ビュッデヒュッケ城デートスポットツアー

「のう、早く行こうではないか」
 その日、俺は久々に恋人と連れだって歩いていた。
「ナッシュ?」
 会ったのは数ヶ月ぶり。だけど、彼女は相変わらず美しい。
 上機嫌に俺の腕に自分から腕を絡ませて歩いているその様子は可愛らしいの一言に尽きる。
 恋人とのこんな甘いシチュエーションにもかかわらず、俺の心は土砂降りだった。
「なあシエラ」
「なんじゃ」
「久々のデートのお誘い……は嬉しいんだが、なんで場所がビュッデヒュッケ城なんですかね?」
 俺は顔を引きつらせてシエラに訊ねた。
 シエラと一緒に歩くデートの場所の名前は、ビュッデヒュッケ城。そこは、真なる五行の紋章戦争のグラスランド連合軍駐屯地となっていた。ハルモニアのスパイである俺の潜入先でもある。
 つまり、俺の職場というわけだ。
 当然知り合いも多いし、発見されればからまれること請け合いである。
「ここは結構おもしろいものが多いと言っておったのはおんしではないか」
「いやそうだけどさ。俺の職場だぜ?」
「何ぞ見られて困るものでもあるのかえ?」
「あんたが一番見られたら困るものだってば!」
 俺は悲痛な声をだした。この戦争で、真の紋章もちっていうのは重要な意味をもつ。そうじゃなくてもシエラはこの容姿だ。37の俺が連れ歩くには少々若すぎて、犯罪者扱いされる(っていうかもう壁新聞で犯罪者扱いされた)。
「なんじゃ、わらわのレディぶりは人前に出せぬほどおかしいかえ?」
「その歳で何がレディだよ……痛ぇ!!」
 思い切り足を踏まれて俺は悲鳴をあげた。
「早う案内せよ。この城の雰囲気は懐かしくて楽しいのじゃ」
「……って言ってもさ」
 正体ばれたら困るだろ?
 心配する俺の言葉にシエラはくすくすと笑う。
「おんしは、久方ぶりに会った恋女房を守れぬほど口下手じゃったかのう?」
「あーそうかよ」
 つまり、『俺が口八丁手八丁でなんとかしろ』と。
 俺はため息をつくと、反論するのをあきらめた。シエラのわがままに勝てないのはいつものことだ。
「とりあえず腹ごしらえでもするか」
 元気を出さないとやってられない。俺の提案に、シエラは笑って賛成した。



「いらっしゃいませナッシュさん!」
 レストランで席についた俺たちのところに、店主のメイミがやってきた。
「やあメイミ、今日も元気だねー」
「ありがとうございます。ところで……」
「今日のおすすめは何だい?」
 ちらちらと、シエラのほうを伺うメイミの視線を解っていながら、俺はあえて無視して訊ねた。
 メイミはじれったそうに答える。
「今日は、チキンのパイ包みシチューがおすすめですよ」
「そうか。それだとちょっと腹に重すぎるな。じゃあ俺におすすめと、彼女にトマトハンバーグを」
「はい。かしこまりました。……ナッシュさん?」
 メイミはじっと俺を見る。
「何かな?」
 俺はにっこりと、わざとらしいくらいに爽やかに笑った。
「その……お連れさんは……?」
「カミさん。注文、繰り返さなくていいの?」
 にっこり。
 笑ったまま俺は答えた。
「え……カミさんって……ナッシュさんその人いくらなんでも若すぎっていうか……」
「ハンバーグ、おいしく作ってね」
 にっこり。
 表情一つ変えずに俺はメイミを見る。
「……っ……そーじゃなくてぇ……」
 にっこり。
 無言の圧力に耐えきれなくなったらしい。メイミは顔を引きつらせたままま厨房へと戻っていった。
「……しばらく見ぬ間に面妖な技を覚えたものじゃのう」
「まあしゃべるだけが能じゃないさ」
「しゃべり魔がよく言う」
「あんた、にきくならこの技使うけど、無駄だろ?」
