お題「愛」
世界はソレでできている




それは、ロマンチストにすぎるかもしれないけれど



 ゼクセン連邦のはずれに位置し、グラスランドとも近いのどかな中立地帯、ビュッデヒュッケ城。先の戦争で、向こう数百年間ゼクセン、グラスランド双方からの支配を免れることとなった中立地帯だ。

 その、おんぼろだけれど幸せな城は今、別離のあわただしい空気に包まれていた。

 グラスランド、ゼクセン、はては世界全体を巻き込んだ戦争がやっと終結したからだ。

 失われたものは大きい。けれど、これから平和の中で育つはずの実りへの希望で、人々の笑顔は輝いている。

 そんななか、城の屋根の上で一人、悩み顔で座り込んでいる人物がいた。

 まだ年若い、というよりは幼いと言ってもいいくらいの少年だ。金茶の髪に、綺麗な青緑の瞳。日焼けした浅黒い肌と細かな細工の施された民族衣装で一目でカラヤの民とわかる。

 今回の戦争で、炎の運び手のリーダーとして活躍した炎の英雄、ヒューゴだ。

 脅威が去り、重すぎる責任からも逃れた今、彼が沈んだ顔をする理由などないはずなのだが。

 少年は、青空を見上げてため息をつく。

 その空が、突然翳った。

「あれえ、青少年が何暗い顔してんの」

「……!!!」

 気配も、前触れもなく突然に自分を見下ろしてきた金髪碧眼の男の顔に驚い、てヒューゴは身を退いた。しかし勢いがつきすぎてしまって屋根の上に背中から倒れる。

「痛……っ、な、ナッシュさん!! 何?!」

「見かけたから、声かけたんだけど」

 ナッシュは面白そうに笑いながらしゃがむと、仰向けに転がっているヒューゴの顔をのぞき込んだ。歳の割に若い(若すぎる)澄んだ緑の瞳が楽しげに笑っている。

「見かけたからって……」

 ヒューゴは体を起こすと、ナッシュに向き合った。

 ここは城の屋根の上。つまり、このあたりで一番高い場所だ。そこにいる人間をどう「見かける」のだ。それに、武人としてかなり腕をあげたヒューゴの背後に立つなど、かなり気を遣って気配を消さなければできることではない。

 偶然なんかじゃ、ないはずだ。

「本当だって。さっき見かけなかったか? ルビに抱えられてそのへんを空中散歩してたんだけどさ」

 どこまでが嘘でどこまでが真実なのだろうか。普通の人間ならありえない言い訳だが、彼は過去に何度か虫に捕獲されている。

「けどナッシュさん」

「戦争も終わってこの城ものどかになったっていうのに、青少年が暗い顔して膝をかかえて泣いてたりするのを目撃したらね、やっぱりやさしいおじさんとしては放っておけないわけだよ」

「俺、泣いたりなんかしてません!」

「いやいやいや、ほら、顔にはださないけど、心で泣いてる男泣きってやつ? そういうの、おじさんわかっちゃうんだよなあ」

「だから泣いてないですってば!!」

 ヒューゴは真っ赤になって怒るが、ナッシュは全然聞いてない。その場であぐらをくんで、訳知り顔に納得している。

「ナッシュさん!」

「あ、ルシア族長が探してたぜ」

「……いやだから今の話は」

「あとベルとデュパとジョー軍曹とクリスとゲドとエースとアンヌとトーマスも」

「……」

「もてもてだね」

「……もしかして、探しに来たんですか?」

 ただ見るというよりは睨むと言ったほうがいいくらい、ヒューゴの視線に力がこもった。ナッシュはへらりと笑う。

「別に。いったでしょ? 見かけたからって。あいつらが探してたってことは知ってるけど、一緒に探してくれって頼まれたわけでもなし。……それに、さぼり魔の俺としては、さぼってる奴の邪魔をする権利はないからなあ」

