だれかの笑顔のために苦労をするのはかまわない。でも。一番見たいのは君の笑顔
「ナッシュさぁ〜〜〜〜〜ん、助けてくださいよぉ〜〜〜っ!!」
どんどん、と部屋のドアを叩かれて、俺はテーブルの上に広げていた公文書偽造セット一式を荷物の中に突っ込んだ。
「なんだ? 今開けるから少し待ってくれ」
手早く片付けて、怪しい書類が残ってないか確認してから戸口に向かう。
情けない慌てた声はどうやら男の声。
頼られるのはいいが、男というのが楽しくなさそうだ。
「はいはい、誰ですかっ……と」
「ああっナッシュさん!! 助けてください!!」
「んぁ? 何事だ?!」
ドアの外にでて、出くわしたのは白い仮面だった。
正しくは、白い仮面をつけたタキシードの男。俺が潜伏(?)している戦地の拠点ビュッデヒュッケ城で何故か興業をやってる劇場の支配人ナディールだ。
この城では仮面程度の特徴は珍しくもない。俺はため息ひとつついてナディールに問いかけた。
「おいナディール、どうしたんだ?」
「大変なんですよお、ナッシュさん!!」
「お前が慌ててるのはわかったよ。だが、なんで慌ててるんだ?」
まあ劇場命のこの男が慌てるのなんて、劇以外ないだろうけど。
「今夜の劇の出演者が熱を出して倒れたんですよお!!」
ああ、案の定。
「折角今日のクリスマスにあわせて『マッチ売りの少女』をやる予定だったのに!! こ……こんなことではっ……こんな……っ!!」
「あーわかったわかった。欠けてる役を俺がやればいいんだろ?」
「さすがナッシュさん!! 話が早いです!!」
「まあ劇場は城の連中の大事な娯楽だからなー。ああでも」
「なんですかっ! 今更おりたはないですよ!!」
至近距離まで仮面に詰め寄られて、俺はさすがにあとずさった。仮面はともかく、このテンションの高さはどうにかならんのか。
「今ササライに仕事を頼まれているんだ。劇場へはリハーサルのときに行くのでいいか?」
「……すばらしい劇のためには稽古が必要なのですが……まあいいでしょう! ナッシュさんはなかなかの演技上手ですからね。台本は……」
「前に一回出たからどの役のもだいたい頭に入ってるよ」
「すばらしい……! ではたのみましたよ!! マッチ売りの少女のおばあさんの役!!」
「……へ?」
俺が聞き返す間もなく。
「ではお願いしますねー!!」
ナディールはうきうきスキップなんぞしながらその場を去っていった。
「俺……男……なんだがな」
呆然とつぶやいてみるが当然聞いてる奴なんかいやしない。あそこ、こんな配役だっていうのにどうしてそこそこ人気あるかなー。
俺は肺にたまった重い空気を吐き出すと部屋に戻った。鍵をかけなおしてから、中断していた作業を再開する。
本日はクリスマスイブ。
お祭り好きのビュッデヒュッケ城の連中が、最高にはしゃぎまくる楽しい日だ。
俺もイベントごとは好きだから必要なことには参加するし、目の前の用事がなければもうちょっとお祭りの準備に奔走してるところなんだけど。
「あと二十枚……か」
俺はテーブルの上に広げられた機密書類をつまんだ。
そこには、ハルモニア神聖国の正式な書面用の判が押され、なにやらややこしい文字がところ狭しと並んでいる。
本来ならば、こんなところにあるはずのない文書である。
これが何故俺の手元にあるのかというと
「ナッシュ〜〜〜〜〜作業は進んだかい?」
本来ならばよく通るボーイソプラノのはずの声を、地の底から響かせるようにして誰かが俺の部屋にやってきた。
ドアを開けると、俺の愛すべき鬼上司、ササライがいる。
「八割終わったところです」
「ああそう。あがったやつもらえる?」
「はいはい」
俺は、テーブルの上でせっせと作成していた偽造公文書をまとめてササライに渡した。
今日の俺の仕事は、ササライに命じられた書類をせっせとつくることだ。どこの命知らずか知らないが、この年末のくそいそがしい時期にササライの部隊の監査をやるなんて言い出した奴がいるそうで。
監査のための準備を前からやっておけばいいのだろうが、そこは戦争中。
まともな書類を作ってる暇もなければそもそも書類を残すこともできない。
で、俺がこっそり協力してつじつまあわせなんかしてるわけだ。
さすがにこの書類をつくるのは骨が折れるし肩が凝ると言いたいところだが、珍しく目に隈つくってぼろぼろになってる上司を見たんじゃあ協力しないわけにはいかない。
