花は、花

 ビュッデヒュッケ城の夜が更ける。
 夜風が通り過ぎる城の屋上で甲冑姿の男が二人、たたずんでいた。
 一人は金髪の巻き毛。厳しそうな眉をぎゅっと寄せ、顔を歪めてなにやら考え込んでいる。もう一人は黒髪。髪と同じ漆黒の瞳を城の裏手の湖の方へと向けている。その端正な顔には表情がなく、何を考えているのか、そこからは何も窺い知ることはできない。
 金髪の青年、ボルスが相方のパーシヴァルに声をかけた。
「なあ」
「何だ?」
「どうしたら、いいんだろうなあ」
 何が、とはパーシヴァルは聞かなかった。この男の考えることは、熱烈に敬愛し奉る騎士団長、クリス様のことしかないのだから。
「また……手の届かないところに行ってしまった」
 ボルスはため息をつく。
 先日、真の紋章の破壊者との戦いのさなか、クリスは真の水の紋章をその身に宿すこととなった。父ワイアットから託されたのだという。
 紋章が与える、その力と意味、そして不老。
 ゼクセン騎士団長という侵し難い地位に加え、新たに得たその力は、彼女という花をより高嶺へと押しやったような気がする。
「……」
 パーシヴァルは返答をしない。
 だが、彼もまたボルスと似たようなことを考えている。いつもの余裕ぶった笑みがないのがそのいい証拠だ。
 沈黙を破ったのは、いかにも能天気そうな声だった。
「お? なんだなんだなんだこんな時間に男が二人で。寂しい構図だなあ」
「ナッシュ?」
 あはは、と笑いながら屋上へやってきたのは金髪ナンパ男、ナッシュだった。一見ただの優男だが、ハルモニアの特殊工作員という裏の顔をもつ彼は、なかなかどうしてくせものである。かなりの童顔で、今年三十七だというが、どう見ても三十前後にしか見えない。
 二人は身構えた。
 ハルモニアの人間ということとは別にして、二人にはナッシュを嫌う理由があった。彼は、こともあろうに大事な大事なクリス様と二人旅などという実にうらやま……もとい恐れ多いことをしているのだ。しかもそのあとちゃっかり仲良くなってしまい、ことあるごとにクリスクリスとかまっているのである。どうして好きになれよう?
「ナッシュ殿こそお一人でどうしたのです?」
 パーシヴァルがきくと、意外なことにダメージをうけたらしい。屋上の手すりに体を預けると、がっくりと肩を落とす。
「どーせ俺はふられ虫ですよーだ」
「まただれかにちょっかいをかけてふられたのか? あんたもこりない人だな! 大体妻がいるくせに女の人を誘うのが間違ってるんだ」
 ボルスがここぞとばかりに吼える。ナッシュは体勢はそのままに、軽く手を上げて振った。
「あー違う違う。今回は、カミさんと喧嘩したの」
「奥方と?」
 パーシヴァルが目を丸くした。ボルスも吼えていたその口を開けたまま止まる。
「本当にいたのか?」
「……いるって何回言ったら信じてくれるんでしょーね、おまえさんがたは」
 やれやれ、とナッシュは体を起こす。
「せっかくいい雰囲気までもっていったっていうのに……あーあ、どっかいっちまうか戻ってくるかは……七・三? いや八・二かな?」
 ぐちぐちといい始めるナッシュのその姿はどこかすすけている(いや、本当に雷をくらったせいですすけていたりもするのだが)。
「本当にいらっしゃったのですね、奥方は。もし戻っていらしたら、今度一緒に夕食でもいかがですか? クリス様も一度お目にかかってみたいとおっしゃっていましたし」
「あ、それは遠慮させてもらうよ。なにしろカミさんはすこぶるつきのイイ女でね。見せて惚れられても困る」
「何を馬鹿な! 俺はクリス様ひとす……」
「ボルス」
「……あ」
 ボルスは顔を赤くして、自分の口をふさいだ。くく、とナッシュが笑う。
