クリスマス企画 パーティで見つけて

ちゃんと見てないと、どこかに行っちゃうんだからね!

「……フッチの馬鹿……」
 パーティー会場の片隅で、シャロンはむくれたままそうつぶやいた。
 目の前では楽しげに笑いさざめく人たちが行き交っている。
 視線を人々の奥へと向けると、タキシードを着て他の人たちと会話しているフッチが見えた。
「フッチの馬鹿ぁー」
 もう一度つぶやくと、シャロンは手に持っていたシャンパンをぐいっとあおった。
 戦争で疲れた人たちを元気づけるために、とビュッデヒュッケ城で催されたクリスマスパーティー。
 ゼクセン騎士団が主に協力して催されたパーティーだったため、ビュッデヒュッケ城で行われるイベントの割に少し雰囲気がフォーマルだ。
 フォーマルなパーティーならフォーマルらしく、とシャロンもドレスを着て、フッチにエスコートされて参加していた。
 普段は着ない赤い金魚のようなひらひらのドレスで、好きな人に恋人としてエスコートしてもらって参加ということで、本来であれば上機嫌でパーティーと楽しんでいるはずだったのだが。
 何故かシャロンは会場内でぽつんと一人、壁の華になっていた。
「シャロンちゃん、どーしたの? そんなふくれっ面似合わないよ?」
 新しいシャンパンを取りに行こうかと考えていたら、ぷに、とほっぺたをつつかれた。
「ほっといてよ」
「いやいやいや、女の子が一人でいたらほっとけないよ。おじさんとしては」
 にこにこと笑いながらシャロンを見ているのは、スパイといううさんくさい職業のくせに何故か城内でうち解けている金髪のナンパ男だった。
「ナッシュには関係ないもん」
「かわいい女の子って時点で俺には関係あるなあ」
 そっけなくしてもナッシュはめげない。
「そういえばフッチ君はどうしたの? 一緒に来てたでしょ」
「知らない。どっかそのへんにいるんじゃない?」
「……喧嘩でもした?」
 ナッシュはシャロンにほほえみかける。
 ナンパなどではなく、実のところ一人でふてくされているシャロンを心配しているのだろう。
 シャロンは口をとがらせた。
「……喧嘩なんか、してないもん」
「そう?」
「本当だよっ! 勝手にフッチが変なだけ! 人が折角ドレス着て出てきたのにさ、ほとんど見ないでそっぽ向いちゃうし、エスコートしてる間もずーっと上の空だし!」
「フッチ君が? 上の空? ……珍しいね」
 ナッシュは不思議そうにシャロンを見やった。
 もともとシャロンの保護者役だったフッチはシャロンのことをいつも気にかけている。
 過保護すぎるくらいの愛情を注いでいる彼がその状態だとは。
「ねえナッシュ……ボク……変、かなあ?」
 シャロンはおずおずとナッシュを見上げた。
「ボクが自分で選んだドレスなんだけど……似合ってなかったり……する?」
 フッチの異変は、今日のドレスを見せたときからだ。
 綺麗に見せたくてがんばったつもりだったが逆効果の可能性もある。
 しかし、ナッシュはきょとんとしてから首を振った。
「え? そんなことないよ? むしろすごく似合ってる」
 ナッシュの言葉に嘘はない。
 深紅のミニドレスはシンプルなデザインながらも上質の素材で作られていて、シャロンの赤い瞳と金の髪によく映えた。
「すごくかわいいし、綺麗だと思うよ?」
「……そう、なんだ」
「普段と雰囲気が違ってすごく新鮮♪ ……あ」
 シャロンを褒めちぎっていたナッシュはその途中で言葉を切った。そしてにやりと笑う。
「あーなるほど、そういうことかあ」
「ナッシュ?」
 急にしたり顔になったナッシュにシャロンが驚く。
「なるほどって、どういうことなの? ナッシュ、何かわかったの?」
「うん。わかっちゃった。なるほどねー、フッチ君って不器用だとおもってたけど、こういうとこも不器用なのか。うんうん」
「ナッシュ! 一人で納得してないで教えてよっ」
 ナッシュはにやにやと笑いながらシャロンに囁いた。
「フッチ君とうまくいくように、おじさんが素敵なアドバイスをしてあげよう」
「アドバイス?」
「うん。さっきから君を見てる男の子がいるの、気がついてる?」
 ナッシュは視線だけで近くのテーブルを指し示した。そこには騎士見習いらしい少年が立っている。
 歳はシャロンより一つか二つ上くらいだろう。興味のないそぶりをしながらも、ずっとシャロンを気にしている。
「あー、あの人。それがどうかした?」
「俺が君のそばを離れたら、きっと君にダンスを申し込みに来るよ」
「……はあ?」
 なんとなく、そんなつもりなのだろうとは思ってはいたが、そのことがフッチとの仲直りに何故関係するかがわからなくてシャロンは当惑する。
「誘ってきたら、踊っちゃいなよ」
「ちょ、ちょっと待ってよナッシュ! 何それっ。フッチがおかしいからのりかえろとかそんなつもり?」
 馬鹿にしないでよっ、と殴りかかるシャロンの手をナッシュはかわす。
「いやいやいや。むしろ逆。彼と踊るとねえ、そのあとでいいことがあるよ。いいからだまされたと思って踊っておいで」
「……うまくいかなかったら、あとでおしおきするからね」
「大丈夫大丈夫」
 つかみどころのないアドバイスだけ残して、ナッシュはその場を去っていった。
 シャロンはぽつんとその場に立ちつくす。
 案の定、先ほどの少年がシャロンに近づいてきた。
「あの……よろしければ踊っていただけないですか?」
 シャロンは意を決すると、その手をとってほほえみ返した。
 

