あなたにそこにいてほしい

「ぬくぬくと生きてるあんたなんかに、あたしの何がわかるっていうのよ!」
 叩きつけられた言葉は、刃そのものだった。
 心を切り裂くためだけの言葉はフヨウの胸をざくりとえぐる。
「それ……は」
 目の前の女は、ぼろぼろと涙を流しながら、フヨウを睨み付けた。
 彼女は、フヨウの勤めるオボロ探偵事務所の客の一人だった。
 行方不明となっていた彼女の子供を捜してほしいと願った女。
 しかし、その調査結果は子供の命がとうについえていたを示すものだったのだ。
 事務所にて報告された内容にショックを受け、呆然とした彼女に声をかけようとしたフヨウに女は呪いの言葉を吐いた。
 す、とオボロが滑るようにフヨウの前に移動した。
「奥様、悲しい知らせではありますが、事実は事実です。お受け取りください」
「……っ」
 ばしりと調査費を机の上に叩きつけ、女は事務所を出て行った。
 シグレがその後ろ姿を見送る。
「……激しい人だったなー」
「あれだけ怒る気力があるのなら、自ら命を絶つことはないでしょう。彼女を支える家族もいらっしゃることですし、気持ちがおさまってくれることを祈りましょう」
 オボロはほほえんでフヨウを見返る。
「フヨウさん、お茶をいれていただけませんか?」
「あ……はい!」
 フヨウは顔を上げるとぱたぱたと厨房へと走り込んだ。

「フヨウさん」
 その夜、夕食後にぼんやりとしていたフヨウにオボロが声をかけた。
 フヨウが顔をあげるとオボロが、そして隣のソファで居眠りをしていたはずのサギリとシグレもこちらを見ている。
「どうされました? 今日はずっと気分が優れないようですが」
「え……っと、それは」
「あの女のことは気にしなくていいんじゃねえの? 多分誰にでもおんなじこと言うぜ?」
 落ち着くまでほっとくしかねえんだよ。
 そう毒づくシグレにフヨウはほほえんだ。
「違うわ、シグレちゃん。私が気にしているのは別のことなの」
「別か?」
「ええ。私は、確かに恵まれた家庭でずっと幸せに育ったわ。だからあの人の悲しみは解らない。想像すらできない。同じようにみんなの抱えてる悲しみも解らないの。 ……だから」
「解らなくていいんだよ、アンタは」
 シグレの即答に、ぐ、とフヨウが言葉を失った。
 こらこら、とオボロがシグレの頭をこづく。
「それじゃフヨウさんが誤解するでしょうが! もう、本当に言葉の選び方がなってないんですから」
 フヨウさん、とオボロがフヨウに向き直る。
「私たちが過去味わったことは、本来誰も味わっちゃいけないことなんですよ。だからそれを知らないことを貴方が気に病む必要はありません。私たちだって貴方に伝えたくありません。
確かに同じ傷を持つ者同士で共感することによって癒されることもありますが、私たちが欲しいものはそれじゃない」
「何でしょう?」
「幸せになる方法ですよ」
 フヨウは首をかしげた。サギリがほほえみかける。
「私たちは、フヨウの幸せが解らないの」
「私が、わからない……?」
 オボロがくすくすと笑う。
「そうです。貴方が私たちの闇が解らないのと同じに、私たちは貴方の幸せという名前の光が解らないんです。
フヨウさん、あなたは幸せに育った。だから誰よりも知っているはずです。幸せとは何なのか、人はどうすれば幸せになれるのか」
「フヨウ、あんたは幸せでいてくれればそれでいいんだ」
「貴方の幸せが私たちに幸せを教えてくれるのですから」
 ね? とオボロにほほえみかけられて、フヨウは泣きそうな笑顔になった。
 幸せを知らない彼らが悲しくて。
 幸せになろうと足掻いている彼らがいとおしくて。
 幸せのために自分が必要とされていることが嬉しくて。
「わかりました! みんなで幸せになりましょうね!」
「ええ、もちろんです」
「じゃあ手始めにおいしいお茶をいれましょうね。みんなでおいしいものを食べるのはとっても嬉しいことだもの」
 笑うフヨウに、三人とも幸せにほほえんだ。


企画のときはときどき書いてましたけど、
5部屋用に書いたのは始めての探偵話。
探偵一家にとってフヨウさんがどう必要とされているのか
そんなお話です。

幸せに育ったフヨウさんだからこそ与えられるものもあるのだと思います。




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