優しい男

「ラズリルの次はミドルポートか……次から次へと元気なことだな」
 キカは呆れ顔でつぶやいた。
 海賊島の隠し港、洞穴を改造して作られた海賊どもの(ねぐら)の最奥にある彼女の私室に低い声がわずかに響く。
 部屋の中央、彼女の目の前のテーブルの上には海図が広げられていた。四角く切り取られた海の姿は、オベルを中心とした群島諸国連合を表している。
 地図は、ところどころ赤く塗られていた。
 それは襲撃の記録だ。
 真の紋章をめぐる戦争が終結して一年。
 一人の英雄を中心にばらばらだった群島諸国がまとまったことによって迎えられたはずの平和はいとも簡単に乱されていた。
 原因は今急速に失われつつある技術……紋章砲だ。
 偉大なる魔法使いにより開発された禁断の異界の砲弾、紋章砲。
 海洋戦略を大きく変えるほどの威力を持つ武器なのだが、この砲弾を作る技術が戦で失われてしまったのだ。
 消失させたのはほかでもない、キカ達罰の英雄の仲間だ。その時の判断は間違っていなかったとは思うが、予想通りに発生した暗雲が群島諸国を包む速度は予想外に速かった。
「襲撃の進む方向は北東から南西へと移動しています。やはり襲撃者の侵入元はクールークでしょうね」
 キカの傍らに立ち、地図を眺めていたシグルドがいつもの落ち着いた口調でそう評した。
「だろうな。ガイエンは今の群島諸国に興味はない、諸国内部は戦災復興に忙しい……騒動を起こす余力があるのはクールークくらいだ」
「今は単発的な争いですんではいますが、今後戦火が広がる可能性は高いでしょうね」
「争いの道具を手に入れるために争う……か。愚かしい話だな」
「負ける気はないのでしょう?」
「当然だ」
 シグルドは柔らかくほほえむと頷いた。
 キカは軽く目を閉じる。
 戦が近い-------------
 ぴりぴりと感じる緊張感に、キカは昂揚した。
 拳に力が入る。
 熱が身体を駆けめぐる。
 戦いの予感がキカに生を実感させる。
 キカは苦笑した。
 戦いを望み、あまつさえ喜びさえ感じるキカは根っからの海賊だ。
 ずいぶんと壊れた女に育ったものである。
 そういえば、とキカはふと思った。
 昔はこれほど戦いを望んではいなかったように思う。
 むしろ恐れていたといってもいい。
 戦支度をしてこの港から出て行く海賊どもを見るたびに怖かった、そんな時が確かにあった。
 あれは。
(エドガーがいたからか)
 海賊王エドガー。
 それはかつての恋人の名前でもあった。
 あのころのキカにとって、エドガーは海賊の王であり、ただ一人の男であり、全てを支配する神でもあった。
 キカはただただ彼を失うことが怖くて、争いが怖かった。
 愛したのは、戦いの中で敵を倒す彼であるにもかかわらず、だ。
(結局、甘ったれなんだな、私は)
 だから一人が怖くてしょうがない。
 あの恋が自分の最大の恋だったことは確かだが、とても重かったことも確かだ。
 そんな自分が、今何故戦うことができるのか。
 それは。
「キカ様、寝酒に一杯どうですか?」
 作戦会議は終了、と判断したシグルドはいつものようににこにこと笑いながら戸棚からグラスとワインを取り出してきた。
 キカは目を開く。
「ああ、そうだな」
 今キカが戦うことができる理由。それは目の前にいる男のおかげだろう。
 張り詰めるキカに常に寄り添う影のような男。
 彼はどんな時にもキカを支えてくれる。
 主張するでなく、遮るでなく、ただキカの背中を守る優しい男。
「キカ様?」
 シグルドがワインをつぎながら怪訝そうな顔でキカを見た。
 どうやらじっとシグルドのことを見つめていたらしい。
「どうされました?」
「ん? ああ、たいしたことじゃない」
 キカは苦笑した。
 エドガーを愛していた自分も、やはり自分だが。
「お前が好きだなあと思っていただけだ」
 今の自分にはこの男が一番いいのかもしれない。


 派手な音をたててシグルドがワインのボトルをひっくり返したのは、このすぐ後のことだった。


久々の小説更新ですー。
今回のお話はラプソディア開始時設定のキカ話です。
ちょっとモノローグ多め。
ラプソディアでキカ様が意外に待つ女で、4の時の男前ぶりとギャップがあったもんで。


いやあよく考えたら半年近く書いてなかったんじゃないだろうか。
一応書きたいネタはあったのですが、ゲームのほうに注いでいたので。

しかし、しばらくまともな小説を書いてなかったから、腕がなまってるような。


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