「ではトランからはるばるゼクセンまで?」
「そうだよ。キミはゼクセンの人?」
「はい」
 騎士見習いの少年は、とても礼儀正しくシャロンをエスコートした。
 ダンスの才能もあるのだろう。踊りがあまり得意ではないシャロンを上手にリードしてくれる。
「今はまだ見習いですが、もうすぐ正式に騎士になる予定です」
「そっか、じゃあボクと一緒だね」
「シャロンも騎士見習いなんですね」
「うん。ボクはまだ自分の竜がないからしばらくは正騎士にはなれないかな」
「あの白い竜はシャロンの竜じゃないんですか?」
 ブライトの巨体は戦場でよく目立つ。
 おそらく、彼も見かけていたのだろう。
「あれはフッチの竜! 背中に乗せてくれるけど、ボクのじゃないよ」
「フッチ……? ああ、最初シャロンをお連れになった方ですね」
 少年は苦笑する。
「本当は声をかけようかどうしようか迷ったんです。あの方が一緒にいたから」
「……」
「でも、恋人……とかじゃないんですよね? 入ってきてからずっと別々にいるし」
「……う、うん……そう……かな」
 シャロンはなんとか笑うことに成功した。少年はそれを聞いて屈託なく笑う。
「誘ってみてよかったです」
「そう」
 ふう、とシャロンがため息をつくと、少年はステップを止めた。
「少し疲れましたか? 一休みしましょう」
「うん、そうだね」
 少年に連れられて、シャロンはダンスをしていたホールから離れた。テーブル席にでも座るかと思ったら、少年はそのまま廊下まで出て行く。
「ねえ、どこ行くの?」
「この先にちょうど静かに一休みできるところがあるんですよ」
「でも」
「人混みに酔ったでしょ?」
 シャロンの反駁を柔らかく無視して、少年はシャロンの手を引く。
 いいかげんシャロンが抵抗しようとしたときだった。
「彼女をどこまで連れて行く気だ?」
 ホールのほうから声がかかった。
 振り向くと、フッチが立っている。
「少し休むだけですよ」
 少年はむっとしてフッチに言う。フッチはまっすぐシャロンのところまでやってきた。
「彼女を連れて行かせるわけにはいかない。手を離してもらおうか?」
 いつもの柔らかそうな笑顔を貼り付けてはいたが、フッチの目は笑っていなかった。
 まさか追ってくるとは思わなかったシャロンもびっくりして彼を見上げる。
「貴方には関係ないでしょう?」
「関係ある」
「保護者としてですか? なら誰と彼女がつきあおうが関係ないでしょう」
「保護者じゃない」
 フッチの顔から笑顔が消える。
 威圧的に見下ろされて、少年がひるんだ。
「彼女は僕の女だ。手を離せ」
 とん、と軽く突き飛ばされて、後ずさりしそうになった少年の手をシャロンは握りしめた。
「え?」
 少年と、フッチと、両方がとまどう。
「シャロン」
「……やだ。ボクは彼と行く」
「シャロン?!」
