「メリークリスマス」
そう囁いて、寝ている君にキスをする。
それが僕のクリスマスの仕事だった。
去年までは。
「メリークリスマス!!」
元気な声とともに、一斉にワインの栓が抜かれた。
きゃあきゃあという歓声とともに、人々が口々にクリスマスを祝う。オベルの巨大船の甲板は、一大宴会場へと変身した。
今日はクリスマスイブ。
戦争続きで精神的に疲れている船乗り達を元気づけようと、リーダーを中心にパーティーが催されている。
久しぶりの祭りで嬉しいのだろう。常にはない笑顔を浮かべる人たちを眺めながら、スノウはひっそりと船尾近くでワインをなめていた。ぼんやりと眺める視線の先には、人に囲まれたがいる。
は、人と、プレゼントにうもれていた。
オベル王から、フレア姫から、海賊達から、子供達から。に命を救われた人々が、感謝の言葉とともに贈り物をに手渡してゆく。去年までとは大違いだ。
去年までのクリスマス。
孤児であるは、ひとりぼっちだった。
全寮制の海上騎士団士官学校はクリスマスの間休暇がとられ、皆帰省する。一人残すわけにはいかないから、ともスノウの家に引き取られるが、それは家族としてではない。使用人としてだ。当然祭りやパーティーに参加することはない。静かに使用人の仕事をこなして、ひっそりと眠るだけ。
にはサンタが来ないということを知ったのは、まだが騎士団に入る前、使用人としてがスノウの家に引き取られた最初のクリスマスの時だった。
スノウが十歳を越えたくらいだったから、もかなり小さかったころだ。
サンタが来るのが楽しみだと言ったスノウに、が子供らしくもない達観した顔で『僕にはきっとこないから』と答えたのが気にくわなかったことをスノウは覚えている。
スノウも、さすがにサンタを信じる歳ではなかったけれど、夢を信じているはずの歳のが、もう既にあきらめきった目をしているのに無性に腹がたったのだ。
だからクリスマスイブの夜、スノウはの部屋に忍び込んでプレゼントを置いたのだ。
翌朝プレゼントを持ったに自慢げに『サンタはいただろう?』と言ってやると、見たことがないほど嬉しそうに笑って頷いてくれた。何故かそれがとても嬉しくて、スノウはそれから毎年の枕元にプレゼントを置くことにしたのだ。
「スノウ」
声をかけられて、スノウは我に返った。
顔をあげると、浅黒い肌に白い髪の少女剣士……ジュエルが立っている。
「行かなくていいの?」
まだ人に囲まれているをジュエルは指す。スノウは首を振った。
「いいよ。これ以上人に囲まれたらも困るから」
「……そう? 、喜ぶと思うけど」
訝しむジュエルに、スノウは頷く。ジュエルは首をひねった。
「でもスノウ、プレゼントを用意してたんじゃないの? それは渡さなくていいの?」
言われて、スノウは顔を引きつらせた。
「どうしてそれを!」
「アクセサリーショップで、この間買い物してたでしょ。珍しいな、って思ってたから」
「……」
「いいの? 渡さなくて」
スノウは俯いた。確かにプレゼントはある。そして、スノウのポケットに今も入っていたりはするのだけど。
「僕のプレゼントは、もう必要ないと思う」
ジュエルはうーん、とまた首をひねった。
「そう?」
「そうだよ。だってにはもうあんなにプレゼントをくれる人がいるんだもの。僕はもう必要ない」
去年と違うのは、スノウも同じだ。
家も、金も、力もない。ただの一兵卒となったスノウには、今までのように手のこんだプレゼントは用意できないし、こっそり部屋を訊ねることもできない。
あれだけのプレゼントに埋もれている彼のところに、今更持って行ったところで意味がないように思えた。
「は、スノウからのプレゼント、楽しみにしてると思うけどな」
言われてスノウは曖昧に笑う。その背中をジュエルはどん、と突き飛ばした。
「本当だって! そのプレゼント、絶対渡したほうがいいよっ!!」
念を押されてもまだ、スノウは苦笑するばかりだった。
そして深夜。
スノウは船の階段をゆっくりと上っていた。
船の三階、つまりリーダーの部屋のある階へと向かう階段である。
ポケットの中には、いまだに渡せないプレゼント。渡さないほうがいいと思ったものの、諦めきれなくて、訪ねてきてしまったのだ。
(迷惑かもしれないけど……夜のうちにこっそり置いておけばわからないよね)
階段をあがりきって、ふう、とため息をついたときだった。
「くせ者!!」
「こんな夜中に何をやってるの!!」
怒鳴り声とともに、スノウの目の前に剣と斧の切っ先があわせて三つ、つきつけられた。
「うわわわわわわわ!!」
小柄な斧使いの女性に、鎖帷子を着込んだ女性剣士、ピンクの衣装の少女剣士。ヘルガ、グレッチェン、ミレイの自称親衛隊の三人である。そういえば、の部屋は彼女たちが警護してるのだった。
