Kiss Chocorate!

 二月十四日は女の子の祭典です、なんて、誰が決めたんだか。


 ビュッデヒュッケ城の中庭を、俺はふらふらと歩いていた。今日は二月の十四日。そこらじゅうお祭り気分で浮かれてる。
 特に、女の子が。
 女の子のパワーはすごい。
 彼女達の熱気にのせられて、城は今、ピンクやら赤やらの飾りで一杯になっていた。
 元気だね、みんな。
 いつもならそんなお祭り騒ぎに一番に乗ってくるはずの俺は、逆に疲れを覚えてため息をつく。
 そんなに嫌なら、城から出てどこか人のいないところに行けばよいのだろうけど、腹黒上司に留守番をいいつけられ、それもままならない。
「ナッシュさん!」
 城内で元気のよさでは、右に出るものはいないという、セシル警備隊長に呼び止められて、俺は足を止めた。そしてへらりと笑って返す。
「何?」
「はいこれ、チョコレート!」
「ををを? ありがたいねえ、どしたの?」
 うふふ、とセシルは笑う。今日はいつもより元気で、少し顔が赤い。
「スコットさんとゴードンさんから聞きました! 今日のイベントのために、ハルモニアから材料を分けてもらえるよう、手配してくださったんですって?」
「あー……そういえば」
「おかげで、珍しい材料がいっぱいあって、みんな喜んでました! だからこれはお礼です!」
「そっか。じゃあ遠慮なく頂いておくよ」
 黄色い紙でかわいくラッピングされたそれを、俺は笑顔で受け取る。にこ、と笑ったセシルが、俺に渡したものとは別に、大きな包みを持っているのに気が付いた。軽くウィンクをする。
「で、これからトーマスに渡しに行くのかい?」
「ななななんでトーマス様って……」
 あはは、と俺は笑う。わからないほうがおかしい。
「がんばれよ」
 ぽん、と兜の上からセシルの頭に手を載せる。
「は、はい、頑張ります!」
 俺は顔をほころばせた。女がみんな、こんなに素直だったら苦労はしないんだが。 (それはそれでつまらないか……)
 セシルは、真っ赤な顔で走っていってしまった。
「せめて鎧は脱いでから渡しに行ったほうがいいぞーって……聞いてないか」
 俺はほろ苦い思いで手の中の包みを見る。

 やれやれ……でもまあ、こうやって感謝の形をもらうのも悪くはない。
 そう思い直すと、俺はまた城内を歩くことにした。
 それからしばらく歩いたあと、俺の手の中には五つ、包みが収まっていた。いずれもまあ、感謝の形、義理チョコの類だ。
 メイミから今回の材料のことで一個。アンヌから酒場の常連ってことで一個。舞台の役者仲間ってことでネイから一個。ブランキーを繕う手伝いをした御礼にとメルから一個。

