お題「ごはん」
若奥様危機一髪

「おかえり、ナッシュ」
「え……?」

 その日、家に帰ると、シエラがいた。
「し……シエラ?」
「何を馬鹿面しておるのじゃ、はよう入れ。料理に埃が入る」
「あ……ああ」
 俺は一歩後退すると、今入ってきた家のドアと、門構えを見上げた。
 カレリア式の石と土壁で作られた、小さな家。小さいが、風雨に耐えるだけの頑丈さは備えている。
 やっぱりここは俺の家だ。
 まあ家といっても、傭兵隊の指令を待つ間ねぐらにする場所がほしくて借りた、安宿の代わりのような家なのだけど。
 数ヶ月かかってやっと仕事を片付け、一眠りするだけでも……と重い足を引きずって帰り着いたら、シエラがそこにいたのだ。
 シエラ……シエラだよなあ?
 ずいぶん普段と違う格好してるけど。
「ナッシュ! 埃が入ると言っておるだろうが!」
「悪い悪い」
 とりあえず、逆らわないほうがよさそうだ。
 俺は中に入るとドアを閉めた。
 目の前の信じられない状況を観察してみる。
 シエラは、なぜか料理をしていた。
 いつものショールをはずし、かわりに妙にかわいらしいギンガムチェックのエプロンをつけて。フライ返しなんか握っちゃってるその姿は……八百歳を超える吸血鬼だっていうのにかわいらしいの一語につきる。
 なんかどこかの若奥さんっていうか幼妻っていうかいや問題はそこじゃなくて!
 なぜ?
 俺の頭は疑問符でいっぱいだった。
 彼女は、十年近く前、旅先で出会ってとんずらこかれて以来、常に追いかけていた女だった。年に一回か二回、やっとつかまるかつかまらないか。つかまっても、俺に仕事が舞い込んだり、彼女が気まぐれを起こせば即関係は消える。 そんな危なっかしい関係。
 友情とか執着とか、それ以上の感情がお互いにあるということは、確信してるけど。
 それでも、彼女に会おうとするのはいつも俺で、彼女が俺に会いに来るということはまずない。
 まずないことなんだけど……
 今現在シエラは、上機嫌で人の家の台所をいじっている。
「シエラ、あんたなんでここに?」
 目の前の怪異の理由を解明すべく、とりあえず俺は聞いてみた。
「ん? ふとカレリアに足がむいたからのう。おんし、カレリアにねぐらを持っていると言っておったではないか」
「……にしたって詳しい住所までは教えてねえぞ」
「カレリアの酒場で『腕はたつがやたら口数の多い金髪ナンパ男』の居場所を教えてくれとちょっと聞き込んだらすぐにわかったぞえ?」
「まじかよ」
「ちょうど事情通らしい男たちに行き当たったからのう……確かエース……とジョーカー……じゃったかのう」
 俺は眉間に皺をよせた。
 あいつら……スパイの居場所をなぜもらす。っていうか、あいつらにもここを(酒盛りの場所にされるから)教えてなかったはずなのだが。
「にしたって、ここの家の鍵は!」
「ここの大家におんしの婚約者じゃと言ったら快くあけてくれたぞ」
「むちゃくちゃ言うなぁ、あんたは〜〜〜」
 俺は頭を抱えてその場に座り込んだ。
 道理でさっき会った大家の顔が変に笑ってたわけだ!
「変だと思ったんだよな〜〜。いつも無愛想な大家が愛想いいから」
「ナッシュ、暴れるならよそでやってくれるか」
「よそって、ここは俺の家だってば」
「そうじゃったかのう」
「ったく、もうぼけたか……痛えっ」
「天罰じゃ」
 俺の脚を思いっきり踏んだ後、ぷい、と顔をそむけると、シエラは料理をする手を戻す。
「それで……しかもなんで料理なんかしてるんだ?」
 エプロン姿は非常にそそる姿だが、いつも女王様然とした姿ばっかり見慣れてるせいか、情けないことに違和感が先にたつ。
「おんしがそろそろ帰ってくるらしいことがわかったのでな。疲れているであろうおんしに手料理でも馳走してやろうと思っての」
「うっそお」
 反射的にそういうと、ぎろりと殺気を帯びた目で睨み付けられた。
「ほー……では、わらわの手料理はいらぬ、とそういうわけじゃの」
「いや、いります。食べさせてください。お願いします」
