クリスマス プレゼント

 それは、一番の贈り物

「これ、おまけしてあげるよ!」
 満面の笑みを浮かべた露店のおばちゃんに林檎をいくつも渡されて、俺は目を丸くした。
「いいの? おばちゃん」
 買った果物とほぼ同じくらいの値段のおまけに、俺は思わず聞き返す。すると、おばちゃんは顔全部が笑い顔になったみたいにくしゃっと笑った。
「いーっていーって! 今日はもう店じまいのつもりなんだ。それに、明日はクリスマスだからね! あんたにあたしからの祝福さ」
「ありがとう、おばちゃん」
 つられて俺も笑う。相手の機嫌と気前のいいときにはありがたくうけとっておくものだ。それに今日は祝福の日だし。
 まだにこにこしているおばちゃんに見送られ、ずいぶんな量になってしまった食料品を抱え直すと、俺は雑踏の中を泳ぐように歩き出した。
 街の中心部にある市場は、いいだけにぎわっていてごった返していた。夕食時の買い物のせいかもしれない。  
 いや、それ以上に、
 俺は視線をやや上に移した。
 人々の頭の上に広がる、石畳と街路樹の町並みは、星や天使、柊や花で色とりどりにデコレートされていた。
 そして耳をすますと、どこからか聞こえてくるクリスマスキャロル。
 今日は、クリスマスイブなのだ。
「っと」
 人の波からやっと抜け出して、俺は脇道へとはいった。
 熱源が減ったせいで寒くはなったが、そのぶん息をするのが楽になる。
 深呼吸しながら、俺は買い物袋の中身を確認した。
 人混みのせいで悪くなってたりは……しなかったみたいだな。
 つやつやの食材の様子を見て、ほっと一息つくと荷物を持ち直す。家まではあとちょっとだ。
 中心地から離れた場所にある、こぢんまりとした住宅街に入っていくと、小さな家がほかの家に埋もれるように建っている。俺はためらうことなく、その家のドアに手をかけた。
 そのときだ。
「おにーさん、お歌はいかが?」
 振り向くと、天使の羽をつけた子供達が5、6人わらわらとこちらにやってくるところだった。彼らの手にはお菓子の入ったバスケットと楽譜。聖歌隊の子たちらしい。俺は彼らに視線を合わせるために、体をかがめた。
「すまないが、歌はいいよ」
「えー? そうなのぉ?」
 子供達は不服そうだ。まあ、このクリスマスの時期に聖歌隊を断るとこなんてそうそうないんだけどさ。
「ごめんな。実は今カミさんが病気でふせっててさ。大きな声は厳禁なんだ。気持ちはありがたいんだけど」
「それじゃあしょうがないね……」
「うん。また来年、元気だったら頼むよ」
 来年がないことを知りながら俺は笑うと荷物の中からお菓子を引っ張り出して子供達に渡してやる。彼らはお礼を言うとうれしそうに去っていった。やれやれ、現金なものだ。
 改めてドアをあけると、クリスマスの飾り一つない玄関が俺を迎えた。必要最低限、生活に必要なものしかおいていないその家は殺風景を通り越して寒さすら感じる。
 金がないわけじゃない。(まあいつも懐が暖かいわけじゃないが)この家が俺にとって仮の宿だからだ。
 なんでそんなことをしているかというと、この街の領主様が、何か妙な紋章を持っているらしいからその情報の真偽を確かめろというササライ腹黒大魔王に命じられたせい。領主のガードがやたら堅くて、長期戦になりそうだったから家を借りてじっくり腰を据えることにしたのだ。
 ……まあ、それ以外に理由があったりはするんだけど。
 台所に荷物を下ろすと、林檎だけ持って俺は二階にあがる。二階の奥、ひとつだけ暖炉の火のついた部屋に入ると、銀色の髪をした少女が俺を迎えた。
「おかえり、ナッシュ」
 少女は、今まで寝ていたベッドから上半身だけ起こして俺を見る。俺はテーブルに林檎を置くと彼女に近づいた。
「ただいま、シエラ。どうだ? 具合は」
「まあまあじゃ」
 しかし、そう答えた唇はひび割れて紫色だ。いつもの薔薇の花びらみたいな様子を知ってる俺としては胸が痛くなる光景だ。