「あと残ってるのを回収したら終わりのはず……」
「あ、これおかわりね」
仕事の終わりを予告しようとした俺は、更なる書類の束を手に入れた。
「あ、あらら……」
「でもこれで正真正銘終わりだから」
「了解しましたよ。……うんあと50枚ですか。これなら夜までに終わりますよ」
「……すまないね」
珍しくササライは素直に謝った。疲れているのだろう。いつもはつやつやぴかぴかの肌も荒れている。
「いいってことですよ。困っているときはお互い様ですからねー」
「助かるよ。これでこちらも夜までには全て終わりそうだ」
「お互い、夜には予定あけておきたいですからねえ」
「……知ってたのか君は」
ササライのあきれ顔を俺は笑う。
「リリィさん、昨日からドレス選びに余念がありませんでしたからね」
「お互いって、言ってたってことは君も奥方と待ち合わせかい?」
「そんなところです。劇場のヘルプをしてから、そのあと少しパーティーに顔出したら抜けるつもりなんですよ」
「元気だねえ」
ササライは苦笑する。
「まあ、人のために役に立つのは好きですからね。では、書類づくりをやっておきますね」
「よろしくたのむよ」
珍しくほとんど毒舌をはかずに去っていった鬼上司を見送って、俺は仕事を再開した。
そうだ。今年は珍しく『カミさん』と約束をとりつけたんだ。何があっても約束に間に合わせなくては。
「ナッシュさん、準備はいいですか?」
「はいはい」
それから数時間後、ようやく日が落ちたころに俺はビュッデヒュッケ城の劇場にいた。
なんとか書類は仕事は終了……といいたいところだが、実は終わらなくてリハーサル中も、出番直前の舞台の袖でも作業をやっていたりする。
さすがに外でやってるのは見られてかまわない文書だが、なかなか……かなりハードだ。
(うう……あ、あとちょっと……)
「ナッシュさん!」
って、ああ出番か。
俺は最後の一枚に記入して、立ち上がると舞台に急いだ。
さすがにここで俺が出番すっぽかしたらナディールが黙ってはいない。
「マッチ売りの少女や……」
俺は、おばあさんらしくスカート姿でショールを巻いて舞台に出る。一応慈愛に満ちたおばあさんを装って優しげな声で、マッチ売りの少女に声をかけた。
が。
「む! それは一体何のトリックだ!!」
……おいおーい、なんでマッチ売りの少女が子供探偵なんだー?
つうか、舞台上に女いないし。
「キッド……演出にはあわせような?」
「幻がしゃべるなんて、一大事件だ!!」
まあある意味事件だけどさ。
「マッチ売りの少女や……こちらにおいで」
「望むところだ!! 必ず謎を解いてみせるぞ!」
「……まあ、好きにしたら」
俺は疲れてそんな返答をする。舞台の袖を見たら、ナディールが怒りのあまりのけぞってた。
いや、主人公をキッドに任せた時点でこうなるのわかってただろうが。
「ボクにとけない謎はない!! 犯人はお前だー!!」
「だから違うだろ!」
しかしキッドが人の話を聞くわけがない。俺が幻のおばあさんとして立っているセットのところまでやってこようと走り込んできた。
「あ、おいそこ段差が……!!」
しかし、注意は思い切り無駄になった。
「うわっ!!」
キッドは派手にそこですっころんで、セットを引っかけたあげくにスモークのセットと蹴倒した。部品が飛んで、そこらにぶつかる。
ぐら、とセットがかしいだ。
「危ない!!」
転んだせいで、倒れてくるセットから逃げ遅れたキッドに、俺は覆い被さった。
…………………………はっ。
「ん……?」
俺は、突然覚醒した。
がばりと身を起こすと、そのとたんにずきずきと頭が痛む。
「……っ、つう〜〜……」
「大丈夫?」
顔をあげると、ハルモニア辺境警備隊の愚連隊、十二小隊の紅一点クィーンがいた。
「クィーン? 俺、確かセットの下敷きになって……」
「その様子なら大丈夫そうだね。あんたが気を失ったんで、とりあえず楽屋に運んだんだよ」
俺は辺りを見回した。確かにここは劇場の楽屋だ。
「なるほど、運ばれた理由はわかった。しかしなんでクィーンが俺の看病をやってるんだ?」
「うちのジョーカーのかわりに劇に出て怪我をしたわけだからね。ちょっとしたお詫びさ」
「ジョーカーが祖母役だったのか?」
何度も言うことだが。
ナディールの奴、どういう舞台にするつもりだったんだ?
