恥ずかしがりやで、意地っ張りなきみがすき
「う〜…寒いなあ」
俺は、マフラーを口元までひっぱりあげてぼやいた。
分厚く保温性に優れているはずのコートを通して進入してくる冷気をふるい落とすようにぶる、と身震いする。
顔をあげると、目的地はすぐそこだった。
雪に埋もれかかった小道の先の、やはり雪に埋もれかかった小さな家。手入れの行き届いたその家の煙突からは、薄く煙があがっている。人が住んでいる証拠だ。
辺境の地の、何の変哲もない民家。
ハルモニアの工作員が立ち寄るにはあまりに何もない場所。
けれど、俺自身にとってはそこは重要な場所だった。なぜならここは俺が仕事の合間の休暇を過ごすために借りた隠れ家だから。
「ただいま〜」
きしむドアをあけて玄関に入り、服についた雪を払う。
コートを脱ぎながらダイニングに入るとちょうど甘いにおいと……
「遅い」
不機嫌そうな声がとんできた。
「ただいま、シエラ。そう怒るなよ、道が雪で埋まってて町まで行くのに手間取っちまったんだ」
俺は買ってきたものをダイニングテーブルに置くと、台所に立つ少女のそばに移動した。外に積もってた雪と同じくらいに無垢な銀の髪に、白い肌をした極上の美少女。見た目はまだ二十歳にも満たない少女でしかないが、本性は一千年近くの長きを生きる吸血鬼だ。そして俺の最愛の女でもある。
いつからだったか、気がついたらこの家の常連客となった彼女は、俺が休暇で帰ってきているとやってくる。
約束は特にない。
だけど、訪れた彼女を俺は歓迎し、抱きしめる。
そんな危なっかしい関係を俺は気に入ってる。
「おんしが遅いものだから、せっかくのホットココアが煮詰まるところだったではないか」
「ごめん」
腰を抱き、こめかみにキスをする俺を無視しつつ(でも振りほどかない)彼女はココアをマグカップに注ぐ。
ほれ、とカップを渡されて、俺は笑顔でココアを受け取った。
さっきから文句ばかりいわれているが、実際は雪の中を買い物に行った俺のためにホットココアを作って、帰り遅さを心配してくれていたのだから、腹は立たない。
素直じゃないんだ、この女は。
俺はマグカップを持ってダイニングに移動した。
暖炉の前のソファに座ってココアをすする。
「町はどうじゃった?」
マグカップに自分用のココアを入れてシエラもダイニングに移動してきた。
俺は、彼女が隣に座れるように、少し座る位置を移動する。彼女は当然のように俺の隣に座った。その腰に手を回すと軽くつねられる。(でも離してやんない)
「チーズの新作が売られてたよ。あと燻製のいいのが入ってたから買ってきた。それから……チョコがいっぱい売られてたな」
「チョコレートかえ?」
「バレンタインだからな」
俺は短く言うと、シエラから視線をそらした。
どこかの聖人を祝うための、聖なる日。日ごろの感謝をこめてプレゼントをするはずだったその記念日は、どんな因果か意味が転じて、女の子がチョコレートとともに男に愛の告白をする日になっている。
メインは告白だが、当然すでにくっついているカップルでも愛を確かめ合う日となっている。
世間一般の恋人たちにはそりゃあ甘い記念日なんだろうが…。
(シエラが素直にくれるわけ、ないよな)
俺は心の中でこっそりため息をついた。
出会って引きずり回されてふられておっかけてくっついて早数年。この女王様がとんでもないごうじょうっぱりで素直じゃないのは骨身に染みている。
一応アピールはしてみたものの、望み薄だろうなと思いながら、俺はココアをすすった。
甘い香りと熱が俺の体を暖める。
新品らしいマグカップを手の中に握りこんでほっと息をつく。
……って。
俺は、マグカップをまじまじと見た。
確かに、見覚えのない新しいカップだ。けれど俺に買った覚えはない。
となると、シエラが買ったカップに違いない。
シエラを見ると、まったく同じデザインの色違いのマグカップを使っている。
「……」
シエラの手作りココア(ホットチョコレート)の入った新品のペアマグカップ。
(あー……なるほど)
唐突に、事態を理解した俺はにんまりと笑った。
「ナッシュ、何を妙な顔をしておる」
「いや別に?」
俺は笑ったままシエラの腰を強く抱く。さて、この素直じゃない女をどうしてくれよう?
「三月にさ、どこかに遊びに出ないか?」
「うむ…少しは雪も溶けるであろうし、悪くはないの」
「だろ。じゃあ14日あたりに」
「……三倍返しじゃぞ」
やっぱり気恥ずかしかったのか、顔を赤らめて視線をそらしたシエラを見て、俺はまた笑った。
イタリア旅行中に、飛行機の中で書いたもの。
暇にあかせて書いたはいいものの、アップできたのは
VDをはるかに過ぎた時期になってしまいました。
まあ人生そんなもんですよね。
>さて帰りますか