「それより、おんし何を勝手なことを言っておったのじゃ」
 枕に寄りかかるようにして寝転がりながら、シエラが悪態をつく。そういうのに使うぶんには問題ないみたいなだ、この唇。
「勝手って? 何が」
「先ほど聖歌隊の連中を追い返しておったじゃろうが」
「ああ、なんだシエラ歌が聴きたかったのか。それは悪いことしたなあ」
 魔に属するシエラが、そのテのものに弱いことを知っていて俺は意地悪く笑ってやる。即座に枕がとんできた。
「ポイントはそこではないわ!!」
「林檎、全部むくのとうさぎとどっちがいい?」
「うさぎじゃ!! 誰がいつおんしの嫁になったのじゃ!」
「これくらいの嘘はいいだろ? 別に」
 俺はベッドサイドの椅子に座ると、林檎の皮をむきはじめる。シエラはむくれて俺を睨んだ。
「わらわは嘘は嫌いじゃ」
「最大の嘘つきがよく言う……痛ぇっ」
「わらわがつくぶんにはよいのじゃ」
「あんたむちゃくちゃ自分勝手だな!」
「当然じゃ」
 俺はため息一つつくと、うさぎの耳つき林檎をシエラの口にもっていってやった。シエラはそれをそのまま口で受け取る。手を挙げるのもおっくうらしい。
 シエラがこんなぼろぼろで俺のところに転がり込んできているのは、クリスマスのせいだった。
 大陸のほぼすべての人々が聖者の生誕を祝い、お互いに祝福を与えあうこの清らかな日。
 それは魔族であるシエラにとって、一番体力の削られる日でもある。
 なにしろ、その日だというだけで、街は聖なる祈りで満たされ、それは森の中であっても平等に届けられる。一つ一つは小さなものかもしれないが、人の祈りの力というのはなかなかどうして侮れない。
 で、一番祈りの力が強くなるクリスマスとクリスマスイブの間、かくまってもらうために俺のところに来てるってわけだ。
 安宿に泊まっていればいいものを、家なんか借りてここに俺が落ち着いている理由の大半はシエラにあったりする。
「それにじゃ」
 林檎を食べながら、シエラは言う。
「まだしばらくこの街にいるのじゃろう? 嫁がおるなどという嘘をついては、困るのではないかえ?」
 クリスマスが終わったらすぐに出て行くつもりらしいシエラはそう言う。俺はわざとらしく困り顔になった。
「あー、そっか、そういやそうだな……じゃあシエラ、しばらくここにいてくれよ。そしたら嘘じゃなくなるし」
「はあ?」
「な、ここにいる間だけでいいからさ、カミさん役やってくれよ! ほら、夫婦者だと社会的にも信用度あがるしさあ。俺を助けると思って」
「おんし……まさかわざと」
「そんなことないさ」
 と言い返したけど、本当は3分の2以上はわざとだった。
 だって、せっかく会ったシエラをそう簡単には手放せない。
「できるだけ早く終わらせるからさ」
 俺はおどけて笑う。具合がわるいシエラには少し悪いけど、実は少し浮かれていた。
 だって気まぐれなシエラが、自発的に俺に会いに来て、すぐそばで寝てるんだぜ?
 しかも頼られているのがさらにうれしい。
 不謹慎だけど、それは俺にとって最大のクリスマスプレゼントだ。
「ぬう……しょうのない」
「いてくれるか?」
 む、とシエラは俺を睨む。
「じゃが、わらわはおんしの言ったとおりの病弱な若妻じゃからな! しっかり世話をせぬと『病死』するぞ」
「はいはいわかりましたよシエラ様」
 俺はうさぎ林檎をもう一つシエラに渡してやる。
「上げ膳据え膳、まめに世話をさせてもらいますよ。ついでに夜もご奉仕して……」
「それはいらぬ!!」
 おもいっきりつねられて、俺はさすがに悲鳴をあげた。

クリスマスSSその3で〜す。
(といっても書き上がったのは一番最初だったり)
シエラしんどいのに、ナッシュ勝手に一人だけ幸せになってます
おいおい

ま、看病はしっかりやりますし、
シエラも幸せそうだからいいか……

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