 俺は白旗をあげた。情けないとは思うが、実際問題、降参しておかないと目の前で料理を捨てにかかる女だ、こいつは。
 それに、シエラが料理を作ってくれるなんて幸運は滅多にない。
 心からうれしいのも事実だ。
 ただ不幸体質のせいで素直に喜べないのが悪いだけで。
「ほれほれ、もうすぐ料理ができるのだから、その埃っぽい格好をどうにかしてくるのじゃ」
「はいはい」
「はいは一回じゃ」
 俺はため息をつくと、バスルームに移動した。
 埃を含むだけ含んだ服を脱ぎ捨ててシャワーをあびる。ひょい、と鏡に映った俺の顔はわれながらこの上なくしまりのない顔になっていた。
 彼女の手料理。
 下手したら一生(俺の場合大げさな表現ではない)食べられないかもしれないと思っていたものが食べられるのだ。にやけないほうがおかしい。
 しかもあんなエプロン姿で上機嫌に……
 でも下着てないほうがそそ……
 考えが、ずいぶん親父な方向に走ったことにきがついて俺は思考を止めた。
 いかんいかん。三十すぎたといっても、まだおやじくさくなっちゃだめだろう。
 シャワーをあび、さっぱりとして出てくると、食卓の準備は整っていた。
「ナッシュ」
 まだエプロンをつけたままのシエラが、俺を見て微笑む。
 ……。
 貧乏くさいかもしれないけど
「ナッシュ? どうしたのじゃ?」
 たったこれだけなんだけど
「ナッシュ!」
 い、生きててよかった〜〜〜〜〜。
「ナッシュ! 何を固まっておる! 食事が冷めるではないか!」
「いいじゃん幸せにひたってんだよ!」
「この程度でか?」
 シエラが俺を見上げる。俺はその肩に手を回した。
「俺にしたらずいぶんの幸運だよ。仕事から帰ってきたらあんたがいて、しかも飯まであるなんてさ」
「幸せも貧乏性なのじゃのう」
「……そう思わせる第一の原因がそんなこと言うなよ」
 俺はシエラの頬に軽くキスした。
 ああ、でもやっぱこの状況はうれしい。
「シエラ、ありがとう」
「珍しく素直じゃの。はやく食卓につくがよい。食事がさめるぞ?」
「っと、そうだな。作ってもらったものはおいしく食べなきゃ」
 俺はにこにこ笑いながら食卓に着いた。
 テーブルの上に並べられた皿に乗っているのは、ハンバーグと何かのフライ。それとたっぷりのサラダ。
「うまそうだなー」
「デザートもあるのじゃ」
 しかも豪華だ。
 俺はナイフとフォークをとると、ハンバーグにかぶりついた。
 ……ん?
「シエラ……これは、何の肉だ?」
 そのハンバーグは、一風変わった味がしていた。なんていうか……味が濃い。おいしいけど。
「牛肉じゃ」
「え? にしちゃあ……」
「ただし、レバーじゃがの」
「あ、やっぱり」
「臭みがなくて食べやすかろう?」
 にっこり。
 うれしそうに笑われて、俺は背筋に薄ら寒いものを感じた。
「あの……シエラさん? このフライって……中身、何」
「薄くスライスしたレバーじゃ。レバカツといってのう。これも食べやすいぞ?」
 俺は、たっぷり山盛りのサラダをよ〜〜く見てみた。
 そのサラダの材料の大部分は……鉄分沢山のほうれんそう。
「デザートって……何?」
「ヨーグルトムース。プルーンソースがけ」
「……」
 俺は、ハンバーグを切り分けて、口に押し込んだ。
 食べよう。
 食べないと身が持たない。
「シエラ……実は、いろんな意味で、今腹が減ってるだろう」
「うんV」
 そう言って笑った顔が、この上なくかわいいと思えなかったら、俺の人生もっと楽だったんだろうなあ。


当初予定していたSSが、禅問答になってしまったので
急遽別のものを書きました。
せっかくのおまつりですもの、幸せにしてあげなくっちゃ。
でも、最後の最後でおとしていたり……
一週間続いたお祭りも今日で終わりですね。
参加者の皆さん、本当にありがとうございました!
いろいろありましたけど、運営楽しかったです。
これからもナッシュを愛してあげてくださいね〜


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