Judge!


ここはグラスランドとゼクセンの間。
湖畔の城、ヒュッケビュッケ城だ。
この城内にはハルモニア軍と対峙する炎の運び手達が終結している。
彼らは現在、一時の休息の時間をそれぞれ堪能していた。

ナッシュは、その日も暇を持て余していた。
今は特にする事もなかった。
強いて言うなら彼らの動向を見守るのが仕事の様な物だったからだ。
だから、顔見知りになったクリスを相手にちょっかいをかけたり等していた。
そのナッシュの元に一人の男が現れる。
隻眼の黒服の男、ゲドだ。

「おはよう、今日も相変わらずだな、ゲド」

にっこりと笑みを浮かべてナッシュはひらひらと手を振った。
こういう時は笑顔で接した方が、下手に印象付けられずに済むからだ。
その2人に近づいてゲドは首を縦に振って答えた。

「時間が出来たのでな、本当はもっと早くにと思っていたのだが」

ナッシュの方も見てそう口にするゲド。
それに対してクリスは首を傾げて問いかける。

「ゲド殿がナッシュに用ですか」
「あぁ、聞いておきたいことがあってな。」
「聞きたい事・・・確かにこの男は怪しいですからね」
「おいおい、クリス〜」

平然と言うクリスにナッシュは情けない声を挙げた。
その時、クリスの背に向かって声がかかる。
そこにいたのは、若き軍師、シーザー・シルバーバーグだ。
炎の英雄の意思を継いだ銀の乙女は、その声に応じて2人の方を振り向く。
そして離れる事を詫びて、その場を去っていった。

クリスがいなくなって、その場には2人の男だけが残った。
去っていく背中を見送った後、ナッシュはくるっと向きをゲドの方に戻す。
瞳をちらっと上に挙げて問いかけた。
この男から話しかけられるのは、本当に珍しい事だと思う。

「で?俺に聞きたい事って?」
「約束をしていただろう」
「・・・・・約束?」

心当たりがないので、片眉を上げて返すナッシュ。
その反応にゲドは顎に手を当て、思案顔になった。
そして隻眼の瞳をナッシュの顔へと向ける。
「なんだ、一体」と思っているナッシュに対して、ゲドは衝撃の言葉を口にした。

「・・・お前はナッシュ・ラトキエだろう?」

一瞬目を見開いて驚愕の表情になるのを、寸での所で抑えることに成功した。
何と言ってもラトキエの姓は、あの日以来名乗ってもいないのだから。
それを知っているという事は・・・。
ナッシュは口元をひくりと上に挙げた。

「ラトキエ?生憎俺はそんな姓じゃない。俺はナッシュ・クロービスだ」

肩を竦めて答えるナッシュにゲドはしばし黙り込んだ。
表情を変えないまま、まじまじと眺めやり軽く頷く。

「・・・人違いか、すまんな」

ゲドはそれ以上追究せずに、それだけを告げると去っていった。
気にしてませんよと返し、友好的な態度でもって背に向かい手を振る。
背中が見えなくなったところでナッシュは表情を変えた。

自分をラトキエというあの男はなんなんだろうか。
しばらく呆然としていると、12小隊に所属している男が声をかけてきた。

「どうした?ナッシュ」
「ワン!」

ナッシュは新たな来訪者に声を挙げた。
そこにいたのは、唯一この中で自分がラトキエだと知る人物。
ジョーカーは渋面を作りながら近づいてきた。

「ナッシュ、何度言えば判る。わしは今、ジョーカーだと言っただろう」
「う・・・、悪い。ところで、あんた、ゲドに俺の本名を言ったりして・・・ないよな?

最後の方は少し申し訳なさそうに声を落としてナッシュが尋ねる。
相手は、あの15年前の騒動で立ち回りを演じてくれ、うまく逃がしてくれた男だ。
決して自分に悪い様にしないとは思う。
案の定、ジョーカーは少し不機嫌そうに片方の眉を動かした。

「お前の名前がややこしい事を判っておるわしが、なんで言いふらすと思うか?」
「あ、あぁ、そうだよな。うん・・・」
「どうした?」
「・・・実はさ、あんたの所の隊長が俺の事を本名で呼んで来たんだ。」
「大将が?昔会ったんじゃないのか?」
「あの名前を知ってるって事は少なくとも15年前の話だ。それ以降名乗るのを止めたからな」
「じゃあ、その辺りに会ったんじゃろ?」
「あの時はカレリアに戻る前でデュナンにいたんだ。俺と同じ年の頃の隻眼の男なんかと・・・」
「ちょっと待った。今更わしらの大将の事を何も知らんとは言わんだろう」