「すまないね、本来なら怪我してるのジョーカーだったんだけど」
「いいって。俺は受け身とるのは慣れてるし」
俺は苦笑ひとつすると立ち上がった。
「あれ? もう行くのかい?」
「ああ。ちょっと約束があるからな。俺はどれくらい寝ていた?」
「たいした時間じゃないよ。五分くらいかな」
クィーンのその言葉に俺はほっと息をつく。
「誰かと約束かい?」
「ちょっとね。カミさんと」
にこー、と笑うとクィーンがくつくつと笑った。
「うさんくさいあんただけど、かわいいところもあるじゃないか」
「ひどいなあ、俺、カミさん一筋のどこまでもかわいい男ですよ?」
どうだか、とクィーンが笑っていると、こつこつ、とドアを誰かがノックした。見ているとゲド、ジャック、アイラ、エースの十二小隊の面々が入ってくる。
「目がさめたか」
ゲドは黒い隻眼で俺を見る。
「まあなんとかねー」
「そうか、悪いことをしたな。詫びに酒の一杯でも……」
「ゲド、さっき言ってたナッシュをあたしたちのパーティーに呼ぼうかって話だけど、どうやら先約があったみたいだよ」
珍しく詫びなんて言葉を出したゲドに、クィーンが笑いかけた。俺は苦笑する。
ううむ、彼らのパーティーの仲間に入れてもらえるのはすごく嬉しい申し出なんだけど。
「すまん、カミさんとの約束があるんだ」
「なにい?! お前、本当にカミさんがいたんだ?」
エースが、それを聞いて派手に驚く。
「だから俺カミさんに首ったけだって言ってるだろ? お前さん疑いすぎだって」
俺は笑いながら上着をとって立ち上がった。そろそろ出ないとシエラを待たせてしまう。
「今から会いに行くってことは、近くにいるってことだろ? そのカミさんをこっちに呼んで一緒に飲もうぜ!」
「お前は単に興味本位なだけだろ。俺はあいにく、カミさんと二人っきりの夜が希望なんでね」
「あ、こら逃げるな! そんなうらやましい境遇の奴、嫌がらせしないと気が済まん!」
「そんな嫌がらせうけたくねえよっ」
っていうか、そんなこと言ってるから女ができないんだよお前はっ。
俺はエースの追跡をかいくぐって、広間のパーティー会場へと逃げ込んだ。
「さて……と、ようやくまいたかな?」
俺はパーティー会場の片隅で辺りを見回した。
目立つ金髪を隠しながらのかくれんぼは、結構な技術を要するがうまくいったようだ。
ほっと一息つくと、これからの行動の計画をたてる。
「逃げてる間に、ササライに書類は届けたし……、あとは城を出てシエラのいる宿まで行けばいいな」
馬でも調達して行った方がいいのだろうか。
遅れ気味の予定を頭の中で再構成しながら、会場を横切ろうとしていたら、気になるものを発見して俺は足をとめた。
「ん……?」
そこにいたのは、真っ赤な金魚のようなミニドレスを着たシャロンだった。
いつもの竜の額飾りを外してドレスを着て、薄く化粧までしたシャロンは間違いなく美少女の部類に入る。
普段なら、かわいい格好の女の子は目の保養、とばかりに眺めて楽しむところなのだが、その様子に気が引かれた。
(なんで、あんなに不機嫌そうなんだ?)