「そうだ、こんな夜中に会ったのも何かの縁だ。一緒に酒でも飲まないか?」
「酒ぇ?」
 言外に「なんであんたなんかと」と大書きして、ボルスが言った。ボルスはもともと好き嫌いがはっきり分かれている人間だ。嫌い、と色づけした人間にはとことん冷たい。
「まあ座れよ。この間ルシア族長からせしめた最高級の火酒があるんだ。うまいぞ?」
 そう言って、ジャケットの中から琥珀色の液体の入った小瓶を取り出す。そして、グラスを三つ、つまみが四種類。更に氷までもが懐から出てくる。
「おいパーシヴァル、あいつ……ジャケットしか着てないよな?」
「袋の類も持っていないな」
 なのに何故そんなに物が出てくるのか。目の前の怪異にただ呆然としている二人と尻目に、あっというまに酒宴の席は整えられた。
「座らないのか?」
 とぼけた笑みを浮かべて、ナッシュはそうきいてくる。帰ろうかと迷ったボルスの隣で、パーシヴァルの甲冑ががしゃりと大きな音を立てた。
「パーシヴァル?」
「では一杯頂きましょうか」
 ナッシュと一緒になって座り込んだパーシヴァルは杯をとると前に差し出す。そうこなくちゃ、とナッシュの緑の瞳が笑った。


「あ……うまい」
 おっかなびっくり火酒を口にしたボルスは、思わずそう言った。一瞬くらりとくるほど強い酒だが、香りがいい。そして味の奥が深い。
「だろう? 珍しく賭けに勝ってな、それでもらったんだ」
「どうせいかさまでしょう?」
 パーシヴァルが杯を傾けながら言う。ナッシュが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「なんでそういうことになるんだ」
「あなたの運のなさは折り紙つきですからね。この間なんかパーティの後列にいたのに、モンスターの集中攻撃うけてたでしょ。……ほたるの紋章、つけてなかったですよね?」
「卑怯だぞ、ナッシュ!」
 ボルスが吼える。
「これは大人の知恵ってやつだ。というより知恵で少しはカバーしないと身が持たん」
「確かに」
 パーシヴァルが笑う。ボルスは吼え足りないようだ。
「しかし、このようにいいお酒なら、奥方との仲直りに使ってはどうです?」
「カミさんの話を持ち出してくるとはお前もいやみだね。いいんだよ、あいつの好みは赤ワインだし、第一、一番の好物は俺の……」
 言いかけて、ナッシュは不機嫌な顔になった。なぜか首元を押さえている。
「貴方の何なんですか?」
「そのへんは追及しないでくれ。今考えてて悲しくなった」
「さっぱりわからん!」
 ボルスが頭を抱える。少し酔いが回ってきているのかもしれない。
「そういや二人して何考え込んでたんだ?」
 ナッシュが話の矛先を二人に向けた。今度はボルスとパーシヴァルが不機嫌になる番だ。
「そんなことあんたに関係ないだろ」
「まあ、そりゃそうか。……想像はつくけど」
「なんだと? 知ったような口を聞くな。どんなことだと思ったんだよ」
 ボルスがくってかかる。これほど考えの読みやすい人間もいないのだが。本当に指摘していいものかとナッシュは少し躊躇って、吼える男の相方に目を向けた。
(好きにしてください)
 冷静に酒を飲むパーシヴァルの瞳はそう語る。
 ボルスにとっての本当の敵は実はこの男かも、と思いつつナッシュは言葉を口にのせる。
「おおかたクリスのことだろ? 真の紋章を手に入れた彼女を見て、尻込みでもしたか?」
 ぐ、とボルスがつまる。その顔は耳まで真っ赤だ。
「ほらね、やっぱり」
「……お、おま……おま……っ」
 後が続かないらしい。パーシヴァルはその背中をぽんぽんと叩いてやった。気休めにはなるかもしれない。
「気持ちはわからんでもないがね」
