すっごい傷って、かえって自慢したくなりません?


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