正しい犬の飼い方9

「あれ、今日も出かけないのか?」
 ノックとともに、ボルスの部屋のドアを開けると、部屋の主であるゴールデンレトリバーは不思議そうに首をかしげた。
「お前が非番の日に女と出かけないなんて、珍しいこともあるもんだな」
「たまには女がいらないときもあるさ。いい酒の肴が手に入ったんだが、よくあうワインを一本提供してくれないか?」
「お前の作った肴か?」
 手に持ったトレイを掲げてみせると、ボルスは顔をかがやかせた。ぱたぱた、と尻尾が振られる幻影が見える。俺はにやりとわらった。
 グラスランド地方に対する前線基地の司令塔、ブラス城。堅牢なその城は、住み心地は悪くないのだが、あまり飯はうまくない。(同僚のレオに言わせると、デザート系は結構イケるらしいのだが)自分でいうのも何だが、俺が作ったつまみのほうがはっきりいって旨かったりするのだ。
「イクセ特産のとれたてトマトのグラタンとサラダだ」
「トマトか……肉は何を使った?」
「チキンだ」
「チキンね。じゃあこいつだな」
 一応騎士団の備品であるはずの自室を改造して設置した小型ワインボックスからワインを一本出すと、ボルスはにこにこしながらあけはじめた。
 前線の指揮官となって、もう随分経つ。商店もあるとはいえ、娯楽の少ないブラス城ではこうやって酒盛りをするのがちょっとした息抜きの手段となっている。
「じゃあ乾杯!」
 ボルスの部屋のテーブルを臨時宴会場にして、俺たちはグラスを合わせた。
「ふう……あいかわらずお前はいいワインを持ってるな……って……ボルス、今度の手紙はちゃんと出すんだろうな?」
 ワインを傾けた表紙に、ボルスのデスクの上が目に入って、俺はため息をついた。
「お……お、お前見るなよ!」
 がしゃん、とワインをこぼさんばかりにグラスをテーブルに叩きつけると、ボルスは慌ててデスクの上に広げていた手紙をかき集めた。皺が寄るのにも気にせず、デスクの引き出しの中につっこむ。
「見えるようなところに置いておくなよ」
「うるさいな! 見なかったふりくらいしろよな!」
 そんな無茶な。
 真っ赤になったボルスは、照れ隠しのためなのかどすん、と椅子に座り直すとワインをあおった。
 彼の机の上に広げてあったもの、それはクリスへのラブレターだ。実はボルスの机の上にあるものの中では、珍しいものじゃない。俺が見かけただけでもボルスのラブレターは三十通はある(引き出しをあけたら多分もっと出てくると思われる)。もちろん、恥ずかしがり屋のボルスのこと、一通たりともクリスには届いていない。
 あれだけクリスのことが好きだと主張しているくせに、とことんまで、コイツは最後の一歩が踏み出せないのだ。
 だが。
「……でも、それはそれで羨ましいな」
 俺はワインを傾けてからそう言った。ボルスがグラタンをつつく手を止める。
「パーシヴァル?」
「お前が羨ましい、と言ってるんだよ。ただ一人だけを一途に想うなんてことはできないからな」
「いつも付き合ってる女達とは、そういう風に思わないわけか?」
「思わないな。お互い都合のいいところだけで付き合ってるし」
 この間、それでクリスに叱られたと言ったら、ボルスにも軽く殴られた。
「それはそもそも恋じゃないんじゃないのか?」
「ボルスのそれとは絶対違う、と俺も思う」
 俺はグラスに残っていたワインを飲み干すと、またなみなみと注ぎ足した。
「ふん……とすると、俺は恋をしたことがないのかものな?」
 言うと、ボルスの顔が引きつった。
「あ、あれだけ食い散らかしといて言うことかよ……」
「食ってはいるが散らかしてはいないぞ。別れるときは納得ずくだ」
「論点はそこじゃない。っていうか酔ってるだろう、パーシヴァル」
 開始十五分でもう半分なくなっているワインボトルを見て、ボルスが怒鳴った。俺は苦笑する。
「お前って普段下手な酔い方しないぶん、こういうときタチ悪いんだよなー」
 悪いな。
 たまには飼い主だって、酔いたいときがあるんだ。
「恋って何だろうな、ボルス」
 ぽつりと言うと、ボルスの眉が上がった。
「それは、すればわかるものなんじゃないのか?」
「すればわかるってことは、わからない俺はやっぱり恋なんてしたことがないみたいだな」
「パーシヴァル?」
「言ったろ、お前がうらやましいって」
 俺は笑った。
 ボルスはいぶかしんで俺を睨む。
 朝帰りしたときに、クリスに言われたこと。実は結構引っかかっていたり、はするのだ。
 騎士団に入団して、
 努力して出世して、
 そして、何か足りないものがあることにきがついた。
 仕事に不満はない。
 きっと俺にはあっている職業なのだろう。才能を生かして進のは楽しい。
 そして仲間にも(手はかかるが)不自由はしていない。
 きっと。
 俺に足りないのは大切な誰かだ。
 その者のために、何かを費やすことが出来るほどの相手。
 自分を突き動かす情熱。
 衝動と言えるほどの愛情を、抱いてみたい。
 だから「それ」を知っているボルスはうらやましい。
「努力して、手に入れられるものでも、努力するものでもないのだということは、解るんだがな」
 俺がそう言うと、ボルスはグラスの中のワインの赤を見つめていた。
「俺は……」
「ん?」
「お前はもう、それを手に入れていると思うけどな」
「そうかな?」
「そうだ!」
 断言されて、俺は眉間に皺を寄せた。


ものすごい難産の末に出てきた一本です。
うひ〜〜。

ここにアップできるところまでこぎつけるのに、
実に書き直し5回!!
シチュエーションもプロットも10回ぐらい変更しました……。
ああもう……ああもうなんでまたこんなにプライド高いんですか、パーシヴァルは!!!
プライドの高いパーシヴァルにこんな愚痴を言わせるのがものすごく難しくて
でも、こう考えるシーンはどうしても必要でって……考えていて
思いっきりどつぼにはまりましたともさ!!


難産でしたが、お楽しみいただければ幸いです……。


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