僕は、初めて誰かが欲しいと思った。
綺麗で強い君。
どうしても欲しい。
でも、きっと君は僕を知らない。
だから。
とりあえず、君の視界に入ることから始めよう。
まず、第一歩。
歴史は古いがそのぶんぼろと噂の城、ビュッデヒュッケ城。
住む人が少なくなり、ひっそりと忘れ去られようとしていたその城は、つい最近赴任してきた新しい城主のうちだした企画により、活気を取り戻して来た。
国もなく、人種もなく、ある程度の土地代さえ出せば、誰でも店が出せるという、自由市計画。その斬新な発想は、この城がザクセン=グラスランド同盟の拠点となるという追い風もあってか、順調に出店者をのばしている。
そんな自由市のおかげで開かれた店の一つに、レストランがある。
城の裏手にたてられたそこは、市の喧噪からやや離れたところにあり、湖も臨めるという、好立地であることに加え、店主でありコックである少女、メイミの料理のうでもあって、城の住民のよき憩いの場となっていた。
オープンカフェ形式になっているレストランの座席は、湖の景色がよく見えて、どこに座っても心地よいのだが、そのなかでも特等席と呼ばれる席があった。
それはレストランの少し奥にある。湖に面したその席からは湖の様子がちょうど良く見渡せ、ティータイムの時間帯には席にたてられたパラソルが程よく日光を遮ってくれる。奥まった場所だから、客もウェイトレスもあまりそばを通らず、ゆっくりと食事に集中できる。
だが。
その席は一番居心地がいいであろう、ティータイムの時間帯、誰も座らなくなる。
他の席には人がいっぱいであるにも関わらず、だ。
その特等席に、よりにもよってティータイムにササライは座っていた。
連れはいない。
一人でササライはのんびりと湖を眺めている。
そこへ、足音も高らかに女性が一人そこへやってきた。
仕立てのよい紫の旅装に、勇ましくも剣を帯びた女性。強い光を放つ瞳は菫の紫、無造作に流したつややかな髪は明るい茶。
勢いだけでこの戦に参加することとなった、ティントの大統領令嬢、リリィ=ペンドラゴン嬢である。
リリィは、席に座っているササライを見つけると、不機嫌そうな顔で近付いて来た。
「あんた! なんでこんなとこに座ってるのよ!」
言うと同時に、びし、と指をさす。
それを見て、ササライはふんわりと笑いかけた。
「ティータイムですから」
「そうじゃなくて!」
ばん、とリリィは机をたたいた。
「そこはあたしのお気に入りの席なのにーーーーっ!!」
言われて、ササライはさらに笑った。
この場所に誰も座りたがらない理由。それはリリィにあった。
ここはリリィのお気に入り。なので、皆いつもあけているのだ。別に、城の住民全体に、彼女に対して道をあけてあげようという特別な感情はない。むしろその逆で、
「いつもこの席でお茶するのを日課にしてたのに!」
こういうことを言われるのが恐くてあけてあるのだ。
ササライはにっこりと笑いかけた。
「すみません、リリィさん。ここは貴女の予約されていた席だったのですか?」
「違うわよ! ただ気に入ってるだけ!!」
リリィは胸をはって答えた。そして、息をつく。
「でもまあ、あんたが座ってるならしょうがないわ。別のとこにいくから」
でも文句は言うだけ言わないと気がすまなかったらしい。体を翻そうとしたリリィにむかって、ササライは声をかけた。
「相席、というのではいかがですか?」
「相席?」
「ええ。私の前の席はあいてますし。そうすれば、貴女はいつもの場所でお茶ができるし、私も貴女のような美人とお茶ができる。ほら、丸くおさまるじゃないですか」
「相席ねえ……」
実を言うと、この席がリリィのお気に入りの場所だということは前から知っていた。ここがお気に入りということは、ここにくれば必ず会えるということでもある。
今日ここに座っていたのはすべて、この一言を言うため。
「お嫌ですか?」
リリィは迷っているようだった。
まあそれもしかたないかな、とササライは思う。そもそも、彼女にとって自分は知り合いでしかない。簡単に乗ってくるわけもないことはわかっているから。
(だからこそ、おとしがいがあるとも言えるけど……)
「ん〜〜でもねえ」
迷うリリィに、言葉を重ねようとしたとき、邪魔者が現れた。
「ササライさん、御注文の、今日のスペシャルケーキと紅茶、お持ちしましたよ!」
メイミがやってきた。その盆の上には、焼き立てのパイ生地とたっぷりの生クリームでできたストロベリーミルフィーユが乗っている。しまった、注文をいれるのが早かったか。
「注文がきたみたいね、じゃ」
丁度会話がきれる形となって、リリィが離れる。作戦は失敗か、と思った瞬間、邪魔者は助け舟へと変化した。
「ササライさん、運いいわねー、それで今日のスペシャルケーキ、最後よ」
「ええ? 最後?!!」
リリィが振り向いた。そしてメイミに詰め寄る。
「もうないのー?! 楽しみにしてたのに!!」
「ごめんなさい! リリィさん、今日は苺の量が少なくって……」
「うそおおおお」
リリィは本気で残念がる。ついでにだんだん、と片足で地団駄まで踏んでいる。
そこへ。
「リリィさん」
ササライは声をかけた。
「何よ」
「はんぶんこ、しませんか?」
「う」
ササライの前にはリリィの大好きなケーキとお気に入りの席。そして、ササライ。
う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん、と、失礼にも随分と悩んだあと、リリィはササライにびし、と指をつきつけた。
「……あ、あんたのおごりだからね」
「ええ」
ササライは、にっこりと笑った。
それからビュッデヒュッケ城の特等席は、相変わらずティータイムに誰も座ろうとしなかったが、それが、その周りの席にまで及んだということを追記しよう。
ササライ様……それはいやがらせです。
あーもう! だめじゃん!!
てかササライ様ちゃんと口説こうよ!!
や、口説いてるけど!
ちなみに今回の副題は「スキスキササライ嫌がらせ編」です
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