本人が言ってしまえば、もうそれは家族なのだと。
「じゃあ、カイル殿私が留守の間姫様たちを頼みましたよぉ」
「はーい」
大荷物を馬に乗せて、見上げてきたミアキス殿に俺は笑いかけた。
ミアキス殿もにこにこと笑う。
「それからぁ、城下の女の子たちに変なことをしないように! カイル殿も私と同じ女王騎士見習いなんですからねぇ?」
「変なことってひどいですよミアキス殿ー。俺、同意のある女の子にしか変なことは……いえいえいえ、冗談です。冗談ですってば」
ちゃき、と外套の中でミアキス殿が小太刀の鯉口を切る音が聞こえて俺は慌てて訂正する。
「どこまで本当かしらねぇ?」
「全部本当です。俺女の子に嘘つきませんから」
「その時点で大嘘ですよねぇ」
くすくす、とミアキス殿はかわいらしく笑う。
って信用ゼロですかー。俺。
「ちょっぴりはありますよ」
そう言って、ミアキス殿は何かをつまむような仕草をする。
なるほど、それくらいはあるわけだ。
「留守にする間、姫様と王子をお任せするくらいには」
「そちらに関してはどーんとまかしちゃってください」
「お願いしますねぇ。ではでは、よいお年を!」
ひらり、と軽やかに馬にまたがるとミアキス殿は太陽宮の門をくぐって出て行ってしまった。
俺はその後ろ姿をしばらく眺めてから中に戻る。
本日はクリスマスイブ。
家族のための冬祭りが行われる日だ。
家族のイベントは家族と一緒に、ということでミアキス殿以下、家族持ちの騎士たちはクリスマス&正月休暇を与えられて、三々五々故郷へと帰っていく。
イブに戻っているミアキス殿はそのなかでも遅いほうだ。
俺は、というと自分で志願して太陽宮の居残り警備。
もともと帰る実家も迎えてくれる家族もいないのだからこの役回りは当然だろう。
クリスマスじゃあ、いつも遊んでくれる女の子も家に帰っちゃってるし、店もあいてないし。
なにより、幸せそうな王子達家族を眺めるのもそれはそれで楽しそうだ。
「……ん?」
いつもより格段に人の気配の少ない廊下を歩いていた俺は、その奥に動く人影を見つけて足を速めた。
あの小さな人影は……。
「リオンちゃん」
声をかけると、少女はぱっとはじかれるように振り向いた。
相手が俺だと確認するまでに発せられた殺気に俺は苦笑する。
彼女は半年前のアーメス侵攻終了と同時にフェリド様が拾ってきた孤児だ。
どういう生活をしてきたのかは詳しく聞いていないけど、とっさのときに見せる警戒心が、彼女のまだ短いはずの人生の過酷さを物語っていた。
戦争の直後の孤児によくある話だーとは言うけど、あんまりいいことじゃないよね。やっぱり。
「廊下で一人でどうしたのー、リオンちゃん」
あわよくば笑わせてかわいい笑顔を見たいなーと思った俺はかがんでリオンちゃんに視線をあわせる。
リオンちゃんは、にこ、とまだまだぎこちない笑顔を返してきた。
「王子とかくれんぼです。カイル様は何をしてらしたんですか?」
「ミアキス殿が帰省するのを見送ってきたところだよー」
「ミアキス様もご実家に?」
「うん。ちょっとさみしいよねー」
言うと、リオンちゃんはうーんと首をかしげた。
「カイル様、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「くりすます……って、何ですか?」
本当に、不思議そうにリオンちゃんは尋ねてきた。
こんなに大騒ぎしているイベントを今まで知らなかったのかと一瞬俺は面食らう。
しかしこの子は人をからかうような子じゃない。多分、本当に知らないのだ。
過酷な育てられかたをしてきたんだな、とは思ってたけど、イベントごとは一切教えてもらえなかったのかもしれない。
「みなさん、くりすますのお休みだからってご実家に帰省されているようなのですけど、くりすますって何かわからなくて……。あの! とっても有名な行事なんですよね?」
「うん、有名すぎてみんな教え損ねちゃったんだねー。クリスマスっていうのはねえ……」
俺はおにーさんらしく説明してあげようとして、ちょっと言葉につまった。
クリスマスというのは、昔の預言者の誕生日。
それから、厳しい冬の日を乗り切るために家族で肩を寄せ合って祈る日。
俺同様に家族のいない彼女に、どうやって伝えよう?
「カイル様?」
リオンが不思議そうに俺の顔をのぞき込んだときだった。
「おいカイル! お前まだこんなところにいたのか!!」
どかどかと人が近づいてきたと思ったら、いきなり背中をどつかれた。
振り向くと、豪快を絵に描いたような女王騎士長様が仁王立ちしていらしゃる。
「フェリド様?!」
「お、リオンも一緒か。ちょうどよかった。さっきファルを捕獲したんだが、かくれんぼ中でお前の居場所を知らんと言われて探していたんだ」
よしよし、とフェリドはリオンちゃんの頭をかきまわす。
「じゃあ行くぞ、カイル、リオン」
「行くってどこですか?」
「クリスマスだよ、クリスマス! 祝うに決まってるだろうが。ほらさっさと来い」
さっさとリオンちゃんを抱き上げて歩いていくフェリド様を俺は慌てて追いかける。
えー、と?
