運命

その時、俺は本当に死んでもいいと思ったんだ。

「嘘でしょう……兄さん……」
 燃え盛る炎を見つめながら、アップルが呆然と呟いた。木と油と、人の燃える嫌なにおいが煙と一緒に 立ちのぼっている。目の前は、火の海だった。
 ハイランド領の国境付近に、彼等は陣を敷いていた。 皇王ジョウイの率いるハイランド軍との最後の決着をつけるため出陣したのはつい三日前。まずは国境付近でレオン=シルバーバーグとぶつかったのだ。ある意味ジョウイ以上厄介なレオンに対しシュウは極秘作戦を展開した。リーダーにもその詳細を明かさないその極秘作戦を妙に思う者がいなかったわけではないが、その作戦をたてたシュウは今まで何度も同盟軍を救った名軍師。リーダー以下、皆信頼して兵をまかせた。だが、その結果 はこれだった。
 フリックは、うろたえるアップルを横目に、妙に冷めた気分で周りを見回していた。
  軍師の作戦はある意味正しい。他の軍師に作戦をたてさせても、多分これ以上の作戦をたてることなどできないだろう。だが、犠牲が大きすぎやしないだろうか? 実際、正軍資を失ったことで、兵に動揺が走っている。そして更に……。
 フリックは後方に立つリーダー、を振り返った。
 ナナミの死後、彼を叱咤し、最終決戦へと兵を出させたのはシュウだ。彼という支えを失い、またの精神状態が不安定になる 可能性は十分にある。正軍師に続き、リーダーまで使い物にならなくなったら、この軍は空中分解してしまう。それが、いくら勝利目前のことであっても、だ。人の生き死にの悲しみとは別 のところで、フリックこの状況を分析していた。
 リーダーは、無表情に炎を見つめていた。その顔からは悲しみも驚きも伺えない。だが、その無表情こそが、彼の受けている衝撃をあらわしているように思える。
「リーダー、大丈夫か?」
「軍を率いてこのすきにルルノイエに攻め込んでいけるぐらいには」
 堅い返事。頭のいいこの子のことだから、シュウが何を思ってこの行動にでたかは分かっているのだろう。そして、今悲しみにくれているわけにはいかないことも。その点だけ見れば、彼はアップルよりずっと大人なのかもしれない。
「そんな……シュウ兄さん、まさか私が選んだあのカードが……!」
 アップルが叫ぶ。
「アップル、軍師が無闇に感情をあらわにするものではない」
 聞き覚えのある声がした。低く聞きやすい、尊大な声。
「シュウ!」
「シュウ兄さん……生きて……!」
「あの時点で俺の仕事は終わっていた。別に死んでも良かったのだが、おせっかいが一人いてな」
「ひでえな。命がけで助けたんだぜ?」
 お互い、悪態をつきながらシュウとビクトールが茂みの中から出て来た。二人ともすすまみれで真っ黒である。どこか怪我をしたのか、シュウはビクトールに肩を貸してもらってやっと歩いている状態だ。
「良かった……本当に良かった……」
 アップルの目にじわりと涙が浮かぶ。しかしシュウはどこまでもいつものシュウだ。
「アップル、あとのことは任せた。俺は疲れたから少し休ませてもらう」
「はい! シュウ兄さん!」
 ぱっと顔を輝かせてアップルが返事をした。それを見てから、シュウはそのまま退場……しようとした。その時。
 ばきっ。
 壮絶な音と共にシュウが吹っ飛ばされた。
「シュウ!」
 殴ったのはだった。
、どうしたんだ一体!」
 突然暴走を始めたリーダーを止めようとしたフリックとビクトールは彼のあまりの剣幕に口を挟むのを止めた。温厚なリーダーが初めて見せる、本当の怒りの表情。
「この大馬鹿野郎!」
殿……」
 は、シュウの胸ぐらを掴んだ。
「貴方の仕事は終わったって? 死んでも良かったって? 勝手なこと言わないでよ、この馬鹿! 僕達がやってるのはただの戦いじゃない。戦争だ! そう言ったのは貴方でしょ? ハイランドに勝ったってそのあとまだしなきゃいけないことは沢山残ってる。貴方はまだ必要な人間なのに! ……勝手に納得して勝手に死にに行く人なんて、もう、ひとりで十分だよ……」
 の顔がくしゃりとくずれた。怒りの表情が悲しみのそれへと変化する。
「大体……ナナミにキバさんに……死んでほしくない人にもう何人も死なれてるのに……これ以上、貴方に死なれたら、僕は……」
 の目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれた。 同盟軍のリーダーでもなんでもない、ただの十五歳の少年が泣いていた。
「すいません……」
 殴られた顔はそのままにして、シュウはを抱き寄せた。激しく泣き過ぎて、しゃくりあげはじめている背中ぽんぽんと軽くたたいてやる。
 その様子を見ながら、フリック肩を竦めた。
(全く、これじゃ馬鹿と言われてもしょうがないと思うぞ、シュウ)
 人にどれだけ必要とされているかも知らず、死のうとしたのから。
(まあ、それぐらい思ってくれる君主のためだから、命をかけてもいいと思えたのかもしれないけれど)
 泣いていたリーダーは、すぐに平静を取り戻した。シュウの煤だらけの服から顔をあげると、目もとを乱暴に拭う。
「僕は戦線に戻るよ。ルルノイエに攻め込むのなら、できるだけ早い方がいいもんね」
「ええ」
「だけどシュウ、覚えておいてよ。今度こんなことをしたら二度と許さないからね!」
「はい。もう二度とこのようなことはいたしません」
「約束だよ!」
 念入りに釘を刺しておいてから、はその場を去った。なんとか気力だけで立っていたシュウはビクトールに再び肩を貸してもらう。
「やれやれ、痴話げんかは終わりかい?」
「ビクトール、お前その言い方はよせ」
「似たようなもんじゃねーか。しかしあれだね、二度と許さないとか言ってたけど、の気性だとまた泣きながら怒って、許しちまうんだろーな」
「だったらこんなことを二度と起こさないようにすればいいだけの話だ」
「そうか? また同じような状況になったら、あんた同じことををすると思うけど」
「な……」
 その場にいた人間が、思わずぶっ、と吹き出した。

大昔サルベージSS
一応受けですが、私の書く主人公は男の子なので、
気は強いし怒れば手も出る。

……って、そういえばシエラさんもリリィさんもクリスさんも怒れば手が出るような……


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