正しい犬の飼い方2

「なあ聞いたか?!」
 ぱたぱた、としっぽを振りながらやってきたゴールデンレトリバー……もとい、ボルスに声をかけられて、俺は顔をあげた。
「聞いてる」
「お前なあ、俺まだ何も言ってないだろうが」
 不満そのままに、顔をふくらませながら、ボルスはどっかりと俺の前の席に座る。
 ボルスになつかれて早三年。
 士官学校の教室で、俺の前という席はボルスの定位置になっていた。
 歩くときの右隣も。
 つまり、二人でつるむのが習慣になったわけだ。
 当初、うるさいと思っていたボルスのハイテンションももう慣れた。っていうか、手綱のさばきかたを覚えたというのが正しいかな?
 放っておいて騒ぎを起こすルームメイトなら、隣においておいて、手綱握っておくほうが得策だったみたいだ。
 おかげで、ときどき騒ぎに巻き込まれはするが、一年のときのような頭痛のする事態にはならない。
「お前の知ってる噂話くらいなら、大抵知ってるぞ?」
 俺が言うと、ボルスが鼻をふん、と鳴らした。
「言うまではわからないじゃないか!」
「どうかな」
 猪突猛進のボルスと違って、人当たりをよくしているせいか、俺のほうが交友関係は広い。貴族意識の高い連中とはどうしたって仲良くはなれないが、それ以外は大抵オトモダチだ。
「じゃあ、ライトフェロー家のクリスが入学してくるってのは?」
「それは三日前に知ってた。あれだろ? 女性騎士候補。しかも名門の出って」
「……知ってやがったか」
 ボルスが苦虫をかみつぶしたような顔になった。俺は笑う。
「まあ、名門で蝶よ花よと育てられたはずの女子が入学してくるなんて、かなり珍しいからかなり噂になってるぞ。もともと女性騎士少ないし」
「お前、女性だからっていうので覚えてないだろな」
「そんなことはないさ」
 かわいらしいおじょーさんのオトモダチも多い俺を、ボルスが睨んだ。
 いいじゃん、問題にならない程度に女の子と遊ぶのはぜんぜんアリだと思うけど。
「美人? そのライトフェローのお嬢様」
 俺が聞くと、ボルスは首を振った。
「さあ? ライトフェロー家は、結構高位の騎士の家だけど、社交界にはあんまり出てこないからなあ」
「深窓のご令嬢ってわけか」
「それはちょっと違うんじゃないか?」
 ボルスが首をかしげたところだった。
 ざわ、と校庭でざわめきが起きた。
「ん?」
 ボルスが椅子から腰をあげた。
 窓の外をのぞき込んで、そのままの姿勢で停止する。
「どうした?」
「彼女だ」
 呆然とした、ボルスの言葉。彼女、とはやはり今話題になっていたライトフェロー家のご令嬢だろうか。
 同じように窓から校庭を見下ろすと、士官学校の大門をくぐり、職員棟へとまっすぐに進む銀髪の少女が見えた。
 歳はまだ14、5くらい。
 まだ子供と言ってもいいくらいの年代だ。
 顔立ちは、掛け値なしに「美形」と言っていい。陽の光をはじく、極上の銀糸にビスクドールのように整った面差し。
 だが。
 あれは美女じゃあないなあ……。
 珊瑚色の唇を真一文字に引き結び、背中に棒でもつっこんだかのようなまっすぐとした歩き方をしている姿を眺めながら思った感想はそれだった。
 村に一人はいるんだよな、ああいう、融通のきかなそうな優等生。
 あの細い肘でひじ鉄くらったら痛そうだ。
 クリスを確認するだけして、興味を失った俺は、ボルスに声をかけようとして、やめた。
 俺と同じように校庭を見ていたボルスの様子がおかしかったからだ。
「……」
 姿勢は、最初に校庭を見下ろしたときと全く同じ。
 声を発することも、息をすることすら忘れて、食い入るようにしてじっと校庭を見つめている。
 そうか。
 コイツはこういうのが好みか。
 綺麗だしね。
「まあがんばれ」
 俺がぽん、と肩を叩くと、ボルスは「なにをがんばるんだよ!」と大絶叫した。


パーシヴァル&ボルス学生編な妄想話第二弾です。
一気に三年とんで、クリス様ご入学です。
やっぱヒロインいなくちゃ潤わないしねっ

って、おもいっきり描写に艶ないですが。

結構、当初のクリスって若いときのパーシヴァルの好みじゃあないんじゃないかと。


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