正しい犬の飼い方1

「決闘だー!」
 中庭から響いてきた声に、教室にいた生徒達は一斉に顔をあげた。
「決闘? 暇な奴もいたもんだなあ」
 俺がのんびりとした感想をもらすと、教室から中庭に飛び出そうとしていたクラスメイトの一人が振り返った。
「パーシヴァル、お前行かないのか?」
「別に、決闘っていっても単なる喧嘩だし。もういい加減見慣れたからな」
「淡泊だなあ……」
 俺は苦笑した。
 ここはゼクセン騎士団士官学校。
 ゼクセン連邦成立と同時に創設された、誇り高き騎士を養成する学校だ。近年、グラスランドとの戦いで疲弊した貴族達に加えて、一般市民からの入学も受け入れを始めているというありがたい学校である。
 騎士という、武人を養成する場だから、当然血気にはやったやつは多いし、決闘沙汰なんかは(一応禁止されているけれど)日常茶飯事だ。
 だからいちいち気にするまでもない……はずだったのに。
「三年のヘクトルと、一年のボルスが決闘だーーー!!」
 その声を聞いて、俺は机の上の教材をばさばさと床にばらまいた。
「何?!」
 立ち上がって窓から中庭を見下ろした。そこには、見慣れたくりくり金髪頭の少年が、人垣の真ん中で上級生相手に剣を抜いている。
「あの馬鹿!」
 俺は自分より前に教室から出ていたクラスメイトを追い抜いて、中庭に急行した。
 ボルス=レッドラム。
 俺がこの士官学校に入学して、恐らく最初に覚えたクラスメイトだ。
 ゼクセン貴族の名かでもトップクラスの貴族、レッドラム家の跡取り息子で、寮のルームメイト。そして、頭に脳みそじゃなくて瞬間湯沸かし器が入っているんじゃないか思うくらいのウルトラ短気な大馬鹿だ。
 普通の連中なら放っておくんだけど、喧嘩をしているのがボルスなら話は別だった。
 念のためにいっておくけど、これは俺がボルスを気に入っているとかそんなわけじゃない。
 士官学校での教育は相互扶助。
 寮で同じ部屋を使う俺とボルスは助け合うことが義務づけられていた。
 助け合い、というと聞こえはいいが、かわりに罰も一緒に受けなければならない。つまり。
 ボルスがアホなことをやって停学だの謹慎だのくらったら、俺にもとばっちりが来るってわけだ。
 ボルスはいいよな、貴族だし、親のバックアップあるし。
 だけど成り上がりねらいの俺は士官学校の成績しか後ろだてないんだぞ! 勘弁してくれ!!
 渡り廊下から出て、中庭に入ると少年達は気合い十分、といった形で構え合っていた。
「おい、どうなってるんだ?」
 手近な奴を捕まえて訪ねた。そいつは笑いながら答える。
「お、パーシヴァル、お前も来たか。今ボルスが3でヘクトルが2だ」
「賭の話じゃなくて! 何がどうなって決闘騒ぎになったんだよ」
「あー、ヘクトルがボルスに『家の名前をかさにきたスカシ野郎』って言ったんだよ。んで、ボルスが怒って」
「あの馬鹿……それくらいで剣抜くなよ……」
 俺は、その場に崩れたい気分になった。
 勧善懲悪、颯爽と活躍するすばらしい騎士様に憧れてこの学校に入学した、純粋培養のボルスは名誉を傷つけられることが許せない。
 そして、そのために戦うのを完全な正義だと信じて疑わない困った所がある。
 ルームメイトじゃなきゃ、暑苦しくて一番つきあいたくないタイプだ。
「まあ落ち込むなよ。今回は上級生なのにボルスに剣を抜かせたヘクトルのほうが悪いからな。お前らは罰掃除と今日の晩飯ぬきくらいですむよ。どうだ、一口?」
 胴元らしい上級生が金の入った帽子と、メモを俺に見せた。
「だったら晩飯代でも稼いでおくか。……ボルスに二枚」
「お? ボルスに賭けるのか? 勇者だねえ」
「あいつ、脳みそあんまり使ってないぶん、剣は一流だからな」
 実際、俺の読みは正しかった。
 学年が二も違うというのに、決闘が始まるやいなや、ヘクトルをあっという間に追いつめてしまった。
 キレのある、剣の切っ先が正確にヘクトルの剣を封じる。
「お? 新入生やるなー!」
 周りの人垣も面白そうに成り行きを見守っている。
 と、そのときだ。
 カン! といい音がして、ヘクトルの剣がボルスにはじかれた。
「ちっ……」
「勝負ありですね、ヘクトル先輩」
「この……」
「僕の剣に、家名は関係ありませんから」
 手を押さえてうずくまるヘクトルをボルスが冷ややかに見下ろす。流血もせずに、完全に相手の動きを止める。それはボルスとヘクトルの格の違いを証明していた。