「確かにのう」
 シエラが無言の圧力に屈するほど、かわいい性格だったら俺は今こんなところで苦労してない。
 メイミ同様、引きつった顔のウェイトレスに給仕してもらい、俺たちは食事をはじめた。
 絶品のトマトハンバーグにシエラがにっこりと笑う。
「うむ……これはうまいのう。ソースといい、肉の焼き加減といい、合格じゃ」
「結構いいだろ? ここ。いつもここで食べてるんだけど、メニューも多くて飽きないしさ」
「食べ過ぎで太るのではないぞ」
 シエラが口をとがらせたので、俺は笑った。
「それで簡単に太れる生活をしてたら……」
「おお、ナッシュじゃねーか!!」
 ばん、と背中を叩かれて俺は咳き込んだ。
「な、エース?!」
 振り返ると、そこにはエースを始め、12小隊の連中が立っていた。ゲド、ワン、ジャック、クィーン、アイラ、と見事に全員集合している。
 うわあ、また五月蠅いのに見つかったなあ。
「お前も昼ご飯か? 暇なら一緒に……って」
 話しかけてきたエースの視線が、シエラのところでぴたりと止まった。
 他の連中もシエラを見つけて同様に絶句している。
「……ナッシュ! どっからこんな美少女連れてきたんだよ!! ちきしょーふられ仲間だと思ってたのに!!」
「勝手にお前と一緒にするなーーーっ!!」
 俺とエースは怒鳴り合った。
 そのすきに、クィーンがひし、とシエラの手を握っている。
「大丈夫? ナッシュにだまされていたりしないかしら。困ったことがあったらこのクィーン姉さんに相談するんだよ?」
「は、はあ……」
「クィーン、人のカミさんに変なことを教えこまないでくれ」
「カミさん?!」
 ワンとエースが同時に叫んだ。
「結婚してるんだから、だましたって言わないだろ? クィーン、手を離す!」
「騙して結婚した、ということもあり得るんじゃねーのか?」
 エースの野郎はまだ首をかしげている。
 そうくるだろうとは思ってたけどさ!!
 ワンがふうむ、とあごに手をあてた。
「大体歳が違いすぎるだろう。ナッシュ、お前年上好みと思っていたが、いつのまにロリコンになった?」
「俺は変態じゃない」
「え? そんなに年下の子と結婚するのって、変態って言うの?!」
 俺が反論していると、アイラが心底驚いて叫んだ。
「……は?」
「そうなのか? エース!!」
「や……まあ……人にはいろいろ愛の形があってだなあ……」
 アイラの純真な目を向けられて、エースはしどろもどろになる。しめた。注意が向こうにむいてくれたようだ。
 俺はほっと息をつきながら、こいつらを追い返す言葉を探す。その方に、ぽん、と手が置かれた。
 見上げると、ゲドがじっと俺を見下ろしている。
「なんだよゲド、あんたも俺を変態呼ばわりするのか?」
「……同類は、わかる」
「そうか」
 シエラとゲドは、同じ真の紋章を宿している。これだけ近くにいて、解らないわけがないか。
 ゲドはシエラに視線を移す。
「……悪友だ。大事にしてやってくれ」
「当然じゃ」
 くす、とシエラが笑うと珍しくゲドも笑ったようだ。
「エース! そろそろ行かないと、席がなくなるぞ」
「しかし大将こんな面白いネタ放っておくのも! 隣に座りましょう、隣に!!」
「馬に蹴られたくない」
「大将ーーー」
 ごねるエースとジョーカー(何故かクィーンも)を無言の圧力で制して、ゲドは奥の席へと移動していってくれた。うんうん、こういうとき頼りになるのは理解ある友人だよな。
 と、ほっとしていたのもつかの間。
 彼らと一緒に席に着こうとしていたアイラがくるりとターンして俺たちのところにやってきた。
「アイラ? どうしたんだ」