「どういう論理ですか」

 何かがかなり間違っている気がするのだが、確信犯のナッシュは取り合わない。

「ああでも……さぼりってわけでもないか」

 楽しそうに笑っていたナッシュが、ふとそう言った。

「さぼりっていうのは楽しんでやるもんだからな。そんな眉間に皺よせてやるもんじゃないや」

 ぷにぷに、と人のほっぺたを突きながらナッシュはそう言う。何を言っても無駄な気がしたヒューゴはため息をついた。

「別に、理由を言ったりはしませんよ」

「俺も訊く気はないよ。単にせっかくさぼりなのに勿体ないなあと思っただけだから」

 しかしここ寝心地よさそうだねえ、とのんびり言うと、ナッシュはごろりと横になった。しばらくしてから、ヒューゴも横になる。

 それからまたかなりしばらくして、ヒューゴがぽつりと言った。

「……このままで、いいんでしょうか」

「うーん、さすがに日没までここにいたら体が冷えるしなあ。あと、ルシア族長も怒るんじゃないか?」

「……そっちの話じゃないです」

「じゃあ恋の話? うーん、ベルちゃん、お母さん探してるって言ってたからなあ、捕まえておかないと城から出て行っちゃうぞ?」

「そういう話でもなくて、紋章の話です」

「あーそっち……」

 とたんにナッシュの声がつまらなさそうなものになった。ヒューゴは苦笑する。

「確かに、ルックを倒すことで、このグラスランドが消える危機は免れました。ですが、このままでいいんでしょうか」

「危険はなくなったんだからいいんじゃないか?」

「でも彼を止めたってことは、この世界が秩序に飲み込まれようとするのを認めたってことでしょ? ……このままにしてていいのかなあって」

 いつか、ルックに見せられた灰色の世界。

 自分が選んだ道の先には、そんな未来が待っているのかもしれない。

「そうなると思うのか?」

「なって欲しくは……ないけど」

 ならないという保証はない。事実、真なる炎の紋章の意志は、現在もわずかながら感じることができるから。

「世界が止まるなんてことはないさ」

 あっさりと、ナッシュは断言した。

「ナッシュさん! けど……」

「大体さ、紋章が見せる幻影やら意志やらが本当だっていう保証はどのへんにあるんだ?」

 紋章がただ暴走したいだけで見せている嘘っていう可能性だってある。

「……でもそうしたら、今回の戦争って」

「全くの無駄、って話になるけどな」

 ナッシュは眠そうにあくびをする。

「仕事がら、数百年単位で紋章を宿してる奴らも何人か知っているが、誰も世界が終わるなんてことは言ってなかったぜ?」

「それは」

 では、本当に無駄だったのか。彼のしたことは、ただ悲しみを産んだだけだったのか。

「秩序と混沌……世界はそのせめぎ合いでできてるっていってたけど……それだってどうだかなあ」

「じゃあナッシュさんはどんなものでできていると思ってるんですか?」

「ヒューゴ、お前自分はどうして生まれてきたと思う?」

「え? それは母さんが……」

「望んだからだな。じゃあさ、お前が剣を持てるようになったのは? お前が馬に乗れるのは? お前が紋章を手にいれたのは? お前が戦うのは?」

「え? え? え……そ、それは……」

 いっぺんに質問されて、ヒューゴは慌てた。それを聞いてナッシュがくすくすと笑う。

「世界っていうのはそういうものでできているのさ。だから、絶対大丈夫」

 剣を

 その奥には同じものが流れている。

「それがなくなったら?」

 ヒューゴが言った。

「なくならない。なにせこんなくたびれた中年の俺にもそれはあるからな」

「そうなんだ。いっぱいある?」

 訊ねながらヒューゴが笑う。

「ああ。だから俺は生きてられるんだ。……と、お迎えが来たみたいだな」

「え?」

 寝転がる二人の上に、巨大な影が落とされた。

「キュィィィィィ!!」

「フーバー!!」

「友達がいなくなったから心配してきたんだな」

 ばさっ、と大きな羽音をたてて、フーバーがその場に舞い降りた。ヒューゴが体を起こすと、そこへ顔をすりつけて甘えてくる。

「フーバーくすぐったいって!」

 グリフォンの頭をなでながら、ヒューゴは笑い出した。それを見ながら、ナッシュがウィンクをよこす。

「な、あっただろ、お前にも」

「うん」

 そう言って、笑ったときだった。

「ヒューゴ! そこにいたのかい!!」

 下から、怒鳴り声がした。

「母さん?!」

 屋根から身を乗り出すと、庭にルシア達カラヤの民と、リザード、ジョー軍曹、ハルモニア傭兵隊、そしてゼクセン騎士団までもが集まっていた。

「全く……探しまわっちまったじゃないかい」

「ごめんなさい」

 ヒューゴが謝ると、ルシアは、手を差し出した。

「降りてきな」

「はーい」

 この後、ヒューゴと一緒に、何故かナッシュまでもがさぼりの説教をくらったそうな。











珍しい組み合わせかもですが
ヒューゴ&ナッシュです。
真の紋章もちの知り合いが多いぶん、
ヒューゴに言えることは結構多いんじゃないかなあともうのです
それに、いいかげんいろいろなことを達観した大人ですし。
お祭り初日なのに、なんかいきなり運とか不幸をねたにしたものじゃないですがすいません……(汗)


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