 フッチの威圧的な空気が消し飛んだ。
 慌てるフッチをシャロンは睨み付ける。
「自分の女だって今主張するくらいなら、なんでいままでほうっておいたのさ!! 折角のドレスだって見てくれないし、話もしてくれないし!! フッチの横暴魔神!!」
「……や、それは……その」
「行こう!!」
 少年の手を掴んで、シャロンは踵を返す。フッチはその肩を慌てて掴んだ。
「ちょっと待てシャロン」
「やだ!」
「悪かった! 僕が悪かった! ちょっと待てシャロン!!! 僕が君をろくに見ていられなかったのは……」
「見ていられなかったのは?」
 振り向いたシャロンがぎろ、と睨むとフッチは困りきった顔で咳払いした。
 その顔がみるみるうちに耳まで赤くなる。
「その……だ。普段と違ってとても綺麗になっていたから驚いたんだ」
「……はあ?」
 少年とシャロンが呆然とする。
 そこには、子供のように頬を染めてとまどう29歳の騎士がいた。
「びっくりして照れてたんだ……!!」
 言い切ると、フッチはシャロンを抱き上げた。そのままかっさらうようにして廊下をつっきる。
 城の裏手にまで一気に走ると、人気がないのを確認してからようやくシャロンを下に降ろした。
「…………フッチ」
「何だ」
「首筋まで真っ赤なんだけど」
「………………あんな恥ずかしい台詞吐いて、平然としてられるわけないだろ」
 フッチはそっぽをむいたままだ。
 シャロンは背伸びをするとフッチの顔を無理矢理自分の方へと向かせた。
「ねえフッチ、ドレス、似合ってる?」
「……似合ってる」
 シャロンの欲しかった言葉を、フッチはやっと言った。
「似合ってる……というか、ものすごく綺麗だったから……一瞬言葉が出なかった」
「そのあとずっと上の空だったのもそのせい?」
 フッチは困ったように笑いながら頷いた。
「ねえフッチ、ボクを見てよ。パーティーのためのおしゃれだけど、フッチに見せるためでもあるんだから」
「……うん」
 フッチは体を引いてシャロンを見つめた。
 ほほえんで、シャロンを抱きしめる。
「フッチ……?」
「シャロン、かわいい」
「……っ」
「実を言うと、抱きしめたい衝動を抑えるのに必死だったんだ」
 フッチが囁くとシャロンはくすくすと笑い出した。
「フッチ、子供みたい」
「それだけ君が好きだってことだよ」
 フッチはその衝動のまま、シャロンの唇を奪った。

お題の七つめ。
フッチ×シャロンで!!
なんか、いつも以上にフッチがへたれです。
あんたシャロンが綺麗になったからってどこまで動揺してるんですか。
思春期の少年ですかってくらいなんですけど!!
しかし、きっとこの先もずっとへたれてそうな気がします。


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