「なあナッシュ! その人お前の奥さん、だよな」
「あ……まあ」
 アイラの剣幕に押されながら、俺は答える。
「お前と奥さんって、どれくらい歳が離れてるんだ?」
「……え?」
 質問の意図がわからなくて、俺は聞き返す。俺とシエラの年の差なんて、何がどう彼女に関係あるのだろうか。
「まあ軽く20歳は……」
 シエラの方が年上。
 一部省略して俺が答えると、アイラはぱあっと顔を輝かせた。
「そうか! そうだよな!! 20歳やそこらの年の差なんて関係ないよな!!」
 満面に笑みを浮かべると、アイラは元気よく12小隊のテーブルへと戻っていった。その背中を俺は呆然を見送る。
「何故そんなことを気にしておるのかのう、あのおなごは」
「……アイラって、ジャックと並んでるとちょうど年齢的にも釣り合うし、似合いだなって思ってたんだけど……」
 シチューをつつきながら俺は考える。
 20歳の年の差。
 人のことを勝手ににふられ仲間と認定しやがった悪友の顔が目に浮かんだが、俺はそれ以上考えないことにした。他人の恋愛なんて、関わるもんじゃない。
「……行こうか、シエラ」
 疲れ切って俺がそう提案すると、シエラは苦笑して頷いた。



「カラヤ馬というのが見たいのじゃ」
 食事を終えて、そう主張したシエラのご希望に添い、俺たちは湖のほとりから牧場へ向かっていた。ゆるい上り坂を腕を組んで歩く。
「カラヤの連中が乗ってる馬ことか?」
「そうじゃ。聞けばしましまで大層かわいいとのことではないか。見ねば損ではないか」
 見た目通りの子供っぽいわがままに、思わず笑みが漏れる。
 こうやっているのは楽しいんだけど。
「あれ? ナッシュさんじゃない、どうしたの?」
 やっぱり場所が悪かった。
「バーツ……相変わらず畑仕事に精が出るな」
 俺はシエラとの会話を邪魔した声のほうを向いた。牧場への通り道にある畑で、バーツが今日も元気に草取りをしている。
「畑仕事に休みはないからね。それよりナッシュさんその女の子どうしたの?」
「む、幼女誘拐か!!」
 ひゅ、と鋭く空気を裂く音がしたかとおもうと、トマトの苗の間から大剣の切っ先が飛び出してきた。俺は刺さる寸前で慌ててよける。
「な、何するんだいきなり!!!」
「悪の臭いがしたのだ!」
 がさごそ、と音を立てながらトマトの苗が揺れる。そこから現れたのは、正義のバーサーカー、フレッド=マクシミリアン騎士団長だった。
「フレッド? 何やってんだあんた」
 俺が呆れて聞くと、ほっかむりを取りながらフレッドは胸をそらす。
「うむ。弱き者を助けるのが騎士の勤めだからな」
「草取り終わらなくてぼやいていたら、フレッドさんが手伝ってくれるって言ってくれてさ」
「あー成る程。バーツの手伝いね」
「それよりナッシュ、誘拐は重罪だぞ。成敗されろ」
 納得した俺に、フレッドが剣をつきつけてきた。やばい、目がマジだ。
「ちょっと待て! 誘拐じゃないって! これは俺のカミさん。これはただのデート!!」
 俺の悲鳴に、フレッドは眉根をよせた。バーツも目を丸くする。
「え? ナッシュさんの奥さん? それにしちゃえらく若い……」
「ナッシュの奥方といったか、お前、ナッシュのことを愛しているのか?」
 ずい。
 フレッドは身を乗り出すと、大まじめにシエラに訊ねた。
「え、ええ……大恋愛ですわ」
 358匹ほど猫をかぶってシエラがおっとりと答える。フレッドは何か納得したらしくうんうんと頷いた。
「ならばよし!」
「え? フレッド、いいのか?」
 バーツは不思議そうにフレッドを見た。フレッドはどこまでも大まじめだ。
