だから

 ブラス城の空を強い風が吹いていた。
 強い風に引きちぎられるようにして、夜空を、淡い色の雲が渡っていく。
 風は、雲ばかりでなく、人もまた運んでゆこうとしていた。
 グラスランドとゼクセンを区切るブラス城前の街道を、銀の髪の女が隠れるようにして抜けていく。金の髪の男を従えて。
 月の光が彼女を照らし出しているのはあと少し。木々にかくされてしまうまでのわずかな時間だけでもその背中を見ていたくてパーシヴァルは目をこらした。
 が
「……〜〜〜〜っ」
 隣に立っている男の盛大なため息を聞いて、パーシヴァルは引き締めていた口元をへの字に曲げた。
「ボルス」
 とがめるように名を呼んだが、ボルスは聞いてない。
「クリス様が……あんなナンパ男と……!」
「ボルス」
「なんだよ」
 何度目かのよびかけで、ボルスはやっと反応した。うるさそうに。
「いいかげんにしないか。これは、クリス様が自分で決めたことなんだから」
「しかし……止めることもさせてくれなかたっじゃないか」
「相談だってされなかっただろう」
 クリスが旅に出ると聞いて、彼女を止めようとしたボルスを、パーシヴァルとサロメは全力でもって止めていた。だから、彼は文句を言っているわけなのだが。
 相談をもちかけない、ということは、彼女は意見を求めていなかったということだ。もちろん、かかえる責任のため、サロメには相談し、背中を押してもらっていたようだが、パーシヴァルにはその時点でクリスの心は決まっていたように思う。
 だから、止めても無駄なのだ。
 平然としているパーシヴァルの様子が、ボルスには気に入らなかったらしい。
「お前は心配じゃないのかよ」
「心配? してるさ」
「嘘だ」
「嘘なものか」
 ボルスはむくれる。
「だったらそんなに平然としてるか? ……お前は、その、そういう意味ではライバルだと思っていたんだが」
「間違ってないさ」
「どこが。じゃあなんで止めない」
「俺は、彼女がそうするべきだと思ったから」
「旅に出るべきだと?」
「ああ」
 パーシヴァルはうなずいた。
「このゼクセンとグラスランドの戦いは、ただの小競り合いじゃない。裏になにかある。解決するためには、リーダーにもっと広い視野が必要だ。そして、覚悟も。だから、彼女は旅に出て自分を探す必要があると思ったんだ。だから俺は止めなかった。サロメ殿も同じことを考えたんだろう」
「だからって……」
「むしろ、この状況でブラス城に閉じこもるような女だったら惚れてないね」
「……っ?!」
 言い切ったパーシヴァルの言葉が信じられなかったのか、ボルスは目を丸くした。その反応が予測できていたパーシヴァルは笑う。
 俺が惚れたのは、あの女。
 温室に咲くただきれいなだけの花じゃない。
 傷も弱さも抱え込み、それでも尚前に進もうとする、強い魂。
 もちろん守りたいけれど。
 守られるばかりの、それで満足しているような花じゃ幻滅だ。
 まず意志があって。
 自分の言葉で、自分の心で進んでいく。
 だから。
 そんな女だから好きなのだ。
 だから、自分で考えてきちんと出した答えを、遮るようなまねはしない。
 第一その程度で考えを変えるような女ならこちらから願い下げだ。
 とはいえ。
「しかし……あのナッシュさんって人、奥さんがいるって言ってましたけど、本当なんでしょうか」
「え、ええ?!」
 ルイスとサロメのやりとりが、パーシヴァルとボルスのにらみ合いを止めた。
 狼狽するサロメを見て、パーシヴァルは初めて困ったようなため息をついた。
(男として、彼女の貞操の危機を心配していたりは、するんだが)
 自分に、彼女に世界を見せてあげるだけの器量も立場もないのはわかっている。この選択に、後悔はない。
 けれど、戻ってきたらあの金髪ナンパ男とくっついていた、なんてことだけはやめてほしい。
 それだけは切に願うパーシヴァルだった。

パーシヴァル視点のパークリ。
お忍びの旅に出る時点で、パーシヴァルは何を思っていたのかな、と
パーシヴァルの考えとの対比でボルスがかっこわるくなっちゃいました
ごめん、ボルス

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