それはとても素敵

 扉をあけると、そこは別世界だった。
「……何、これ」
 年末だからといって減るわけもない(というよりむしろ増える)仕事を片づけて帰宅したササライがリビングのドアをあけると、そこはリボンと飾りと植物とレースで埋まっていた。
「あ! ササライ、おかえり」
 中途半端に飾りを巻き付けられた大きなモミの木のわきから、現在ササライの家に滞在している留学生リリィが顔を出した。
「リリィさん、これはいったい何なんです?」
「何って、クリスマスの飾り付けよ」
 見てわかんないの? と小馬鹿にしたような口調でリリィは付け加える。
 世界広しといえど、ハルモニアの最恐神官将ササライにこんな態度をとっていいのは彼女くらいのものだ。
「飾り付けはわかりますが……」
「わかってるならいいじゃない! ほらコート脱ぎなさいよ。おなかがすいてちゃ仕事にならないから、とりあえずごはんよ、ごはん!」
 ササライのコートを引きはがすようにして脱がせるとリリィはササライを食堂へと引っ張っていく。
 帰る前に、いつごろ家に着くか連絡をしておいたおかげか、食堂ではすでにあたたかな料理が用意されていた。ササライと一緒にテーブルにつくと、リリィは元気よく食事を始める。
「ですからね、私が訊きたいのは、なぜクリスマスの片づけをわざわざ貴女がしているのかってことです」
 半分ほど料理を片づけてから(ササライもかなり腹は減っていたので)ササライがやっとそう言うとリリィが顔をあげた。
「飾り付けなら、業者に頼んであったでしょう?」
「ああそれ? キャンセルしたわよ」
「なぜそんなことを……何か不都合でもありましたか?」
 ササライは、自分の広大な屋敷を飾るよう、毎年頼んでいる業者のことを思い出しながら言った。例年、彼らは払った金額に見合うだけの仕事をきっちりこなしていてくれたはずだが。
「特に不都合はなかったわよ。センスも悪くなかったけど」
「ではなぜ」
「それよりあたしはそもそも業者に頼んでいるのが気に入らなかったの!」
 ササライは食事をする手を停止させた。彼女の意図が全くわからなかったからだ。
「余計にわけがわからないのですが」
「そう? あたしは業者に頼んでるあんたがわかんないわよ」
 言い捨てられて、ササライは首をかしげながら食事を続ける。
 一年最大の催し物、クリスマス。
 祭事に個人的な興味はないといっても、神官将という立場上祝わないわけにはいかない行事の一つだ。
 毎年対面をつくろうために適当に飾りをつけて、パーティーに出席させられてそれでおしまい。今年は恋人もできたことだし、二人きりでゆっくりテーブルを囲むくらいのことはしようかと思っていたけれど。
 しかしなぜ、飾り付けがこうも問題になるのだろうか?!
 わからない。
「飾り付けなんて疲れるだけでしょうに」
「馬鹿ね。それが楽しいんじゃない!」
 言って、リリィは悪戯っぽく笑った。こういう顔はササライの好きな表情だが、なんだか少し腹立たしい。
「ササライ、クリスマスが楽しくないなんて、人生五割は損してるわよ」
「五割もですか?」
「そうよ!」
 言い切られて、ササライは抵抗を放棄した。飾り付けなんて、恋人の他愛のないおねだり。いちいち目くじらをたてるのも大人げない。
「さ、やりましょ、ササライ」
 最初と同じようにリリィに引っ張られてリビングに戻ると、またレースとリボンがササライを迎えた。リリィは楽しげに飾りを手に取る。
「ツリーのイメージカラーでさっきから悩んでたのよ。あんたのイメージカラーで青にしようと思ったんだけど、ハルモニアって全体が青じゃない? それだと個性がないかなって」
「ではあなたのイメージカラーで紫にしたらどうです? 青みがかった落ち着いた色の」
「あら、それいいわね!」
 にこっと笑うとリリィは紫色のリボンを手に取った。それから星やサンタといった飾りを選び始める。
「アクセントは何色にしようか?」
「やはり金ですか? 緑じゃ色が強すぎますよね」
 二人の手を行き交うレース、それから雪の代わりの綿とモール。ササライがふと見ると、リリィの瞳はきらきらと輝いていた。
 彼女の楽しさが伝染したのか、ササライの唇からも笑いが漏れた。
「えっと、じゃあこのリボンを全体にかけてっと……」
「リリィさん、危ないですよ! 踏み台持ってくるまで待ってください!」
  大きなモミの木は、リボンをかけるといきなり「飾り」へと変化した。
「よーし、次は星ね!」
 にこにこと笑いながらリリィが星をつけ始める。きらきら輝いている瞳が見ていて楽しい。
「そう思って、つける星は別にしておきましたよ。これでいいですか?」
「でかしたわよササライ!」
「当然です。で、これは全体的につけていくんですよね?」
「そうよ、バランス考えなくっちゃ」
 色を決めるとき以上にああでもない、こうでもないと飾り片手にモミの木のまわりをうろうろする。
 そうやって悩みながらササライは苦笑した。
 美的感覚の鋭いリリィお嬢様の要求はかなり高度で、応えるのは難しい。国家予算を決めるのだってこんなには悩まないだろう。
「できた!」
 だから、ツリーができあがったときには素直に笑ってしまった。
「綺麗……! ね、ササライ」
「そうですね」
 リリィに微笑み返しながら、ササライは、何故彼女が一緒に飾り付けをしようと言い出したのか理解していた。
 祭りのために、誰かと一緒に準備をすること。
 それはなんて素敵なことなんだろう?
 祝いの祭りだから楽しさは尚一層。
 もしかしたら、祭りそのものよりも楽しいくらい。
 確かにこれを知らないのは損かもしれない。
「あとはリースと、リビングの飾り付けとー……」
「リリィさん、本当にクリスマス好きですね」
「ええ、好きよ。このわくわくした空気も好きだし、準備も楽しいし。それに」
「それに?」
 リリィはにこぉっ、とササライに笑いかけた。
「今年はサンタさんが来るもの」
「サンタさん……?」
 ササライはまばたきを繰り返した。彼女の年齢は22。それなりに(というかササライよりはよっぽど)世間ずれしているはずなのだが。
「……リリィさん、まさかまだサンタさんを信じて……」
「違うわよ、今年、あたしのサンタさんはあんたでしょう?」
「ああ、そういうこと」
 言われて、ササライは納得する。
 クリスマスにリリィに祝福を与える役所に、ササライをご指名というわけなのだろう。
「そのかわり、あんたのサンタは私がやってあげる! いいでしょう?」
「ええ、それは素敵だ」
 ササライは、リリィと笑いあう。

 クリスマスイブには、彼女のためにたくさんのプレゼントを用意しよう。それからたっぷりのごちそうを。
 単なる行事にすぎなかったクリスマスを、指折り数えて待ち望む、そんな祭りにしてくれたお礼に。



クリスマスSS第一弾です。
……って! 現在23日の昼です。
パークリバージョンまだ1文字も書いてないよっ!!!
リリィさんがササライそっちのけで飾り付けに熱中しているのが不満だったらしく、
ササライ様テンションあがらないあがらない。
作成に三日かかるという難産になりました……


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