「愛は正義だ。歳は関係ない。愛し合っているというのならいいのだ!」
「……随分融通のきく正義だなあ……」
 ある意味真理をついている気がしなくもないが、フレッドも恥ずかしくないんだろうか。
「そもそもうちの祖父も36のときに20の若妻をももらったらしいからな。驚くにはあたらん」
「俺が言うのもなんだがダイナミックな家庭だな」
「正義を貫いていると、真実の愛を見つけるのは難しいのだ」
 そう断言するフレッドを見て、俺たちは苦笑した。バーツが実っていたトマトをいくつかちぎって俺たちに渡す。
「まあそういうことならいいや。ナッシュさん、これあげる。奥さんと一緒に食べてよ」
「お、バーツのトマトか。ありがとうな! シエラ、食べてみな。これおいしいから」
「ほう?」
 俺が渡すと、シエラは大喜びで一口かじった。太陽の光をいっぱいにあびたトマトを味わって、シエラはにっこりと微笑む。
「うむ! これは美味じゃ!! これほどのトマトは……トニーのトマトを食べた以来じゃ」
「トニーのトマト?!」
 今度はバーツが驚いて叫んだ。
「ん? トニーがどうかしたのかえ?」
「トニーっていうと、デュナンにいたあのトニー?!」
「……ん、まあそうじゃが」
 バーツの勢いに、シエラが押される。
「いいなあっ! 奥さん!! トニーっていったら農夫の世界じゃ有名人なんだぜ? あの人の作った野菜は最高にうまかったって伝説なんだ!!」
「農夫の業界にも伝説ってあるんだな」
 俺の批評にも構わず、バーツはシエラの手をがし、と掴んだ。
 おい、それは俺のだ!!
「奥さん、そのトニーがどうやって畑を耕していたか知らないか? 使ってた肥料とかさ!!」
「え? あ? そうはいってもトニーが仕事をしている時間帯は大抵棺桶の中で寝ていたから……」
「ナッシュ、お前の奥方、面白いところで寝るんだな」
「フレッド、ちょっと黙っててくれ。おいバーツ、カミさんをはなせよ。デュナンのトニーなら、ベルに聞いた方が早いんじゃないか?」
 ぱ、とバーツは手を離した。
「なんでベルちゃんが?」
「前に聞いてたんだよ。ベルの母親がメグっていって……俺の記憶が確かなら、メグの旦那はトニーって名前の農夫だったはずだ。確か、ベルの生まれはデュナンだったし」
 とすれば、トニーはベルの父親ということになる。父親の仕事の様子を少しは知っているのではないだろうか。ベルなだけに、結構怪しいが。
「えーナッシュさん、なんでそれ早く言ってくれないの!」
「俺だってトニーがそんなに有名人だなんて知らなかったんだよ」
「まあそりゃそうか! よし、そうと決まったらベルちゃんに聞き込みだ!!」
 一人燃える美形農夫に、俺たちは圧倒されて呆然とした。



「ふふふ、たまにはおんしのおかげでよいこともあるものじゃのう」
 くすくすと笑いながら、シエラは上機嫌に歩いていた。その後ろを俺はゆっくりと歩く。俺の手には、トマトと、たっぷりの苺。トニーのことを教えてくれたお礼にとバーツがおまけしてくれたのだ。
「俺はかなり冷や汗がでたけどな。あいつら正確にシエラの言ったことの年代、計算してないといいけど」
「大丈夫じゃろう。バーツは作物にしか興味はなかったようじゃし、フレッドは……正義にしか興味はなさそうじゃったし。祖父そっくりじゃのう、あ奴は」
「あれ、フレッドのじいさんを知ってるのか?」
 シエラは笑うとくるりとターンして俺を振り返る。
「15年前にのう。同じエンブレムをつけておったからすぐにわかったぞえ」
「フレッドのじいさんなら、さぞかし強烈だったんだろうなあ」
 俺が言うと、シエラも苦笑する。
