諦めちゃった場合

「ふう、チョコレートもこれだけあると、結構重いな」
 ビュッデヒュッケ城二階。誉れ高き六騎士と名高いパーシヴァル・フロイラインは両手一杯にプレゼントを抱えて歩いていた。
 今日はバレンタインデー。騎士団随一のモテ男である彼は、例年のごとく、いや、近隣に顔が知れた分いつもより余計にチョコレートをもらっていた。
 朝から数回、部屋に置きに戻っているが、歩いていれば必ず誰かに呼び止められ、そのあと手にはチョコレートが納まっている。いいかげん断ればよいのだろうが、彼女達の努力を思えばそうむげにもできない。
(今年は処理が大変そうだ)
 ふう、とため息をついて包みを持ち直すと、前方から相棒がやってくるのが見えた。くりくりの金髪巻き毛に厳しい表情、ボルスである。
「ボルス、お前もなかなか大漁だな」
「お前ほどじゃないさ」
 ボルスは苦笑する。彼もまた、いくつかチョコレートを持っていた。パーシヴァルほど女好きのする顔だちではないが、ボルスもまた、造作は整っている。「あの熱血漢なところがいいのよ!」と本人の預かり知らぬところでファンクラブが結成されていることを、パーシヴァルは知っていた。
「もらっておいてなんだが、彼女達に応えられるだけの心がないのが心苦しいよ」
 騎士団の女神にぞっこんの彼は、そうもらす。パーシヴァルは笑った。そこまで考えなくとも、彼女達の大半にとって自分達はアイドルのようなものだ。受け取ってあげること、それが一番のお礼だと思う。
「まあ、これも騎士団の営業だと思って、ありがたく受け取っておけよ」
「わかったよ、営業部長」
 二人は笑いあった。
「しかし、お前の両手はもういっぱいだな。部屋に置きに戻るのか?」
 だったらついでに持っていってくれよ、とボルスは虫のいいことを言う。
「いや。クリス様に書類を届けてからだ。さっき部屋に置いてから、まっすぐここに来たのだが、もうその間にこの状態になってしまって」
「もらいすぎだ、お前は」
「違いない」
 パーシヴァルとボルスは、二人一緒にクリスの部屋のドアをノックした。いつものように彼女の声がドア越しに聞こえる。
「入ります」
 ドアを開け、部屋に一歩入った二人は、しばし呆然とした。
「……?」
 そこは、花と包装紙の海だった。
 床という床、棚という棚にプレゼントが山積みとなっている。
「ああ、お前達か……」
 うんざり、という顔でクリスが二人に目を向ける。
「クリス様……これは?」
「見て分からんか。チョコレートだ」
 ふう、とクリスはため息をつく。
「先ほどからひっきりなしに届けられるんですよ」
 奥から紅茶をもってルイスがやってきた。器用にプレゼントをよけて歩くと、クリスの前に紅茶を置く。
「まあ、騎士として、女性にも私のファンがいることは、喜ばしいと思うのだが、今回のこれはちょっと多すぎだな」
「直前に「ロミオとジュリエット」で男装してロミオ役をやったのが、災いしましたね」
「お遊びにつきあっただけなんだがなあ……で? お前達は? もしかして、誰か女の子に頼まれてチョコレートを届けにでも来たか?」
 クリスはおびえた表情で二人を見た。そういえば、彼らの手にも一杯のチョコレート。
「いえ。これは自分達がもらったものです。クリス様には、こちらの書類を届けに……」
 パーシヴァルはおっかなびっくり包みをよけてクリスに書類を届ける。これを全てよけるルイスはただものではない。
「ああ、これか。ありがとう、さがっていいぞ」
「わかりました」
 事務処理だけを終えると、パーシヴァルとボルスは部屋を退出した。クリスの周りを離れたがらない二人にしては珍しいことである。
 クリスの部屋のドアを閉めてから、お互いに顔を見合わせる。
「パーシヴァル、すごいものを見たな」
「……ちょっとショックだ」
「ショックって?」
「まさか女性に負けるとは」
 しかも好きな人に負けるとは。
 ゼクセに出てきてはや十年以上。士官学校、騎士団と、この手のプレゼントは大量にもらっていたのだが、まさか今年、女性に数で負けるとは思いも寄らなかった。
 別に、もらうことにプライドがあったわけでもないのだが、なんかくやしい。
「確かに……」
 二人は苦笑すると、一緒に階段を降りていった。


そのころ。
 花の香りにむせかえりながら仕事をしていたクリスはルイスに声をかけた。
「なあ、ルイス」
「はい、なんでしょう?」
「このチョコレートの山なのだが、一山ずつくらい、「バレンタインデーのプレゼントだ!」とか言って六騎士の連中に押し付けられないかな」
「……それは、贈られた方に失礼なのでは……」
「……だよなあ」
 ふう、とまたため息がでる。
「会議のお茶請けにでも出すか……そうでもしないと消費するのに一年近くかかりそうだ」
「で、またその次の日にはバレンタインで大量にもらうんですね?」
「ルイス、それはさすがに笑えないぞ」
 クリスは、苦虫を噛み潰したような顔になった。

ラブってません。
ぜんぜんいちゃいちゃしてない話です。
まああきらめちゃったんじゃしょうがないってことで
三段オチ? 

>帰るわ!