Hide and Seek

 私を、探して、そして求めて。




 街の入り口に仕掛けた結界が、かすかに反応するのを感じてシエラは顔をあげた。
 目を閉じて、気配を探る。
 結界を震わせたのは、やはり目的の人物のようだ。
 彼だけに反応するように調整したのだから、それは当然。
 シエラは少女の姿を脱ぎ捨て、白い蝙蝠へと転変すると、部屋の窓から外へでた。

 街は、夕暮れだった。

 蝙蝠の身には少々まぶしすぎる明かりのなか、人々はゆっくりとさざめきながら 家路へつこうとしている。
 シエラは、ひらひらと宙を舞い、目的の人物が通りを歩く姿を発見した。
 街の中でも、商店が建ち並ぶ繁華街。
 その中に一人だけ輝くような金の髪をした青年が歩いている。街の中にはなじまない、緑の旅装が、彼が街の外から来た人間であることを物語っていた。
 青年は、疲れた様子だったが、その表情は上機嫌だ。
「ナッシュ」
 シエラはそうつぶやくが、今は蝙蝠の声。当然青年の耳には届かない。
 ナッシュは、空を舞う蝙蝠に気づかずに通りを渡っていく。
 と、歩くナッシュの腕を引っ張った者がいた。花売りの少女だ。かわいらしいスズランの花束を手にほほえまれ、ナッシュの顔がゆるむ。
 一瞬、雷を落としてやろうかと思ったが、思いとどまった。そんなことをすれば気づかれる。
 ナッシュは、花売りの少女に語りかけ、さんざん笑わせたあとに花束を受け取った。何かを小さくつぶやいたようだったが、シエラにはその唇を読むことはできなかった。
 また歩き出したナッシュを、シエラは追う。
 ナッシュは、シエラの泊まっている宿まで来ると、少し首をかしげてから中に入った。蝙蝠の身で、中まで入るわけにはいかない。高度を下げ、軒先にぶら下がると奥から声が聞こえてきた。
「……っていう女はいないかい?」
「待ち合わせか?」
「まあそんなとこ」
「……ああ、じゃあ二階の客だな。確かにあんたの言うような客が、数日前から人待ち顔で泊まってるんだ」
「そうか!」
「ちょっと待ってな、呼んでくる」
 宿の主人の足音。
 窓の外から小さく見えるナッシュの顔は、期待で嬉しそうにほほえんでいた。花束を持ち直すと、白い花に口づける。
「すまないな、出かけたみたいだ」
 奥から聞こえた声に、ナッシュの顔がこわばった。明らかな落胆の表情。
「え?」
「いつのまに出て行ったのやら……今行ったらいなかったよ」
「マジ?」
「荷物はあるから、夜には帰ってくると思うけど、お客さん、大丈夫かい?」
 がっくりと肩を落としたナッシュに、主人の気遣わしげな声がかけられる。
「あー……大丈夫、です」
「そうかい。よければここで待つかい?」
「いや、いい。少し街を探すよ。彼女が泊まっていたのはシングル? ツイン?」
「ツインだ。まあ見つけられることを祈ってるよ」
 荷物と花を持ち直し、ナッシュは宿を出る。
 夕暮れの日差しに照らされながら、ナッシュはがりがりと頭をかいた。また、小さくつぶやくと通りを歩く。その目は、先程よりずっとせわしなく辺りを見ていた。その視線にとらえられないように気をつけながら、シエラは後を追う。
 ナッシュの顔は最初より明らかに曇っていた。
 シエラが宿で捕まらなかったせいだろう。
 その様子に、シエラはくすりと笑う。
 気づかずに、ナッシュは街を歩き続ける。
 またそれをシエラが追う。
 鬼を後ろから追うかくれんぼ。
 絶対に捕まえることのできない不毛なゲームだ。
 鬼が、それに音を上げたのは日も落ちて辺りが暗くなったころだった。
 公園のベンチに腰掛け、長い息を吐く。
 表情は、落胆から焦燥へと変わっていた。悔しげに唇が引き結ばれる。荷物を乱暴に置いたついでに、花束も落としそうになって、ナッシュは慌てて花束を持ち直した。
 傷んでいないことを確認してから、またため息。
 眉間に、わずかな皺が寄った。
 そして絞り出すようにして声が漏れる。
「会いたい」
 祈るようにもう一声。
「シエラ」
 ならば、そろそろ会ってやろうか。
 きっとこのあたりが限界だろうから。
 ひらり、と羽を一打ちするとシエラはナッシュの背後に舞い降り、人の姿を取り戻した。
 突然の気配に、ナッシュの背がぎくりと強ばる。
 こっそりと笑っていた表情を引き締めると、シエラはわざとつまらなさそうな顔を作った。
「やれやれ、くたびれた顔をしておる男がおると思ったらおんしかえ」
「……っ?!」
 ば、と振り向いてナッシュがシエラを見る。その顔は喜びというよりは驚きに満ちていた。
「え……なんであんたがここに……っ」
「なんじゃ、そろそろ仕事が終わるからと、わらわを呼び出したのはおんしのほうであろう」
「いやそうだけどさ……あんた宿にもいないし街をさんざん探してもいなかったし……」
 言いながら緩む口元。会えて嬉しいのだと、表情が語っていた。
 けれど、シエラはそれをあえて無視する。
「それで?」
 短く切り替えされ、ナッシュは反論するのをやめた。疲れてそれどころではないらしい。いや、嬉しさにだろうか。
「いや、もーどーでもいいや。あんたに会えればそれでいい」
 そう言って、手に持っていた花をシエラへと渡す。
「これ、シエラに。似合うと思ってさ」
「ほほう、花売り娘がかわいかったのでつい買ったのではないかえ?」
「そんなわけないだろーが!」
 引きつった顔で必死に反論するナッシュを見て、シエラは笑った。それと同時に、強く抱きしめられる。
「会いたかった……んだ。シエラ」
 かすれた熱っぽい言葉。
 シエラは、「知っている」という言葉を飲み込んだ。
 言ってしまえば、見ていたということがばれてしまうから。
 自分を求めてさまよう男の姿を見て、喜びと、優越感を感じていたことなど。
 愛されているのだと見てとって満足していたことなど。
 知れたが最後、ただではすまない。
 だから。
 シエラは、何も言わずに抱きしめる男の背に手を回した。
 愛しているというささやきとともに落とされるキスを受けながら、シエラはもう一度だけ、こっそりと笑った。


 突発的に書いたSSです。
最初は、シエラを求めて走り回るナッシュを見て
こっそり笑うシエラ様、というのを書こうと思っただけだったのですが



シエラ様

あんた悪女すぎです。



いやこれナッシュ気づかないうちは幸せなんだろうけど
いいのかなあ……これ。

まあいっか。
シエラ×ナッシュだし。
下僕天国だし
(おい!)


>もどる!