キーワード「すれちがい」

下僕達の憂鬱


「……はあ」
 ハルモニア神聖国神官将ササライの下僕、ディオスはため息をついた。
「困ったっスねえ」
 ティントの無敵女王様リリィの下僕その1、リードがリーゼントを揺らして頭を振る。下僕その2、サムスが頭をかいた。
「といっても、今日中にはなんとかしないと」
「なんとかってどうするんです?」
 ディオスにきかれ、サムスは浅黒い顔をゆがめる。
「う〜〜〜〜〜ん」
 ビュッデヒュッケ城の裏手。あまり人の来ない牧場の隅で、三人は先ほどから一刻近く、顔をつきあわせてはうんうん唸っていた。大の男がよってたかって、端からみれば、随分異様な光景である。
 そこへ、その異様さに面白みでも覚えたのか、一人の人物がやってきた。
「お前ら何やってんだ? 随分暗いが」
 ササライ様と吸血鬼の始祖様、二人のご主人様の下僕を掛け持ちで勤める苦労人、ナッシュだ。いつもの飄々とした笑い顔に、ディオスは、すがるような顔になった。いや、本当にすがりついた。
「ナッシュさん、助けてください!」
「はあ?」
 いきなりしがみつかれて、ナッシュは困惑する。
「ちょ、ちょっと待て。なんだってんだ」
 ディオスは、ナッシュを自分達の輪の中に加えて座らせた。この男、運不運はともかくとして、頭は大層回る。
「三日後に裏の船の上で、パーティーが行われるのは、ナッシュさんも聞いているでしょう?」
 ディオスが言った。ナッシュがうなずく。
「ああ、ゼクセン、ハルモニア、ティント……その他もろもろ、増えた面子の親睦会で、ダンスパーティがあるとかないとか。そういやお前らここでうなってていいのか? 準備にかりだされてたんじゃ」
「その準備が問題なんスよ!」
 サムスが頭を振った。リードが渋面になって口を開く。
「それで、お嬢さんのドレスを用意しなくちゃならないんスけど、一向に決まらなくて」
「リリィ嬢ちゃんにはよくあることだろ」
「それがですねえ……ササライ様も決まらないんですよ」
 ディオスの声が暗くなる。
「はあ? あいつなんざ適当に軍服着せて放り出せばいいだろうが。しかもリリィ嬢ちゃんとそれがどう関係してくるんだ」
 下僕三人は大仰にため息をついてみせた。
「ササライ様が『リリィ嬢をダンスに誘いたいから、彼女のドレスの色を調べて来てよ』って」
「お嬢さんが『どうせササライの奴がダンスに誘いに来るから、恥をかかないようにしたいの。あいつの服の色を調べてきてちょうだい』って」
 ずる。
 ナッシュがこけそうになったのは当然である。
「あ、……あほかあいつらは」
「でも事態は結構深刻なんですよ? 注文するなら今日中には決めてもらわないと、間に合わないんですから」
 ディオスが涙目になる。
 二人とも、気にしているのかどうか分からないが、今回の戦では国の顔、外交官の役割も振られている。ドレスが間に合わなかったから出席しません、では通らないのだ。
「ん……んー、まあそうだなあ……」
 鶏が先か、卵が先か。
 どちらかがあきらめてドレスを適当に選べばすむことなのだろうが、ぎりぎりまで粘ってしまった以上、二人は恐らく引かないだろう。
 意地の張りっぷりは二人とも同レベルである。
 首を傾けて一瞬考えた後、ナッシュは三人に笑いかけた。
「ああ、いい方法がある」
「本当ですか、ナッシュさん!」
 ナッシュは、お得意の人の悪い笑みをにやーり、と浮かべた。
「お前ら、あの二人がそろって着るとしたら、どんなドレスが似合うと思う?」
「え? 二人が……っスか?」
 リードが腕組みをして唸った。サムスも似たような仕草で首を傾ける。
「リリィ嬢には……青紫なんてどうでしょうかね?」
 ディオスが言った。
「ああ、瞳の色が紫っスから、似合うと思います。それにあわせてササライ様はぐっと色を落とした紺なんてどうスかね」
「そうそう、それで、お嬢さんの着てるドレスと同じ青紫の、ラインと刺繍をアクセントに加えて」
「それはリリィ嬢のドレスが引き立てられて、映えますねえ」
 盛りあがっている下僕達を、ナッシュは笑う。
「じゃあ、そうしてしまえばいい」
「そうするって……ナッシュさん?」
 ディオスがぽかんとした顔で、ナッシュを見た。
「だーかーらー、それを着るように仕向けちまえばいいんだってば。ディオス、お前さんは『リリィ嬢は、青紫のドレスを着るようですから、紺の衣装はどうでしょう』って伝えて、リード、サムスは『ササライ様は紺の衣装を着るようですから青紫の衣装はどうでしょう』って言うんだ」
「嘘つけってことっすか?」
 リードとサムスは、異口同音に叫んだ。ナッシュは彼らの顔の前でちっちっち、と人差し指を振る。
「嘘も方便。どうせばれっこないって」
「どうしてそう断言できるんっスか?」
 サムスはナッシュを見上げた。ナッシュはウィンクを返す。
「考えても見ろよ。あの意地張り大魔王と女王様が、『あなたのためにドレスの色を合わせたの』なんて言うと思うか?」
「「「思いません」」」
 下僕達四人は笑いあった。



 三日後、満足そうな顔で、青紫のドレスを着たリリィ・ペンドラゴン嬢と、やはり満足そうな顔で紺の礼服を着たササライ様が、二人ダンスを踊っていたが、これはまた、別の話。



す、すいません
令嬢まつりなのに、
御令嬢がひとこまもでてきません
あれ? おかしいな?
御令嬢、ドレスで颯爽と登場な話だったはずなのに……
せめてのおわびにイラストをつけてみました

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