ジョーカーの言葉にナッシュは瞬きをして、あっと口を開けた。
12少隊の隊長は真の紋章の継承者である。
つまり・・・。

ジョーカーが去った後、ナッシュは難しい顔で道を歩いていた。
いつ会ったのだろうか?
ナッシュは眉を顰めて、必死に思い出そうとした。
とにかく相手はラトキエ姓まで知っている男だ。
そんな相手を自分が知らないのは気持ちが悪いし、不利になることだってある。
そんなナッシュの脳裏に一つの光景が掠めた。


早朝。
森の中。
今の様に鬱蒼と茂った木々を背面にして。
自分とは別の道に進もうとする黒服の傭兵。

『じゃあさ、次あんたと、もし会うことがあったら、結果を言う。
 だからあんたはその時は俺に審判を下してくれよ、ゲド』

『あぁ。結果を楽しみにしていよう』





「あああ!あの時のっ!」

ナッシュは甦った記憶を鮮明にさせ、足の向きを城の二階へと伸ばした。


あの日は蒼い空に白い雲が浮かんでいて、本当にのどかだった。
が、その空の下を歩くナッシュの気分は未だ暗雲が晴れないものだった。
ザジを打ち、ハルモニアを去った心は空虚な物だった。
とてつもない孤独と哀しみに苛まされている時再び彼女に出会った。
だが、彼女は沈んだ想いの自分を慰めに現れたに過ぎなかったらしい。
時が経てば、また同じ様に姿を消していた。
そしてナッシュは再び一人になった。

再会を果たしてから共に過ごしていく内に彼女の哀しみの深さを知った。
彼女を支えて生きたいと願う様になり、自分にはその権利を手にすることが出来ると自惚れていた。
だから彼女が去っていった時、どうしようもない焦燥感と失望感で心が焼かれそうになった。
そんなある日。

宛もない旅を続けるナッシュの元に荒くれ者が現れた。
その地域を荒らす強盗集団の一味だったらしく、ナッシュも金員を置く様にと要求される。
勿論ナッシュの答えは「否」。
躍起たって一人の青年に襲いかかる男達に、ナッシュはスパイクを撃ち込んで対抗する。
だが手に追えず苦戦を強いられていた。
手傷を追いよろめくナッシュの背後に一人の刃が迫ってくる。
振り返って防御をしようとしたが間に合わない。

『しまっ・・・』

その時緑色の輝きが世界を一瞬染めた。
その後に降り注いだ金の刃が、ナッシュの相手を一人残らず貫く。

それは雷の紋章。
だが自分が手に宿している物とは力の種類が違う。
特殊な力の様に感じた。
紋章を使った本人は煙の内にいて、姿が見えない。
だけれど、ナッシュはそれが一人の少女の形を取った気がした。

(・・・シエラ・・・?)

ナッシュはそのまま気を失って地面に倒れ伏した。


パチパチパチ

耳元に何かが焼ける音が聞こえてナッシュは目を覚ました。
初めに見たのは木々に覆われた世界から覗かれる闇夜
ゆっくり起き上がって辺りを見回す。
そこは先程いた森の中らしく、目の前では薪がこうこうと燃えていた。
傷口も何故か癒えている。

「やっと目覚めたな・・・。傷を負っていたから水の紋章をかけておいた。」

近くで座っていたのは少女ではなく、一人の男だった。
歳はナッシュよりも10は上だろうか。

「あんたが助けてくれたのか?ありがとう・・・」
「例には及ばん。一人に多勢だったからな。」
「あぁ、途中で鉢合わせて参ったよ」
「だが、少々命を軽く見た戦い方をしていたな。これからは気をつけた方がいい。」
「・・・・・あぁ」

その自覚はあった。
もうどうでもいいと自暴自棄になっていた事は。
重苦しい息を吐いていると、隻眼の男が視線をこちらへと向けてきた。
その視線に気付き、ナッシュは何かを話さないといけないと思案する。

「・・・なぁ、あんたさ、傭兵かなにかか?」
「いや。今は特に宛てもない旅をしている」

どうやら、自分と同じ様な立場の人間らしい。
年のころにしては、いやに落ち着いている様に見える。
外見年齢とギャップを感じる雰囲気。

まるで、シエラの様だ。

そんな事をぼんやりと考えてナッシュは首を横に振った。
こんな時まで彼女と比較して何かを考えるとは。
心の奥底に渦巻く思いを吐き出したくなって、ナッシュはゲドの方を見遣った。
相手は自分とは何の関わりのない人間。
この無名諸国を渡り歩いていたらしいし、今後関わる事もないだろう。
思いを吐き出す良い機会なのかもしれない。
そう思って、口を開いた。