「あれがそのまま歳をとったようなじじじゃったの。じゃが操兵技術はぬきんでておって、その撃破率は傭兵ビクトール隊よりも上じゃったのじゃ」
「うっそぉ」
 俺は素直に驚いた。
 傭兵ビクトール。南のトラン、デュナン二国の建国の英雄だ。
「戦に参加するのが遅かったせいであまり記録に残っておらぬがの。あのフレッドも、意外に化けるかもしれぬぞ?」
「そうかなあ……」
「そうじゃ……と……っつ」
「どうした、シエラ」
 シエラが顔をしかめて立ち止まった。近寄ってみると、髪の毛が木の枝にひっかかったらしい。
「やれやれ、うちのカミさんにも困ったもんだな。木にまでもてるんだから」
「くだらぬことを言っておるのではない」
 シエラは口をとがらせる。立ち止まったまま何もしようとしないところを見ると、俺にとってもらう気らしい。
「はいはい、じゃ、これ持っててね」
 俺は苺とトマトをシエラに渡すと、彼女の綺麗な髪に手を触れた。
 ちぎらないように気をつけて、ゆっくりとほぐす。
「ほら、とれたぜ、シエラ」
 自然によりそったついでに軽く額にキスしようとした俺は……全力で体をそらせた。
 スコン! と音をたてて俺が今までいた空間を横切っていった剣が木に刺さる。
「あ、危ねえっ!! 誰だ!!!!」
「ナ〜〜〜〜〜ッシュ〜〜〜貴様何をしている!!」
 見上げた先には、怒りに身を震わせている、銀の乙女がいた。今日も白銀の鎧が勇ましい。
「ゼクセでは、14歳以下の婦女子にみだらな行為をするのは、同意があっても犯罪になるのですよ」
「この変態め!!」
 銀の乙女の後ろから、彼女専属のシモベ兼同僚、パーシヴァルとボルスが姿を現す。
 ……ま、また融通がきかないのと、わざと融通を利かせてくれなそうなのが現れた……!!!
 俺は、一番見つかって欲しくない連中に発見されるという、自分の運のなさを恨んだ。
「ナッシュ! お前奥方がいるのだろう! それなのに浮気、しかもこんな少女を毒牙にかけるとは、何を考えてる!!」
「や、ちょっと待てよクリス! 俺は別に」
「今、明らかにキスしようとしてましたよね」
 ごまかそうとした俺の退路を、パーシヴァルが的確に断つ。
「こいつのことだから、それ以上のことにまで及ぼうとしていたのかもしれませんよ」
「ボルス! さすがの俺もこんなとこでそこまでするか!」
「じゃあキスくらいはしようと思ってたんだ」
「それは認めるがっ……てっ、そうじゃなくて! クリス、いいかよく聞け」
「なんだ」
 俺が必死になって叫ぶと、クリスはじろりと俺を睨んだ。
「これは浮気じゃない」
「どこがだ。明らかにデートじゃないか」
 俺はシエラを引き寄せる。
「この人は、カミさん。だからデートしてても浮気じゃない」
「……………………」
 クリス達、騎士の長い沈黙。
 ……この程度で、納得してくれるとありがたい、が。
「変態かお前はーーーー!!」
 やっぱだめだったか。
 クリスの抜き身の剣が俺ののど元に突きつけられる。
「俺は変態じゃないぞ……」
「この状況を見て、貴方を正常と判断するのは、同じご趣味をお持ちのギョーム殿くらいのものではないでしょうかねえ」
 はっはっは、とパーシヴァルが笑いながらそう言う。しかし、その目は全く笑っていない。
 常日頃、騎士団にはいい印象を与えていないのは自覚していたけど……パーシヴァル、お前俺を葬る機会をねらってただろう。
「どうせお前のことだ、何もわからぬいたいけな少女を口先三寸で丸め込んだのだろう!」
「そんなことしてねえよ!」
 だいたい、15年前、何もわからないいたいけな俺を口先三寸で丸め込んだあげくに、もてあそんだのはシエラのほうだっての!
