「パーシヴァル! 早く行こう!」
「パーシヴァル、お前なにぐずぐずしてるんだよ!」
前を歩く二人にせき立てられて、俺は深いため息をついた。
「はいはい」
「はいはいって……元気ないな。どうした?」
クリスが不思議そうに俺を見る。
「せっかくのピクニックなんだ、もっと楽しそうにしろよ」
ボルスが、もっと不思議そうに振り返る。
「お前ら……感じないのか?」
「「何を?」」
きょとん、とそっくり同じ表情で問い返されて、俺はふう、とまたため息をついた。
士官学校の休日。
数ヶ月かかってやっとクリスとまともにしゃべれるようになったボルスと、話し相手ができたおかげでよく笑うようになったクリスと、二人に誘われて、俺はピクニックへ向かっていた。
途中、兵舎からビネ=デル=ゼクセの城門までの間を馬を引きつつ歩くことになるのだが……案の定、俺たちは死ぬほど目立っていた。
兵舎を出ていくらもたってはいないが、集めた視線の数は20や30では足りない。
当然と言えば当然だ。
咲きほころびかけた可憐な花のような美貌の癖に勇ましく騎士服を着込み剣を帯びたクリスと、
眼差しがややきつすぎるものの、貴族らしい上品な美青年のボルスと、
自分で言うのも思い切り自慢だが、すっきりとした、しかし女好きのする美形の俺。
こんなにタイプの違う、しかも美形ばかりが一緒に歩いていて目立たないわけがない。しかもクリスに至っては持ち馬が白馬ときたもんだ。
しかし、この鈍感なスピッツとゴールデンレトリバーはさっぱり気がついていないらしい。
……訓練中はどんなに小さな気配でも見逃さないのになあ……この二人。
「もういい……」
うめくようにして諦めの言葉を口にした俺を、見てボルスが「パーシヴァルは苦労性なんだ」と勝手に納得した。
おい、苦労をかけているのはどこのどいつだ。お前が言葉に詰まるたびに俺がどれだけフォローに神経使ってると思ってるんだ!!
俺は軽くボルスを睨んだ。
だいたいボルス、お前クリスのことが好きじゃなかったのか。
せっかくお膳立てをして、話すきっかけをつくってやったというのに、
なんでお前ら二人は俺を誘う。
気に入られているといえば、それまでなのだけど。
通行人から寄せられる羨望の眼差しを感じて、俺はまた頭痛を覚えた。
……まあ、確かに見てくれはかなり豪華な一行だがな……。
「パーシヴァル、お弁当にコロッケいれてくれたか? ゆで卵が入ったやつ」
目をきらきらさせながら、クリスが聞いてくるのはこれで。
「あ、タコウィンナーいれてなかったら烈火剣だからな!」
にっこりと笑ってボルスが言ってくるのはこれである。
はしゃぎまくっている犬二匹を散歩させる飼い主の気分がするのは、当然とは言えないだろうか。
「どっちもちゃんとはいってますよ。それからクリス殿、それはスコッチエッグって言うんです」
まあ…………なんだかんだ言って、餌付けをしている時点で、俺も終わっていることも事実だったりするが。
三人分というには多すぎる弁当を作成するために随分と早起きをしてしまった俺も、馬鹿だ。
「今日の目的地はボルスのチョイスだったな」
俺が言うと、ボルスが得意げに笑った。
「祖母が保養に行っている村の近くなんだが、今薔薇が見頃らしくて」
「薔薇……? えっと……あの……小さい白い花がいっぱいついてるやつか?」
「クリス殿、それはカスミ草です」
……クリスには、まだ恋愛は早いのかもしれない。
無邪気なクリスと、引きつるボルスを見比べながら苦笑いを漏らした。
城門にさしかかると、行く手を遮るようにして、数人の男達が馬をとめ、なにやら話していた。
これだけ大騒ぎしながら歩いていたのだ、彼らに俺たちの邪魔をしている自覚くらいはあるはずだ。
こちらをみながらにやにやと下品な笑いをもらしていることから、わざとだというのはすぐ見て取れる。
せっかく楽しい気分なのだから、こんな下品な連中相手にしなければいいのだが……まずいことに彼らはゼクセン騎士団の白銀の鎧と夕焼け色の騎士服を着込んでいた。
「すみません、申し訳ありませんが通していただけないでしょうか?」
年長者の役割、ということで、できるだけ音便に俺がそう訊ねる。
するとリーダー格らしい騎士がふん、と鼻を鳴らした。
「おおすまん、気づかなくて悪かったな」
大仰に謝って騎士は軽く道をあける。
ほっと通ろうとした俺達に向けて、騎士は一言、言ってきた。
「よく友達を選んでるな? パーシヴァルとやら? 名門貴族と仲良くしていれば自分も貴族になった気がするか?」
「な……!」
ボルスの目がつり上がり、クリスの顔から、表情が消えた。
はしゃいでいた子犬は、一瞬で猟犬へと変貌する。
「騎士殿……我が友に対する侮辱、聞き捨てなりません!」
ボルスが吼える一歩手前のうなり声のような声音で言った。騎士はせせら笑う。
「なに、一個人の感想ですよ」
「何が感想だ!」
怒鳴る、が、騎士は動じない。当然だ。怒らせるための挑発なのだから。
ボルスが一番最初に怒ったせいか、ひどい言葉を投げられたくせに、俺は冷静だった。
一歩後ろで彼らを観察する。
(まあ、クリスとボルスとつるんでいるせいで、似たような陰口をたたかれたことが過去になかったわけでもなし)
こういった、人の生まれを気にする連中は、上の人間に喧嘩は売らないものだ。
だから普通、言いがかりをつけるなら二人のいない、俺単独の場所でやるはずだ。
ということは……
「ランスロット殿、言うだけ無駄ですよ。彼らは田舎騎士の二枚舌に絡め取られてますから」
騎士の部下らしい男が下卑た笑いをうかべながらそう言う。
「……この……言わせておけば」
ボルスは、今にも剣を抜きそうだ。
ん?
