俺の後ろに立つな

「クリス様、用意はできていらっしゃいますか?」
 軽いノックとともに部屋に入ってきたパーシヴァルは、室内の様子に目を丸くした。
「あ、すまん」
 書類から顔を上げると、クリスが困り顔でパーシヴァルを見上げる。
「これはどういう事態なんでしょうか?」
 皮肉たっぷりのパーシヴァルの声音に、クリスの顔がますます曇る。
「や……その、それが……この報告書が終わらなくて……」
「今日、貴女は非番だったと記憶しておりますが?」
「う」
 そして、パーシヴァルとデートに出る予定だったはずだ。
 暗にそう含んだパーシヴァルの険悪な声。
 クリスはうう、とうめいた。
 デスクに向かうクリスの格好は、騎士服ではなく、外出用のカジュアルなもの。デートをする気はあるらしい。
「ものすごく行きたいんだけど、この報告書だけは終わらせておかないといけなくて」
「って、それ、明日提出のものでしょう? 重役出勤の評議会の連中が見るのは午後になるのだから、明日の午前中やってもかまわないでしょう?」
「そうなんだが、残ってるとどうしても気になって落ち着かないんだ」
 それを聞いて、パーシヴァルは口の中で『このワーカーホリックめ』とつぶやいた。
「仕方ないですね。じゃあ貴女の仕事が終わるまで、暇をつぶしていることにしますよ」
「すまん、パーシヴァル!」
 頭を下げて、クリスは書類に向き直る。パーシヴァルは、クリスの執務机のわきを回り込むと、彼女のすぐ後ろの本棚にもたれかかった。
「……? パーシヴァル?」
 クリスはペンを止めた。
 暇をつぶすと言っていたから、てっきり部屋を出て行くものと思っていたが。
「別に、どこで暇をつぶしていてもかまわないでしょう? さあ書類を続けてください」
「……それは、そうだが」
「ほらほら、早くしましょう? 邪魔はしませんから」
「う、うん」
 深くは考えず、書類に目を落としたクリスは、すぐに後悔した。
「……」
 走らせていたペンを、またすぐに止める。
 どうあっても集中できなかったからだ。
 ペンを止めたまま、振り向くことすらできずにクリスは硬直した。
 騎士として、人の気配を読むことに長けたクリスの感覚を、先ほどから刺激しているものがある。
 背中に、首筋に、絡みつくような視線。
 もちろんそれはパーシヴァルのもの。
 これで集中しろというほうが無理な話だ。
「……パーシヴァル」
「なんですか?」
 耳元で声がして、ひ、とクリスは体を震わせた。
 クリスが視線ばかりに気をとられている間に、移動していたらしい。
「その……後ろに立つのはやめてくれないか?」
「邪魔は、してませんよ? おとなしく立っているだけです」
 男が囁くたびに吐息が耳にかかる。
「それのどこがおとなしいんだ」
「おとなしいですよ? こんなに綺麗な貴女の後ろ姿を見て、触れることすらしない」
 触れるよりたちの悪い視線をクリスに絡ませながら、男は言う。
「パーシヴァ……!」
 しびれを切らして振り向いたクリスは、パーシヴァルの黒い瞳とかちあった。唇が触れそうなほど間近に彼の顔がある。
「……」
 ため息一つ。
 それから、クリスは自分から唇を重ねた。
「悪かった。私の負けだ、仕事はやめる」
「いいんですか?」
「確かにお前の言うとおり、明日の朝やってもかまわない内容だしな。それに、お前の視線を感じながら書類を仕上げるなんて無茶なこと、私にはできそうにない」
「私は待っていただけですのに」
「全然待ってないだろうが」
 くす、とお互い笑い合って、二人はもう一度キスを交わした。
 書類をその場に置き去りにして彼らは部屋を後にする。その後、戻ってきたのは翌早朝だったとか。

挑戦的な題名の割にいちゃいちゃあまあまパークリ。
もーあてられるくらい甘いっす。
一番当てられているのが私だったり……


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