「ナッシュ様……私のことを奥方と呼んでくれますの?」
 言い合いをしていた俺たちの耳に……実に数万匹単位の猫をかぶったシエラの可憐な声が届いた。
 って、そのせりふ、どういう意味だよ!!
「ナッシュ……!!」
 クリスの目がつり上がる。
 俺は前進から頭から血の気が引くのを感じながらシエラを見下ろした。
 ちょっと待てシエラ。
 その発言って、それって今の今まで俺がシエラをカミさん扱いしてなかったみたいじゃないか。
 そして、この状況でそれを言ったら。
「お前、浮気相手をとっさに奥方に仕立てようなど、またずさんな嘘をついたものだな……?」
 ふふん、と単細胞ボルスにまでずさん呼ばわりされ、俺は泣きたくなった。
『ちょ、ちょっとシエラどういうつもりだよ!』
 小声で訪ねれば、可憐な表情のまま、シエラから冷たい返答がくる。
『おんし、ゼクセン騎士団長と旅をしておった、とは手紙に書いておったが、おなごとは一言も聞いておらぬぞえ?』
「ーーーーーーーーー!!」
 絶句、という言葉はこういうときのためにあるのだろう。俺は本気で言葉を失った。
 やきもちをやくシエラ、というのには少し憧れていたけれど(この女王様は普段全然嫉妬なんかしてくれない)、状況を考えてくれ!
 殺人のプロ三人相手に俺にどうしろっていうんだーーー!!
「待って、待ってくれクリス! こいつは俺の本命! カミさん! 金がないのとまともな戸籍がないからそれらしいことができてなかっただけ! な?」
 俺はシエラをなだめようと彼女の肩を抱いた。しかし、シエラはわざとらしくうるりと目を潤ませる。
「ナッシュ、様……」
「…………」
 頼むシエラ。その仕草はかわいいが、それじゃ俺がお前をだました悪い男にしか見えなくなるからやめてくれ。
 庇護欲をかきたてられたらしい、騎士達の剣の切っ先が三つ、俺に迫る。
 こうなったらシエラを連れて一気に逃げてしまったほうがいいだろうか?
 装備品を頭で確認していた俺の腹に、腕が回された。
「?!」
 そして次の瞬間、足が浮く。
 背後に立った誰かに、そのまま体を持ち上げられた俺は、勢いそのままに地面へと投げつけられる。
 衝突する寸前、腕から逃れた俺はなんとか受け身をとって転がる。
「な……だ、誰だ!!」
 いきなり俺にジャーマンスープレックスかますなんざ普通できることじゃないぞ!!
 一瞬死にかけたその驚きとともに、睨んだ先には予想外の人物が立っていた。
「ったく人の手から逃れる術だけは相変わらず一級品だな? ナッシュ」
 静かに言い放ったその人物は、真っ青なハルモニア軍将校の制服を着ていた。年は三十半ばに見えるけれど、実は俺より三つ上の四十歳。俺とそっくり同じ金の髪と緑の瞳をしている女性だ。
「レナ……?」
 すらり、とレナの腰の剣が引き抜かれた。
 そして容赦なくたたきつけられる!!
「この、大馬鹿者があああああっ!!」
「うわあっ危ねえ!!」
 俺は必死によけながら走り回った。
「な、なんであんたがここにいるんだよ!」
「ササライ様へ書類をとどけに来たついでだ!! 久しぶりに顔でも見てやろうかと思っていたら、こんなところでもナンパか!!」
「ナンパじゃない! 本気だ!」
「余計悪いわ! 死ねナッシュ」
「嫌だ!!」
 全く、ラトキエの血は争えないってやつか?