「なぁ、一つ・・・聞いてもいいか?」
「なんだ?」

慎重に言葉を運ぶナッシュに、男は薪を燃やす炎から視線を移した。
深みを帯びた眼差しを向けられ、ナッシュは一度言葉を飲み込む。
だが意を決して再び口を開いた。

「例えば、自分の好きな女が、自分と同じ時を刻めない体・・・とかだったりしてさ。
 告白される事に困るって反応されたら・・・もう忘れるべきなのか?」

その質問に僅かに男が目を見張った。
それに気付くこともなくナッシュは言葉を続ける。

「でも俺は忘れられないんだ。それでも、傍にいたいと思って・・・。」
「・・・それは、実際にお前の好きな女、なのか?」

その男の問いかけにナッシュは一回だけ首を縦に振った。

一緒にいたいと口にするたび、困った様な泣きそうな顔をするシエラ。
その表情を見るたびに、居た堪れない気持ちになる。
だけれど、どうしても諦める事が出来ない。
嫌われている訳ではなく、自分の事を気にしているからだと判るから。

男は神妙な面持ちで黙り込んだ。
その瞳は、なにか深い思念に沈んだ様に暗かった。
しばらくナッシュも黙って、男の答えを待っていた。

「・・・俺は、どうしても想像がつかない事だが」
「・・・」

男の言葉にナッシュは顔を上げる。
視線を燃え盛る炎の方に向けて男は言葉を零した。

「お前はお前のしたい様にすればいいと・・・思う。」
「・・・・・・」
「・・・お前のしたい事は、正直難しい事だと思う。だが、諦めたくないのなら・・・」
「あぁ、諦めたくない。」

ナッシュは一言告げると、勢い良く立ち上がった。
突然の行動に男は目を見張って顔を上に挙げる。
それを見下ろしてナッシュはニッと笑った。

「そんなに簡単に諦められないし、追うのを辞めたら俺の覚悟も判って貰えないからな。」

ぐっと拳を作って宣言するナッシュに、男は密かに笑みを零した。




そして朝が訪れた。

「さて・・・そろそろ離れるか」
「そうだな」
「なぁ、今更だけどさ、あんたの名前、教えてくれよ。」
「あぁ・・・俺はゲドだ」
「そっか。俺はナッシュ・・・ラトキエだ。」

一瞬躊躇って、それでもナッシュは自分の本名を明かした。
初めて出会った相手の、突拍子もない相談に対して親身に答えてくれた敬意を示して。

「ありがとうな、ゲド。ところであんたは、これからも旅を続ける予定か?」
「俺か・・・。そうだな、また宛てもなく一人旅をするつもりだ。」
「そっか。あんたの旅路を祈っておいてやるよ」
「ああ」

ゲドは笑みを零して頷いた。
ナッシュも同じ様に笑みを刻む。

「もし・・・さ、もし。ゲドと再び出会う事があったら」

恐らくない話。
それでも、こんな約束をしてしまったのは。
この不思議な雰囲気を持つ男に自分の未来の審判をしてもらいたいと思ったから。

「出会えたら、結果を必ず教える。俺の想いがどうなったかを、さ。」
「ああ、楽しみにしていよう」

そう約束し合って、二人は晴天の下、別の方向へと進んでいった。
お互いの道を命の限り生きて行く為に。





「おい、ゲド!」

ナッシュは、店から出てきたゲドに声を掛けた。
ゲドは相変わらずの無表情で立ち止まり、ナッシュの方を振り向く。

「なんだ?」
「あ、ああ、さっきの話だけど、訂正しておきたくて」
「訂正?」
「さっきの、人違いってのは嘘だったってこと!」
「そうか。」
「そう。でも、それは内緒にしておいてくれよ」

その言葉にゲドは少し考えた後、首を縦に振った。
それがどういう意味を持つのか知っているからだ。

「で、結果を聞きに来たんだよな。でもさ、一つ聞いておきたいんだが」
「なんだ」
「確かに教えると言ったけどさ、あんたは余り人の事に関わらない性質だろ?」
「・・・」
「それなのに今回のは何故だ?何故自分から聞きに来た?」

そのナッシュの問いかけに、ゲドは少し言葉を詰まらせる。
だが、しばらくしてゲドは何事もなかったかの様にぽつりと答えた。

「・・・後学の為、だ」
「ふうん、後学・・・ね」

そこでナッシュはにやりと笑う。
ゲドの、同じ隊に所属する女に対する態度が少しだけ他とは違う気がしていたから。
後学と言う事は、少なくとも前向きに考えようとしているということで。
ナッシュはそれが少し嬉しくなって、顔を綻ばせた。
そんなナッシュの反応にゲドは憮然とした表情になる。

「俺の事はいい。どうなんだ」
「はいはい、急かしさんなってば」

ナッシュは笑いを堪えながら、ゲドの方を見た。
そして、口の端を上げて悪戯っぽい表情を作る。

「俺のカミさん・・・。それが彼女だよ」

応援を込めて、ナッシュはそう言って笑った。




15年前に2人は出会っていたという話。
んでもって、ナッシュの恋愛相談にのるゲドってのを書いてみたくて書きました。
ナッシュはクイーンの気持ちが痛い程判って、逆もしかりって気がします。

これが茄子収穫祭に出展する一つ目の作品なので、かなり緊張しています(笑)



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written by grassforest