 俺も通ってきた道だし。
 言葉にはださないが、ナッシュの目には一種同情のような感情が生まれている。パーシヴァルは目を細めた。
「随分と、真の紋章をもつ人間にたいして詳しいようですね」
「そういう知り合い多いからな。俺は縁がありすぎだけど」
 奥さんがその人とはさすがに言わない。くい、とナッシュは自分の杯を干す。そしてまた酒を注ぎながら、ぽつりとつぶやいた。
「花は花だ」
「? どういうことです?」
「どんなに長く咲こうとも、どんなに美しく咲こうとも、花は花だ」
 ボルスが不思議そうな顔になる。パーシヴァルは酒をあおる手を止め、ナッシュを見つめた。
「花は何のためにある? それは咲くためであり、手折られるためであり、愛でられるためだ」
 パーシヴァルの視線。ナッシュは笑う。
「それがとんでもなく高いところに咲いているからといって、触れることも香りをかぐこともしないでいるのは大馬鹿だ、ってことさ」
 パーシヴァルの口から笑みがこぼれた。
「それは……けしかけているととってよいのでしょうか?」
「それ以外どうとるんだ」
 くつくつとナッシュは笑う。
「……ふたりだけで何分かり合ってるんだ?」
「ボルス、少しは考えろ」
 パーシヴァルはにべもない。ナッシュはつまみを口に放り込む。
「心は、変わってないですものね」
 ぽつりとパーシヴァルが言った。
「ああ。体質が、少々変わっただけだ」
 ナッシュが答える。
「貴方はそう思いますか……」
「ああ。一番つらいのは、紋章をもった本人だってことを忘れるなよ。クリスにとって、俺達はかりそめの存在になってしまったのかもしれない。だがな、だからといって、俺達が自分で身を引いていってしまったら、あいつはかりそめの夢すら手に入れられなくなってしまう。そうすりゃ、あいつは誰と心を通わせればいいんだ?」
「そう……ですね」
「ただ一人きりなら、失う悲しみもないなんて言った馬鹿もいたが、それじゃ二人でいる楽しみもないと俺は思う」
 最後の言葉は独白だろう。なぜか言葉に実感がこもっている。
「その「馬鹿」は大切な人ですか?」
 聞かれて、ナッシュは微笑む。
「まあな」
 それ以上は、答えない。ふいに金髪男は立ち上がった。
「さてと、なんだかお前さんの相方が眠そうだから、ここらでお開きにするか」
「え? ……あ、ボルス」
 酒がききすぎたのか、ボルスは船をこぎかけていた。
「これ、引きずっていくのは重そうだからな。完全に寝る前に連れて行かないと」
「やれやれ」
 二人は手早くそのあたりを片付けると、眠そうなボルスを立たせて歩き出す。(その際、あの宴会セットが再びナッシュのジャケットの中に全て収まっていったのだが、パーシヴァルはそれ以上考えないことにした)
 歩きながら、パーシヴァルがくすくすと笑う。
「どうした?」
「いえ、あなたからお説教をされるとは思わなかったので」
「年寄りは敬うもんだ」
 意味もなくナッシュは胸を張る。
「同病相憐れむってやつさ。それに妹がいるせいか、あの年頃の女の子は放っておけなくてね」
 ゼクセンの誉れ高き六騎士の一人、クリスを女の子扱いするのは、この世界でただ一人、彼だけだろう。
「ま、がんばれよ、青少年」
「それで俺は青少年扱いですか」
 わはは、と笑いながら、金髪男は去っていった。残されたパーシヴァルはボルスの体を支えながら歩き出す。その頭の中では、明日クリスに出す遠乗りの誘いの文面が綴られ始めていた。

 

初めて書いた幻想水滸伝3のSSです
まだパーシヴァルの性格がちゃんと固まってません
ナッシュのほうにいれるかパーシィのほうにいれるか
迷ったのですがパークリがメインテーマなのでこっちに
>帰ります!