「夜中に様のお部屋と訪ねるなんて、うらやま……いえ、怪しい行動! 私たちが許さないわよっ!!」
「いや僕は怪しいことをしたいわけじゃなくって……」
「じゃあ何なの!!」
「僕が呼んだんだよ」
「呼んだだなんて誰が……って、様!!」
この騒ぎを聞きつけたのだろう。がドアを開けて立っていた。
「スノウは僕が呼んだんだ。そんな所で立ってないで入っておいでよ、スノウ」
「う……うん」
ここで立っていても、怪我をするだけだ。スノウはに話をあわせて中に入ることにした。
三人娘の攻撃的な視線を背中にうけながら、そそくさと扉をくぐる。振り返ると、が「早く寝るんだよ」と彼女達に声をかけて、ドアを閉めていた。
「スノウ、何か飲む?」
「いや……いいよ。それよりごめん。いきなりこんな夜中に来ちゃって……起こしちゃった……よね」
「そんなことないよ。まだ寝てなかったし」
にこ、とは最近見せるようになった、はにかむような笑顔をスノウに向けた。
子供のころからの主従関係がなくなったせいだろうか。には表情がずいぶん増えた。
「スノウ」
名前を呼ばれ、スノウはそこでやっと、自分がかなり困った立場に立たされていることに気がついた。
スノウの目的は、に『こっそり』プレゼントを渡すこと。
こんな目の前に堂々と起きていられては渡せない。
しかし、特に他の言い訳を考えているわけでもなかった。
「……え、あ……その。ちょっと顔を見た……い、いやそんなつまらないことで起こしちゃったら迷惑……だ、えっと……ご、ごめん……!!」
「待って、スノウ」
言い訳どころか、言葉にならないスノウの手を、が止めた。
「もしかして……クリスマスプレゼント?」
「え?! ど、どうしてそれをっ!!」
スノウが驚いて思わず叫ぶと、は嬉しそうに笑った。
「そうなんだ! 嬉しいな。今年はもうくれないかと思ったから」
「だって、君は他にいっぱいプレゼントをもらってるじゃないか。……って」
スノウは、そこで言葉を止めた。そしての言葉を反芻してみる。
『今年はもうくれないと思った』
ということは。
「去年もその前も、君にプレゼントをくれたのは、サンタさんじゃなかったっけ?」
スノウが言うと、は悪戯が見つかった子供みたいに笑った。
「ごめん。あれをくれたの、スノウだって知ってた」
「知ってた?!!」
スノウは愕然として、また叫んだ。
毎年毎年、に気づかれないようにあれこれと気を遣っていたというのに。
それが全部無駄だったというのか。
「い、いつから?!!」
「最初から……かな」
「さ、最初?! 最初から全部知ってたの?」
「だって僕にプレゼントをくれるなんて、スノウしかいないじゃない!」
「でも知ってたんだったら、どうして黙ってたんだい?」
「だって嬉しかったんだもん」
は、顔を赤くして俯いた。
「孤児の僕を、スノウが大事に思ってくれてプレゼントをくれたんだ。僕にとってはモノ以上に嬉しかった。だから、言えなかった」
「そんなことが……嬉しかったの?」
「うん」
耳まで真っ赤にして頷くに、スノウはひどい罪悪感を感じた。
クリスマスプレゼントは、もともと気まぐれだ。思いつきでプレゼントをしたら、相手が嬉しそうだったから、調子にのって続けていただけ。が思うほどの気持ちじゃない。もしかしたら優越感からくる偽善ですらあったかもしれないのに。
「僕は、君が嬉しそうだったから続けただけなのに」
「僕が嬉しそうだから、っていうのは大事って言わない? それに優越感だけだったら、どうして今年もプレゼントを用意してくれたの?」
は、気恥ずかしそうにスノウの言葉を訂正した。
言われてスノウは、やっと自分の行動の理由に思い至る。
「ああ……そうだね。僕は君が嬉しそうに笑うのが好きだったんだ」
スノウが笑うと、も笑った。
「去年までに比べて、ずっとつまらないものになっちゃったけど、プレゼントを受け取ってくれるかい?」
「うん。今年はね、僕からもスノウにプレゼントがあるんだ」
お互いに隠し持っていたプレゼントの包みを出し合うと、スノウとはまた一緒に笑った。
4スノクリスマス
あいかわらず友情かラブかわからないけどラブラブ話です。
スノウにとってはとるにたらない思い出でも
4様にとっては大事な思い出って、結構多そう。
でもその意識の違いを埋め合わせた時に
もっとお互いを大事にできるのではと思ったり。
多分海上騎士の他のメンバーもスノウがサンタやってたこと、
知ってたんじゃないかなーと思う。
「あ、でも寝てないからスノウにキスしてもらえない!!」
スノウ「……キスくらいなら、してあげるけど」
「本当?」
スノウ「う、うん……(あれ、そんなに嬉しかったのか)」
「じゃ今年は口で」
スノウ「え、えええええ?」
今回4様えらい饒舌だなあ。
>かえりまーす