 四十のはずなのに、俺と同じく彼女に体力の衰えは見られない。どころか、技術が上がっているせいで、昔よりたちが悪い。
「レナ様! 一体何を……?」
 同じハルモニア将校のディオスがあわててこちらにやってきた。剣の行き場を失って、クリスが呆然とディオスに訪ねる。
「ディオス殿? 一体彼女は?」
「ササライ様の側近の一人で、レナ=スフィーナ様とおっしゃいます。私よりもずっと昔からの部下でして……名門スフィーナ家の当主であられるのですが……なんでナッシュさんと?」
「知り合いのようですがねえ」
 パーシヴァルがあごに手をあてて首をかしげる。
 俺はレナの剣を避けながら叫んだ。
「レナ! やめろよ! 周りが不審に思ってるじゃないか!」
「うるさい! ラトキエ家の面汚しが!!」
「人が偽名を使ってるところでぽんぽん本名を言うなあっ」
「この場でお前が死ねば問題ない!!」
 そんなむちゃくちゃな!
 しかし、レナの剣は迷いなく俺の急所をねらってくる。やばい、目がマジだ。
「妹の結婚を台無しにし、家をむちゃくちゃにしたばかりか、可憐な少女に変態なことをしようなどと! 今度という今度は許さん! 死んで兄様と義姉様にわびろ!」
 レナの渾身の一撃を、俺は短剣で思い切りはじいた。勢いがつきすぎていたせいかレナの剣は、彼女の手からすっぽ抜ける。
「レナ……ちょっと落ち着いて聞けよ」
「何をだ」
 剣がだめなら、と今度は蹴りが飛んでくる。
 頼むから話を聞いてくれよ! こいつら全員を納得させる嘘なんてまだ思いついてないけど!!
 そこへ。
 更に人が増えた。
「どうしたの? 怒鳴り声が牧場まで聞こえてきたけど」
 おっとりと笑いながらやってきたのは、グラスランド連合軍軍師シーザーの教師、アップルだった。俺たちの様子を見て、一瞬驚いたかと思うと、ぱあっと顔をかがやかせた。
「シエラさん!」
「おお、アップルではないか。久しぶりじゃのう。息災かえ?」
「ええおかげさまで」
 アップル女史と、猫をすべておろしたシエラはにっこりと笑いあった。
「アップル殿? その少女は知り合いですか?」
 クリスが驚いて訪ねる。俺以外は、みんな似たような表情だ。
「あら、皆さんもよく知っている人よ? 吸血鬼の始祖、シエラさん。劇場の出し物でよく見ているでしょう?」
「吸血鬼?!」
 クリス達騎士と、ハルモニアの将校二人が絶叫した。
「……だから俺はロリコンじゃないって言っただろうが……」
 力無くつぶやいた俺の言葉なんて、聞こえてないだろうな、たぶん。
「シエラさん、来てるなら来てるで声をかけてくださればいいのに。そうだ、一緒にお茶しません? いいお菓子が手に入りましたの」
「おお、それはよいのう」
 にっこり。
 シエラは笑うと、あっさりとアップルについていった。
 そしてその場には、騎士達とハルモニア人だけが残される。
「……」
 デートを途中であっさりと放棄された俺は、何も言う気力もなく、立ちつくした。
「あー……なんだ、ナッシュ、悪かったな」
 ぽん、とレナが俺の肩を叩いた。
「やめろ」
 俺は彼らを睨む。
 だから!!
 お前ら!
 そんな同情しきった目で俺を見るなあああああああああ!!

お祭りの最終日らしく、幸福なようでいて
ものすごく不幸な話を書いてみました。
他キャラクターも一杯出して、書いてて楽しかったですが、
予想外に長くなってしまって
うっかり裏のほうは書き上がってなかったりします。
だ〜めじゃ〜ん……(汗)
実に二週間ものお祭り、いろいろありましたが楽しかったです。
ナッシュの不幸の代わりに、皆さんに幸福が訪れますように

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