 一旦部屋に戻ろうかと城の玄関にやってきたところを、今度は銀髪のオヒメサマ、クリスに呼び止められた。
「クリスちゃん、何?」
「ちゃんづけはやめろ。ちゃんづけは」
「おじさん親しみを込めてるつもりなのになー」
 すねっ。
 ポーズをつけると呆れられた。
 と、彼女がその甲冑姿に似合わないものを持っていることに気が付いた。籐でできたかわいらしい籠。その中には、これまたかわいらしくラッピングされたチョコケーキがいくつか入っている。
「やる」
 一個取り出して、クリスはずい、と俺に差し出した。
「ええ? クリスが俺に? 駄目よっ、私には妻が!」
 ごす。
 甲冑のついた手で(しかもグー)殴られ、俺はよろめく。
「冗談でしょーが。そこまで力こめるなよ。おじさんだって仕舞には壊れるぞ!」
「壊れるような奴か! 全くもう!」
「ごめんって。へー、クリスからもらうなんて嬉しいな。何? そっちのは六騎士の?」
「ああ。彼らには日頃から助けてもらっているからな。それと、お前には旅の間世話になったから、そのお礼」
 ちょっと照れた顔がかわいい。
「ありがとう。大事に食べるよ」
 ケーキを受け取った俺は、一つそれがおかしいことに気がついた。
「でもこれ手作りだろう? クリスよくできたねえ。すごいすごい」
 すこし、いびつな出来上がり。プロの職人にはありえない形に俺は不思議になる。彼女が破滅的に料理の才能がないことは、一緒に旅をしてきたせいで知っている。
 すると、クリスは赤くなってうつむいた。
「それは……その、パーシヴァルに手伝ってもらった、から」
「へえ」
 二度びっくり。
 奴がクリスを虎視眈々と狙っていたことは知っていたからだ。
(あいつがよくこんな義理チョコ製作を手伝ったな)
 しかし、ただ手伝ってもらったことが恥ずかしいだけにしては、クリスの様子がおかしい。前から彼女は照れ屋だったけれど。
「クリス、で? パーシヴァルには手伝ってもらったあと何か「特別な」チョコでもあげたの?」
 かまかけ成功。
 クリスは、こちらが笑いたくなるほど、それこそ首筋まで真っ赤になった。
「な……なっ、何を……っ!」
「なるほどねー。こりゃあとでパーシィちゃんをからかいにいかなくっちゃ」
「ナッシュ!」
「はいはい、他の騎士さんたち、特にボルスなんかにご注進したりはしませんよ。騎士が一人減っちゃうからね」
「そういうことじゃなくてだな!」
 真っ赤に怒る姿は、本当にかわいい。なんて初々しい。
「んもー、かわいいなあクリスは。俺ハグハグしたくなっちゃうよ」
 面白がってクリスにハグハグした俺は、殺気を感じてすぐにその場から飛びのいた。そして、今の今まで頭があった場所をものすごい勢いでナイフが横切っていく。
「パ、パーシヴァル……」
「おやナッシュ殿、すいません、手元が狂いました」
「どう手元が狂ったらこんなところにナイフが飛んでくるんだ!」
「いえ、手元が狂いましたので、貴方に当て損ねました」
 そうくるか。
「パーシヴァル……ナッシュのあれは、ただのおふざけだから、何もそこまで怒らなくても」
「いえこのような下賎の輩に触れられたとあってはクリス様の御身が穢れます!」
「お前が単に触られたくないだけだろ。男全般に」
「そこまで分かっていらっしゃるなら、ナッシュ殿もお控えください」
 ここでやだよーん、とか答えたら、本気で切りにかかってくるだろうなあ。それかもしくは闇討ち?
 まあいいや、と思い直して俺はその場を立ち去ることにした。このままいたら、馬に蹴られる(そのうち実物にも蹴られそうだ。もちろん乗ってるのはパーシヴァル)
「はいはい、お邪魔虫は去りますよ」
 降参のポーズで、俺はさっさと階段のほうへと移動した。
 少々二人にあてられて疲れた俺は、自分にあてがわれた部屋へと入る。
「ふう」
 机の上に、チョコレートを投げ出すと、腰に下げた剣を外してベッドに転がる。
 何故、今日こんな城にいるのだろう。
 二人を見て、せっかく浮上していた気分が落ち込んでいったのがわかる。
 いつも一人きりで歩き回っていた、あの旅烏の生活が、今日ばかりはなつかしい。旅先なら、森の中で一人きりなら、ああそんな日だったか、ですますことができる。意識せずにすむ。だがこの城ではそうはいかない。
 否応なしにつきつけられる。
 ノックもせずに、扉が開いた。
 聞きなれた足音だから、俺は振り向きもしない。
「寝てはおらぬのであろう、ナッシュ?」
「起きてるよー」
 ひらひらと手を振って起き上がると、自称ならぬ他称(もっぱら言ってるのは俺)カミさんのシエラが立っている。
「三日ぶり、か?」
「そんなところじゃな。しかし、少々驚いたぞえ? 戻ってきてみたら、城じゅうがピンクと赤でデコレートされておったから」
「バレンタインだからな」
 シエラはものめずらしそうに机の上のチョコレートを見ていた。
「ずいぶんともらっておるではないか」
「俺もそれなりに支持されてるんですー」
「全て義理と見たが」
 言われて、俺はまたベッドに寝転がる。
「そんなことないよーだ」
 シエラがベッドに座る。
「何を拗ねておるのじゃ」
「別に?」
 俺は言わないぞ。
「こどもか、おんしは」
 いい年をして、カミさんからバレンタインデーにチョコがもらえないからって拗ねてるなんて。
「俺だってたまには疲れるんだよ」
 そもそも、俺はイベントは大好きなのだが、シエラは、そういうイベントには一切興味がない。おかげで、長い付き合いだがお互いのバースデーを祝ったことも実は一度もない。(まあ、シエラが俺に誕生日を教えないというのも理由の一端だが)クリスマスもニューイヤーも俺が動かないことには何もしない。だから、彼女が自発的に動かなければ始まらない、こんなイベントなどは意識的に避けてきたというのに。
 なんか、本当に俺ばっかり、っていう気分になるんだよなあ。
 愛されてない、なんて思っているわけではないが、温度差はあると思う。
「そうか」
 ごろごろしている俺につきあいきれないと思ったのか、シエラは座りなおすと何かを始めた。しゅるりとリボンの解かれる音。そしてがさごそという包装紙の音。
「おいシエラ、勝手に……」
 人のもらったものをいじるな、といいかけた俺は、起き上がった体勢のまま、動きを止めた。彼女の持っている包みが、いままでもらったどのプレゼントとも違うものだったから。
 赤い包みに入ったトリュフチョコを、シエラは口に運ぶ。
「シエラ、それは?」
「うむ。この城に入ってきたところで、今日はバレンタインじゃと言っておったから、取り急ぎ、道具屋で買い求めたものじゃ。しかし、ナッシュは興味がなさそうじゃったから、もったいないし、自分で食べようかと思ってのう」
 そう言って、にんまりとシエラは笑う。
「あのなあ!」
 俺はがば、と後ろからシエラの腰を抱きかかえた。そして、彼女の肩に顔を埋める。こんな顔、カミさんにだって見せられない。
「俺がいらないなんて言うわけ、ないだろ……」
 くつくつと、シエラは笑っている。
 畜生、やられた。
 本当に、今回は完全に俺の負けだ。
 なんとか、顔を上げると、シエラはしてやったり、という顔で俺を見ている。
「いるかえ?」
「欲しい……」
 シエラはくすりと笑うと、手にもっていたチョコレートを、自分の口にくわえる。俺は、体をずらすと、唇で彼女の口からそれを受け取った。





 

プロバイダの設定のごたごたで
結局アップしたころにはバレンタイン終了
……まあ360日後のバレンタイン用ってことで
>さて帰りますか