夢の中なら云える

 目の前に浮かぶ男の顔を認識して、シエラは自分が夢の中にいることに気がついた。
 古びた宿屋の一室で、男と2人。
 男は澄んだ緑の瞳を切なげに潤ませてシエラを見ている。
 彼の体には簡素なパジャマ。視界に入らないが、その下には包帯が巻かれていることをシエラは知っている。
 戦いで傷ついて、それでも男はシエラを案じて愛を囁く。
「俺がもし生きあきて……あんたと一緒に生きてもいいって言ったら?」
 繰り返されるささやかな提案。
 何もかもあのときのままに。
 シエラは幻の男を抱きしめた。
「嬉しい……」
 震える唇で紡いだのは、あのときとは別の言葉。
 本当に伝えたかったもの。
 けれど、自分にまとわりつく闇はシエラにそれを許さなかった。
 だからせめて夢の中だけでも。
「おんしと共に歩めるのならば、どんな闇も怖くなかろうて」
 怖くなくなるのは自分だけ。
 男には重荷になるだけ。
 だから封印していた言葉。
 でも、夢ならば。
 抱きしめた男は、シエラの腰に手を回したまま答えない。
 それもそのはずだ。
 だってこの先は聞いてない。
 どんな反応があるかなどシエラの想像力では夢の中であってもわからない。
「ナッシュ……わらわを愛して」
「うん、愛してる」
 重ねたつぶやきには答えがあった。
「……え?」
 がくん、と揺さぶられる感覚。
 ぎょっとした瞬間、誰かの手によってシエラは夢の中から現実に引きもどされた。
「……ん、ああ?!」
 無理矢理、目をあける。
 そこには夢の中のものより幾分くすんだ金の髪と緑の瞳をした男の顔が蝋燭のあかりに照らされていた。
「……??」
 寝起きで現実と夢が一瞬混同する。
 何が起きたのか混乱していると、男はシエラの頭をゆっくりとなでた。
「大丈夫か?」
「何が……じゃ?」
「随分うなされてた」
 ナッシュはまたシエラの髪をなでる。
 ああ、そうだ。
 思い出した。
 自分は一度は拒否したこの男と再び巡り会い、共にあることを選んだのだ。
 あのときの否定を乗り越えても尚、男は自分を望んでくれたから。
「シエラ?」
「なんでもない」
 気遣う男に心配をかけまいとほほえみかけて、シエラは相手の表情がおかしいことに気がついた。
 えらく上機嫌だ。
 というかやにさがってでっれでれの顔なのだ。
「ナッシュ、おんしどうかしたのかえ?」
「ん? 何も?」
 そのだらけた口元のどこが「何も?」だ。
「ナッシュ、隠し立てをするとろくなことにはならぬぞ?」
 男の顎に手をあて、ぎりぎりと締め上げてやると情けない悲鳴が漏れた。
「ふぁ、ふぁにも隠してないって! うなされてたのを見ただけでっ」
「うなされ……?」
「俺は何も聞いてないっ」
 言われて、シエラは自分が最大級の失敗をしたことにきがついた。
「ナッシュ……おんし、わらわが寝ている間に言ったこと、何ぞ聞いておったな?」
「えええ? べーつに? 何もー?! シエラが俺に熱烈な台詞吐くなんてことあるわけないしっ」
「やっぱり聞いておったのではないかっ!!」
「ちょ、シエラ、何をする気だ!! 防具なしのときに魔法を使うなっ!」
「記憶から消せ!!! 今すぐ!!」
「絶対無理ー!!!!!」

ちょっと小さめナッシエ。
ナッシュが夢と間違ってべた甘な台詞を吐くというバージョンで
最初考えてましたが、それではありきたりかなーと。

シエラさん、しがらみという枠がなければ本質は乙女だと思うのです


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