 残酷だけれど。
 ボルスの勝利に歓声が巻き起こり、俺は胴元から金を受け取った。
 そんな俺を見つけて、ボルスがこちらへやってくる。
「パーシヴァル、見てたのか!」
「ルームメイトだからな。見に来ないわけにいかないだろ。罰掃除もつきあわないといけないしな」
「すまん」
 剣をしまいながら頭をさげるボルスを見ていた俺は、次に瞬間、顔をひきつらせた。
 近づいてくるボルスの肩越し、その先で、ヘクトルが立ち上がろうとしていた。
 何故かズボンの裾、足首の辺りに手を入れてから。
 腰をあげた彼の手には、隠しナイフが握られていた。
「……!」
 陽の光をうけて、等身は何故かぎらりと玉虫色に光っている。
 その光り方を、俺は昔故郷の村に侵入してきたカラヤの戦士の刀身に見たことがあった。
「ボルス、危ない!」
 毒だ、と判断する間があったかどうか。俺は短剣を抜いて、ボルスの腕を思いっきり引いた。奴を引き倒すと同時に、ヘクトルの剣を短剣でたたき落とす。
 多分、俺以外の誰も、そんな早業はできなかっただろう。
 間一髪、玉虫色の短剣は誰も傷つけることなく地面に転がった。そして、俺の渾身の蹴りをうけて、ヘクトルが地面に倒される。
「ぐっ……は……!」
「負けを認められないのは、最低だと思いますよ」
「おいパーシヴァル……何が……! ヘクトル先輩?!」
 体を起こして、転がった剣とヘクトルを見たボルスはぎょっとして叫び声をあげた。
 まあ、驚くよな、普通。
 俺だって喧嘩でここまでやると思わなかったし。
 起きあがろうとしたヘクトルを、他の上級生が何人かで押さえつけた。向こうから教師が来るのも見える。
 これだけ目撃者がいるんだ、多分ヘクトルはただじゃすまないだろう。
「ありがとう、パーシヴァル、助かった」
「まあルームメイトに目の前に死なれたんじゃ寝覚めが悪いからな」
 俺が言うと、ボルスは苦笑した。それから、しゃがみ込む。そこには、ヘクトルの短剣がまだ転がっていた。
「こんなものまで隠し持ってたなんて……」
 呆然としながら、無防備に玉虫色の刀身に触れようとしたボルスを、俺は止めた。
「おい、触るなよ。危ないから」
「俺だって騎士見習いだぞ、剣の扱いくらいは……」
『毒が塗ってある』
 小声で囁くと、毒だとは本当に全くわからなかったらしい、ボルスはその大きな目をこぼれんばかりに見開いた。
「な……あ、あいつ!」
「こら、よせ」
 一気に怒りがまた頂点に達したらしい。上級生に引きずられて、教師のところへ連行されていくヘクトルを追いかけようとしたボルスを俺は押しとどめた。
「止めるなよ、パーシヴァル!」
「ほっとけ。どうせ後ろからお前に斬りつけたことでヘクトルは退学なんだから。これ以上騒ぎを大きくして、ヘクトルが完全に再起不能になってもかわいそうだろ」
 まだあの歳で人生終わっちゃうのはさすがにかわいそうだ(といっても、こんな理由で退学になってる時点でかなり終わってるけど)
 言うと、ボルスは先ほどより更に目を丸くして俺を見た。
「お前……今の一瞬でそこまで考えて?」
「騒ぎは遠慮したいから」
 ボルスは一瞬沈黙した。そして、彼の顔に、怒りとはまた違う感情で血が上る。
 俺は嫌な予感がしてボルスから目をそらした。
 おい、勘弁してくれよ。
「パーシヴァル……お前」
 俺はお前みたいなタイプ、好きじゃないんだってば。
「そこまで考えて行動できるなんて……いい奴だなあ……」
 ちらり、と視線を戻した俺には、巨大なゴールデンレトリバーがしっぽを振っている幻影が見えた。
 嗚呼、なつかれた。
 俺はため息をついてから、ボルスの差し出した手に握手を返した。


パーシヴァル&ボルス学生編な妄想話です。
前から、ねたはあったのですが、やっと最終話まで書けるめどが
自分のなかで出来てきたので連載開始です。
パーシヴァルがめちゃくちゃヒネてますが、
これは15歳のやんちゃ絶好調な時期ってことで

しばらくはこの続きと
(連載ものって、続き気になるぶん、続きが止まるのは嫌ですもんね)
サイトをこのページで使っているスタイルシートに統一するのに集中するかもです
ああでもナッシエも書きたいし
無理しない程度にがんばります……

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