短気なシャロンが怒っているところは珍しくない。
しかしその中でも今日はかなり怒っている、というより拗ねているようだ。
その上珍しいことに、怒っているシャロンをたしなめる保護者兼恋人の竜騎士がいない。
彼らがいつも一緒に仲良く行動しているのは城内では有名だったのだが。
俺は心配になって、シャロンに近づいた。
「シャロンちゃん、どーしたの? そんなふくれっ面似合わないよ?」
ぷに、とシャロンのほっぺたをつついて声をかける。案の定、強気なルビーアイで睨まれた。
「ほっといてよ」
「いやいやいや、女の子が一人でいたらほっとけないよ。おじさんとしては」
にこにこと笑ってみるが、あまり効果はないらしい。シャロンはぷいっと横をむいた。
「ナッシュには関係ないもん」
「かわいい女の子って時点で俺には関係あるなあ」
ん、でもここでめげると声をかけた意味ないし。
「そういえばフッチ君はどうしたの? 一緒に来てたでしょ」
「知らない。どっかそのへんにいるんじゃない?」
「……喧嘩でもした?」
シャロンは口をとがらせた。
「……喧嘩なんか、してないもん」
「そう?」
「本当だよっ! 勝手にフッチが変なだけ! 人が折角ドレス着て出てきたのにさ、ほとんど見ないでそっぽ向いちゃうし、エスコートしてる間もずーっと上の空だし!」
「フッチ君が? 上の空? ……珍しいね」
俺は心底不思議だった。
彼女の隣にいるはずのフッチ君は、歳の割に非常に落ち着いていて、分別もかなりある冷静な騎士だ。しかも、シャロンには見ていて当てられるくらいの愛情を注いでいる。
そんな彼がシャロンから目を離しているとは。
「ねえナッシュ……ボク……変、かなあ?」
シャロンはおずおずとナ俺を見上げてきた。
「ボクが自分で選んだドレスなんだけど……似合ってなかったり……する?」
「え? そんなことないよ? むしろすごく似合ってる」
俺はぶんぶんと首を振った。
シャロンにこのドレスは似合いすぎるくらい、似合う。
っていうか、いつもと違う美少女さんぶりに会場内の視線をかなり集めてますって。
「すごくかわいいし、綺麗だと思うよ?」
「……そう、なんだ」
っていうかさ、今気がついたんだけど、君の恋人は会場の反対側からすっごい目で俺を睨んでるよー。
気にしてるなら声かけようよー。
「普段と雰囲気が違ってすごく新鮮♪ ……あ」
シャロンを褒めちぎっていた俺はそこで言葉を切った。
いつもと雰囲気の違う、とっても綺麗なシャロン。それを見てフッチの態度が変わったということは。
「あーなるほど、そういうことかあ」
「ナッシュ?」
急にしたり顔になったナッシュにシャロンが驚く。
「なるほどって、どういうことなの? ナッシュ、何かわかったの?」
「うん。わかっちゃった。なるほどねー、フッチ君って不器用だとおもってたけど、こういうとこも不器用なのか。うんうん」
「ナッシュ! 一人で納得してないで教えてよっ」
俺はにやにや笑いのままシャロンの耳元で囁いた。
「フッチ君とうまくいくように、おじさんが素敵なアドバイスをしてあげよう」
「アドバイス?」
「うん。さっきから君を見てる男の子がいるの、気がついてる?」
俺は視線だけで近くのテーブルを指し示した。そこには騎士見習いらしい少年が立っている。
歳はシャロンより一つか二つ上くらいだろう。興味のないそぶりをしながらも、ずっとシャロンを気にしている。
「あー、あの人。それがどうかした?」
「俺が君のそばを離れたら、きっと君にダンスを申し込みに来るよ」
「……はあ?」
「誘ってきたら、踊っちゃいなよ」
「ちょ、ちょっと待ってよナッシュ! 何それっ。フッチがおかしいからのりかえろとかそんなつもり?」
馬鹿にしないでよっ、と殴りかかるシャロンの手を俺はかわす。
「いやいやいや。むしろ逆。彼と踊るとねえ、そのあとでいいことがあるよ。いいからだまされたと思って踊っておいで」
「……うまくいかなかったら、あとでおしおきするからね」
「大丈夫大丈夫」
俺は笑ったまま、シャロンから離れた。
ちら、と振り向くとシャロンが少年兵の手を取って踊り出すのが見えた。
「こらナッシュ、何やってんだ」
苦笑していると、いきなり襟首を捕まれた。
「あれー、クリスちゃんじゃない。こんばんは。ドレス姿綺麗だよー」