クリスマスが何なんですかー、フェリド様ー。
必死にフェリド様を追いかけて、ついたところは城の厨房だった。
中に入って、俺は呆然とする。
「あら、意外に早く見つかったみたいですわね、フェリド」
「おう。こいつの金髪は目立つからなー」
ゆったりとほほえみながら言葉を交わす女王陛下と騎士長閣下。
……しかし。
なんで女王陛下は割烹着姿なんでしょーか。
っていうか、陛下が手をさらしてるとこ初めて見た。
「あのーこれは一体」
「ん? 折角だから、クリスマスパーティーの飯を自分たちで作ろうと思ってなあ」
「今日はコックにもクリスマス休暇を与えてしまいましたしね」
……へーかと、かっかの、手作り料理っすか?!
閣下はともかく、陛下が料理って全然想像つかないんですけどぉー!!
しかもよく見ると王子までちっちゃいエプロン着せられてるし!
「姉上、足りない食材を調達してきたよ!」
戸口に突っ立っていたら、後ろから入ってきた人物に勢いよく押しのけられた。
振り向いてみるとそこには。
「うわ! サイアリーズ様までエプロン姿って、激レア!!」
「あんた、いきなり人にむかって『うわ』はないだろ」
「それだけすばらしいってことですよー」
「はいはい、わかったから、あんたも鎧外してエプロンつけて手伝う! リオンもだよ!!」
サイアリーズ様は食材を降ろすと、用意してあった子供用エプロンを持ってきてリオンにつけさせる。
「俺も……ですか?」
「当然だ」
フェリド様に言い切られて、俺は面食らう。
えーと、クリスマスパーティーってことは、家族水入らずのイベントのはず……ですよね?
俺まざっちゃっていいんですかー?
困っていると、サイアリーズ様にエプロンを着せてもらったリオンちゃんが不思議そうにフェリドを見上げる。
「フェリド様……あの、くりすますって何ですか?」
「そうか、リオンは知らなかったのか。クリスマスっていうのは、それから冬を無事に過ごせますようにって家族でお祈りする日だ」
「家族……で?……」
家族という言葉を出されて、リオンちゃんの顔が曇る。
「……ご家族の行事ということは……私は……」
絞り出されるような、ちいさなつぶやきを聞いたフェリド様の顔は、悲しそうなリオンちゃん以上に悲しそうな顔だった。
「え? フェリド様?!」
「そーか……リオンは俺のことを家族と思ってくれてなかったんだなあ……俺は悲しいぞ!!」
「え、えええええ? フェリド様!?」
びっくりしているリオンちゃんを抱き上げながら、フェリド様はわざとらしく嘆きまくる。
「俺はリオンのことを実の娘のように思っているのに!」
「……フェリド様……!!」
「あらあら、ずるいですわよ、フェリド。私もリオンを娘のように思っているのに」
少し拗ねたような顔で、陛下がそう言う。
「姉上たちの娘ってことは私の姪っ子ってことでもあるからね!」
サイアリーズ様もそれに便乗してるし。
「そうそう、ファルもリオンを家族だと思ってるよな?」
フェリド様が王子に言うと、王子はこくこくとちからいっぱい頷いた。
「リオンは嫌か? こんな家族じゃ」
「そ、そんなことありません!! すごく、嬉しいです……!!」
「そーか、それはよかった!!」
満面の笑顔で、リオンちゃんの頭をわしわしとなでるとフェリド様は彼女を下に降ろした。リオンちゃんは嬉しそうに陛下達の調理の手伝いに参加する。
なるほど、血がつながらなくても家族と思えば家族だもんね。
リオンちゃんには最高のクリスマスプレゼントだ。
……あれ?
そう考えると、リオンちゃん同様ここに呼ばれた俺って……
「カイル」
声をかけられて見上げると、フェリド様はにやりと意味深な表情で笑った。
あー……、そういう、ことですか。
俺は恥ずかしい気持ちをちょっと横において、フェリド様にだきつく。
「お父様!!」
「息子よ!!」
がし、とお互い抱き合ってから、俺とフェリド様は爆笑した。
どうしよう。
こんな風に思われていたなんて。
どうしよう。
嬉しくて、嬉しすぎて死にそうだ。
「じゃあ張り切って俺も料理しちゃいますよー」
鎧を外して、エプロンをつけて、俺も料理に参加する。
「おう! 今夜は満願全席だ!」
「なんで中華なんですか!!!!」
フェリド様のわざとらしいぼけにおもいっきりつっこみいれて。
笑いながら、俺たちはクリスマスを楽しんだ。
お題の五つめ。
5のロイヤルファミリー+αです。
今回はちょっと角度を変えてカイル視点でいってみました。
カイルって、主人公に据えると意外に書きやすいです。
ロイヤルファミリーとカイルと家族テーマで、自分的に一粒で三度くらいおいしくて楽しく書くことができました。
ちなみに、ザハークとアレニア、ミアキスは実家組。
ガレオンさんは離婚直後(おい)なので、招待されませんでした。
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