ランスロット? ランスロット=サイクル?
聞き覚えのある名前に、俺は眉をよせた。
確か、中堅の新興貴族だったはずだ。そして、クリスが卒業後配属される予定の部隊の……小隊長。
彼女の同僚か、その下につくことになる。
「成る程ね」
俺はこっそりとつぶやいた。
言葉は俺に向けたものだが、その実、攻撃目標はクリスとボルス。卒業する前の、立場が弱い間につぶしてしまおうという腹らしい。
となれば、この喧嘩は彼らに買わせてはまずい。
「ボルス、まあそう怒るな」
俺は、今にも飛び出しそうになっていたボルスの肩を掴んで押さえた。そして静かに剣を抜くタイミングを測っていたクリスの肩も。
「友人を選んでいるのは事実ですし、反論する気はないですよ」
にっこり笑ってそう言うと、騎士のみならず、ボルスとクリスもぎょっとして俺を見た。
「よだれかけをつけないと盛り上がれない男とはお近づきになりたくないですし」
更にいっそすがすがしく笑いかけると、ランスロットの顔から一瞬血の気が引き、それから真っ赤になった。
「おおおおおお、お、お前、何を」
「ああ、まずい。これ、エヴァに口止めされてたのでした。駄目ですねえ、田舎騎士は口が軽くて」
「ききききき、ききき、貴様……」
ランスロットは、言葉を紡ごうとして、失敗するばかりだ。
「そういえばおしゃぶりも……」
「もういい!」
俺がそれ以上言う前に、ランスロットが叫んだ。
「はい?」
そらっとぼけて聞き返すと、顔を真っ赤にしてランスロットは乱暴に道をあける。
「行け!」
怒鳴られて、俺たちは街の外へ出た。
「パーシヴァル……さっきのアレって……そういう趣味ってことだよなあ。お前、そんな話どこから」
門を出てから馬に乗り、木立の中を進んでいると、ボルスが近寄ってきてきいてきた。
「綺麗な情報源、とだけ教えれば十分だろ?」
「……情報網、広すぎだ」
「でも助かっただろう?」
「お前は助かってないじゃないか!」
クリスが、俺の腕を掴んでそう言った。
「さっきのあれじゃ、喧嘩は避けられたかもしれないが、恨みを思いっきりお前だけでかぶった格好じゃないか! お前一人、あとで仕返しされたらどうするんだ!」
「そんなへましませんよ」
軽く笑いかけると、クリスはアメジストの瞳で俺と射抜くように睨む。
「するかもしれないじゃないか。ただかばわれて、お前が一人割を食うのなんて我慢できない!」
「割を食うなんて、一番対処しやすい方法を選んだだけですよ」
ランスロットのような人間相手には、口べたで短気な二人を暴走させて、それこそ割を食うより、自分一人であしらったほうが早い。
笑っていると、クリスに頬を叩かれた。
「馬鹿」
言うが早いか、クリスはそのまま馬に馬をはしらせていってしまった。俺がきょとんとしていると、ボルスまでが、俺の頭を殴る。
「おい?」
「馬鹿」
またもののしられて、俺は混乱した。
難産になってしまいました。
正しい犬の買い方5
クリス、ボルス、パーシヴァルの仲良しなところが書きたかったのですが……
なんかクリスの影が薄いですねえ……
本当は、ロランもサロメも出して豪華な感じにしたかったのですが、
プロットがうまくまとまりませんでした。
ぬう。
次はもっと早く書き上げたいなあ……
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