「……世辞はいい。それよりナッシュ、お前何をシャロンに何を言ったんだ。フッチ以外と踊らせるなんて」
とがめられて、俺は笑う。
「あー、あれは、わざと」
「わざと?」
「フッチ君がね、あんまり綺麗なシャロンに緊張して何も言えなくなっちゃってるみたいだから、わざとたきつけたの」
「……なに?」
嫉妬の一つでもすれば、内心を白状するでしょ、と言うとクリスの顔が険しくなる。
「それは、あの少年兵にかなり災難なんじゃないか?」
「失恋で男は強くなっていくもんさ。なんか誘い慣れてるみたいだし、これくらい大丈夫でしょ」
「お前という奴は……」
クリスがふう、とため息をつく。その頬を俺はシャロンにしたのと同じようにぷに、とつついた。
「で? なんだか君も不機嫌そうだけどどうしたの?」
「何を……」
「いつもだったらこの程度、半分くらいは笑うでしょ?」
「う……」
不機嫌は図星だったのか、クリスはおもしろいくらい顔色を変えてひるんだ。
「どうしたのー? ドレス姿に疲れた? それとも疾風の騎士様に群がる女どもに腹が立つ?」
「そんなんじゃない」
「ふうん? じゃあどうしてさ。おじさん気になっちゃうな」
言うと、クリスはちら、と俺を見た。
「……お前なら、大丈夫か」
「ん?」
「不機嫌の理由はくだらないことだ。その……ちょっと約束事があってパーティーを抜け出したいんだが、そうもいかなくてな」
「あー、ヤツとデートの約束なわけね」
誰が聞いてるかわからないので、俺は一応固有名詞を出さずに言ってやる。
クリスの顔にさあっと赤みがました。
ごほ、と咳払い一つたてるクリス。
「とはいえ、騎士団長の私がほいほいといなくなるわけにはいかなくてな。六騎士の目もあるし」
「ふーん。じゃあ俺が抜け出させてあげようか?」
「お前に言ってもらちのないこと……え? 抜け出せるのか?」
俺は驚くクリスを見てくすくすと笑った。
「俺がこれからちょっと会場の人間の人目をひく。そのまま逃げるから、クリスはゆっくり抜け出すといいよ」
「い、いいのか?」
嬉しそうにしながらも、ためらっているクリスがかわいい。
「いいって。いつも苦労しているクリスちゃんにクリスマスプレゼント」
「すまないな……」
「じゃあこっち向いてー♪」
「え?」
無防備なクリスの顎をとらえると、俺はその綺麗な頬にキスした。
一瞬にして、会場内が凍り付く。
「な……」
次の瞬間ざわめく人々。
よし、作戦成功。
「何をやっとるんだお前はっ!!」
クリスの怒鳴り声を皮切りに、六騎士を筆頭としたゼクセン騎士全員が俺に向かって刃を向けた。
「おー、キレてるキレてるっ」
俺はのんきに笑いながら、全力疾走でパーティー会場から走り出す。
追いかけられていることを予測していた俺は、彼らより先に脱出経路をたどることができるし、甲冑を着ているやるがまざってる騎士団にそんなにスピードはない。
ぎりぎりのところで追撃をかわして、俺は脱出経路の最大の要に声をかけた。
「ビッキー!! 今すぐ! 今すぐイクセ村までとばしてくれっ!!」
「えええええええ? な、ナッシュさん?!」
「早くしてくれ! 殺される!!!!」
「えええ、あわわわわわわ」
逃走劇は、タッチの差で成功するはずだった。
しかし。
すっぱーん!!!
「きゃわわわわわわわわっ」
誰が鳴らしたのか、けたたましいクラッカーの音に、ビッキーが悲鳴をあげた。
「え」
すごく、嫌な予感がした。
しかしもうテレポートは始まっている。
一瞬の浮遊感のあと、俺は全く違う場所にいた。
「…………まじ?」
目の前に広がるのは、一面の銀景色とどこまでも広がる鉛色の曇天。
目印になる木々や山の峰もよくわからず、空には星ひとつみあたらない。
「……ここ、どこだよ」
最後の最後で。
これはないだろうが!!
俺はさすがに神様を恨んだ。
お題の八つめ。
Where is St.Claus ?のつづきでナッシュサイドです。
ナッシュがいい感じに不幸です。
お題の順番は、これが9番目だったのですが
「パーティーで見つけて」のあとのほうがしっくりするので
順番をかえさせていただきました。
いやー、ナッシュの不幸って、なんでこんなに書きやすいんでしょうねえ……。
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