BLUE ROSE


クリス「なあナッシュ、お前の奥方とはどんな人なんだ?」
ナッシュ「だから言ってるじゃない。イイ女だって」
クリス「それじゃよくわからないから聞いてるんだ。……そうだな何かにたとえるならどんな人だ?」
ナッシュ「たとえ? ……そうだなあ、青い薔薇みたいな女、かな?」
クリス「青い、薔薇……?」


「パーシヴァル、青い薔薇って知ってるか?」
「薔薇ですか?」
 クリスに問われて、パーシヴァルはきょとんとした顔になった。
 今は午後、クリスはパーシヴァルとボルスを連れ、レストランへと昼食をとりにやってきていた。
「花に興味をもつなんて珍しいですね。なぜまた青い薔薇なんです?」
「いやナッシュがな……」
「「ナッシュ?!」」
 パーシヴァルとボルスの眉が、同時にぎっ、とつりあがった。
 クリスは椅子に座ったまま体を引く。
「お前たち、そんなに怒らなくても」
「あのナンパ男は何をするかわかりません、クリス様、近づいちゃいけませんよ!」
 ボルスが力説する。
「そうそう。奥方がいるなんて言っていますがどこまで本当やら」
 パーシヴァルも、むっつりとした顔でそう言った。
 ふざけた奴だが、それなりにイイ奴なんだがなあ、とクリスは言いかけた言葉を飲み込んだ。ナッシュを毛嫌いしている二人のことだ、余計に怒るに決まっている。
(ボルスはともかく、パーシヴァルにナッシュのことをとやかく言う筋合いはないと思うんだが)
 人はそれを同族嫌悪と言う。
「で、ナッシュ殿がどうかされたんですか?」
「あいつに、奥方とはどんな人かと聞いたら青い薔薇のような女だと言われてな。そういや青い薔薇なんて見たことなかったから。女によく花を贈っているお前なら知ってるかと思ったんだ」
「それは適切な人選ですね」
 ボルスが笑う。
「それじゃ私が誰彼かまわず花を贈っているみたいじゃないですか。大体、薔薇なんて高価な花、貴族育ちのボルスのほうがよく知ってるんじゃないか?」
「俺の場合、庭で気がついたら母と姉たちが勝手にわさわさと増やしてるようなものだったからなあ。種類まではわからん。……薔薇って、これか?」
 ボルスが、テーブルに飾ってある花を指さした。
「ボルス、それはガーベラだ」
 パーシヴァルはため息をついた。
「……全くもう、クリス様、ナッシュ殿とのつきあいはやめにしません?」
「お前に交友関係をどうこう言われる筋合いはないぞ! それに、私は薔薇の話をしているんだ」
「その薔薇の話ですよ。クリス様もボルスも、青い薔薇って見たことないでしょう?」
「ああ、だから聞いてるんだ」
「それもそのはず、青い薔薇なんて存在しないんですよ」
「え?」
 クリスとボルスが目を丸くした。
「どういう遺伝の悪戯か、紫や黒といった色の薔薇は存在しても、純粋な青色の薔薇というものは存在しないのですよ。いつか青い薔薇を作り出してみせる……園芸家貴族の永遠の夢ですね」
「存在しない花にたとえるなんて、何を考えてるんだ、あいつは」
 パーシヴァルがクリスの肩に手を置いた。
「ですからクリス様、ナッシュと友達づきあいするのはやめましょう?」
 切実な顔で訴えられて、クリスは当惑する。
「存在しない花なのはわかったが、だからなんでそうなる!」
「……まさか」
 ボルスの目がきりり、とつり上がった。
「お、なんだボルス、意味がわかるのか? なんで怒ってるんだ?」
「存在しない花にたとえるってことは、奥方はいないと答えたかったのではないでしょうか」
 たまりかねて、パーシヴァルがクリスに答を与えた。クリスの動きが止まる。
「何?」
「口説かれてたんですよ、クリス様」
 パーシヴァルが言うと、がたん、と音を立ててボルスが立ち上がった。
「クリス様にそのような不埒な言動をするとはけしからん!! たたっ斬ってやる!」
 言うが早いか、抜き身の剣をひっさげてボルスは走っていった。ナッシュを探して、本当に剣を向ける気なのだろう。
 それを見送りながら、クリスは呆然とする。
「まさかなあ……その話をしているナッシュはずいぶん幸せそうで、奥方のことを愛しているようだったが」
「それは女を口説いている顔ですよ」
 ぞんざいに言われて、クリスはむっとむくれた。
「そんなの、お前の顔で見慣れてるから区別ぐらいつくぞ」
「ほお……」
 パーシヴァルの、顔だけがにっこりと笑みを刻んだ。
「それはどこがどう違うのか、ゆっくり説明していただきましょうか?」
 クリスとパーシヴァルは軽くにらみ合う。
 ナッシュの「奥さん」がこの世ならぬ存在であり、青い薔薇の花言葉が「奇跡」であることを彼らが知るのは、もっとずっと後のこと。

お気に入りであるにもかかわらず、
一度うっかりデータを消去してしまった後悔していた一作です
このたび、別PCから発掘できたので再アップ。

こういう、本人があまり出てないけれど、
外野がわいわい言っている作品は書いていて好きです


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